第20話(3)人工太陽に巣食う精霊【主律星フェニス】
現れたのは、巨大な蜘蛛のような姿をした、鎖の塊。
塊からは十本近く、鎖で編まれた足が生えている。
圧倒され、立ち尽くしていたリメアの横から、アーヴィが身を低くして飛び出した。
「先手……必勝ッ!」
「あ、アーヴィ!?」
追いかけようとしたリメアを、リッキーが脳内で叫び引き止める。
「お待ち下サイリメア様! まずは様子をうかがうのガ得策! 話が通じる相手か見極めるべきデス!」
「でも、アーヴィが!」
「彼なら大丈夫デス! 不死身だとおっしゃられていたでショウ?」
「う、うん……」
釈然としなかったリメアだが、リッキーの言い分にも一理あると考え直す。
警官とロボットとの戦いで、彼は常軌を逸した戦い方を披露していた。
(心配だけど、まずはアーヴィに任せてみよう……!)
そうリメアは自分に言い聞かせ、視線をアーヴィへと戻した。
「最初から全力でいかせてもらうぜ……!」
放熱塔をかい潜りながら、アーヴィは囚人服の右袖をまくり上げる。
腕に複雑な模様が浮かび上がり、淡い光を放っていた。
掌が割れ、中から青白く輝いた棒状の物体が生えてくる。
(なに……あれ……!)
アーヴィの姿にリメアは釘付けになった。
鎖の柱かと見紛う足の間へ滑り込んだアーヴィは、精霊本体の真下へとたどり着く。
「届……けぇっ!」
アーヴィは跳び上がり、右手を上空へと突き出した。
通常では到底届くはずのない距離。
しかし重力が少ない分、跳躍高度はぐんぐん伸びていく。
直後、遠くからその様子を見守っていたリメアは大声で叫んだ。
「アーヴィ、避けてっ!」
「……っ!?」
アーヴィがこちらに気づいた頃には、もう遅かった。
精霊の体から伸びた一本の長い鎖が、ムチのようにしなりながら彼の体へと迫っていた。
「叫ばれても、俺ははいわかりましたって、空中で方向転換できねぇんだよ……っ!」
クソッタレが、とアーヴィが吐き捨てると同時に、肉と骨の砕ける音がこだまする。
どちゃり、と嫌な音を立てて人工太陽の地表に落ちる少年。
立ち上がろうともがく体を、まるで虫でも掃き出すかのごとく、精霊の鎖が弾き飛ばした。
何度も地面に叩きつけられながらリメアの前に転がってきた少年は、かろうじて息をしているだけの、肉の塊と化していた。
「ア、アーヴィっ!」
「だ、大丈夫だ」
肉塊から腕と足が生えてきて、傷だらけの体を持ち上げる。
だらりと垂れ下がった首を持ち上げて元の場所にはめ込むと、アーヴィは気道に詰まっていた血を勢いよく吐き出した。
「げほっ、ごほっ……、あー、スッキリした。吐き気もどっか行っちまったわ。で?」
アーヴィがこちらを睨んでくる。
リメアはきょとんとして、それを見つめ返した。
少年の額に青筋が走る。
「ふぇ? みたいな顔してんじゃねーよ! 今の見てただろ! 手を貸せ!」
「えっ! な、なにをしたらいいの……?」
「俺をあいつの本体まで連れて行け。それだけでいい。あとはなんとかなる」
「ちょっとまってアーヴィ、それだけじゃわかんないよ!」
「説明したら長くなる! とりあえず言うこと聞いてりゃ、あいつをぶち殺すことができるんだ! 行くぞ!」
腕の関節をはめ直し、数歩進んで立ち止まるアーヴィ。
「……おい、なんの冗談だ?」
ゆっくりとこちらを肩越しに振り返る少年。
リメアは、一歩もその場を動いていなかった。
鋭い視線に肩をすくめながら、リメアは心の内をさらけ出す。
「あ、あのね、アーヴィ。わたしは、いきなりぶち殺す、っていうのにはちょっと反対、かな。ほら、精霊もなにもしなかったら攻撃してこないみたいだし、話せばなんとかなるかも……って……」
「はぁ!? なに寝ぼけたこと言ってんだ? 精霊が思ったよりデカすぎて、チビっちまったのか!? あの攻撃見ただろ! 話の通じるやつが、人間の中身と外側が裏返しになるような一撃お見舞いしてくるかっての!!」
「で、でもっ、一回、一回だけ試させて! ね?」
「あー……だめだ。頭沸いてやがる。じゃあ好きにしろ。だが、絶対に油断するんじゃね―ぞ、リメアが倒れたら、この計画はすべてがオジャンだ。わかったな!?」
「うんっ!」
リメアは力強く頷き、足を前へと踏み出した。
言葉とは裏腹に膝はがくがくと笑っている。
(どうしよう、あんなこと言ったけど……、ほんとはすっごく怖い……)
小刻みに震える両手を胸に押し付けながら、そーっと精霊の前まで移動する。
精霊がその長い鎖の足を伸ばせば、容易に届いてしまうほどの距離だった。
それでも腹の下に潜り込んだアーヴィと比べたら、かなり距離をとっている。
(これぐらい離れてたら、きっと大丈夫……)
止まりそうになる呼吸。
それでも無理やり肺を動かして平静を装う。
過度な緊張で痺れ始めた手をぎゅっと握りしめ、やっとの思いで口を開いた。
「あ、あのっ! 精霊……さん、ですよね? えっと、わ、わたしはリメアっていいます! じゅ、従響星から来ました! えっとえっと、従響星ではみんな大変で、孤児の子たちがひどい目にあってて、それで、あの、友達の女の子がボロボロになっちゃってて。わたし、助けようとしたんです! したんですけど、あなたからえ、エーテルの使いすぎだって言われて、助けられなくて……、だから、今のままじゃダメで、もっとよくしてほしくて、それと……友達を、か、返してほしくて……ほしいんです、お願いします……! 本当に、お願いします……!!」
気がつけば体を折り曲げ、頭を下げていた。
身体に余計な力が入ってしまったからか、エーテルが勝手に活性化し、垂れた髪の毛の一部は白銀に変わってしまっていた。
ひっぱたくなんて大口を叩いていた自分が、恥ずかしかった。
それでも、話してわかってもらえるのだったら、それが一番いい。
その時のリメアは、心の底からそう思っていた。
言いたいことがいっぱいありすぎて、うまくまとめきれず、リメア自身もなにを言ったのかすら覚えていない。
(それでも、精霊に自分と同じような心があるのだったら……。ほんの少しでも、耳を傾けてくれるはず……!)
そんな希望的観測に、すがりついた。
返事がいくら待っても来ないので、リメアは恐る恐る顔を上げる。
直後、思わずぎょっとした。
目と鼻の先に、リメアの体ほどもある、大きな瞳。
あの時アリシアの魂をエーテルごと奪っていった、鎖の先端にある大きな目玉だった。
「あ……」
記憶と感情がフラッシュバックし、言葉が喉奥で詰まる。
目玉はぐぐっと鎖で持ち上げられ、そのまま凍りついたように固まるリメアを、遥か頭上から見下ろしてきた。
一拍置いた後、精霊がここにきて初めて、声を発する。
『基幹規則の三十八、大規模なエーテルの無許可使用、及びに基幹規則の五、立ち入り禁止区域への侵入。三十秒以内に退去しない場合、いかなる理由があろうとも徹底的に排除する』
冷酷で杓子定規な、心無い声を――。
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