第20話(1)人工太陽に巣食う精霊【主律星フェニス】
「ま、問題はどうやってあそこまで行くかだ。つーわけでリメア、この星に来るまでに使った乗り物はどこに……?」
ニッコリと無言で笑顔を返すリメア。
意気揚々と精霊の居場所を看破した少年に、一歩、また一歩と近づいていく。
「宇宙船……とか……」
リメアにつられて笑顔を浮かべていたアーヴィの顔が、異変を察知し恐怖で歪んでいく。
徐ろに手を差し伸べると、青ざめて首を横に振った。
「おい、おいおいおい、待て待て待て。マジか。嘘だろマジなのか!? さっきのあれで、太陽まで行くつもりか!?」
「それが、どうかしたの? アーヴィ。不死身なんでしょ?」
「そういう問題じゃねぇ! 生身であの高さまで投げられろってか!? そんな逆スカイダイビング聞いたことねぇぞ!」
「でもほら、ロボットたち追いついちゃうし……早くしないと。それとも一旦地平線の果てまで飛んで、心の準備する?」
「どっちみち投げられんじゃねぇか!」
屋上の扉が激しく叩かれ、変形し始める。もはや、一刻の猶予も残されていない。
屋上に吹き荒れるビル風が、正面で向き合ったふたりの髪をかき乱した。
微動だにしない視線が交差し、互いの意思を確かめう。
「じゃあ、わたしだけで行ってこよっか?」
「……ダメだ。連れてけ。行き方はともかく、俺がいないと話にならん」
「えー、ひとりでも戦えるし、わたしが本気出したら結構強いよ?」
「武力でどうにかなるならこんな世の中にはなっちゃいねぇよ。いいからとにかく、俺を連れて行け。煮るなり焼くなり好きにしろ」
「わかった! じゃあ、行こう!」
リメアがアーヴィの手を握った瞬間、屋上の扉が決壊する。
『目標、ハッケン――』
ワラワラと非常階段から現れたロボットたちを背に、少女は大きく腰を捻る。
(目標、人工太陽! パワー全開!)
体内のエーテルが活性化し、全身に力がみなぎる。
体重を乗せた軸足の下で、コンクリート床に亀裂が走った。
「そおおぉぉぉぉぉれっっ!!」
腕を大きく振り抜き、アーヴィを頭上へと投げ飛ばす。
リメアを中心に旋風が巻き起こり、近づいていたロボット数体が吹き飛んでいった。
まるでロケットのように打ち上げられたアーヴィは、瞬く間に人工太陽の光へ吸い込まれ、小さな黒点となる。
くるりと一回転して止まれば、流れる銀髪が砂埃の中でキラキラと輝く。
「はぁぁぁぁぁあああっ!」
活性化されたエーテルが臨界に達し、周囲に漏れ出した。
大気と連鎖反応が始まり七色の閃光が次々に弾け、足元からは陽炎が立ち上る。
だが周囲をぐるりと取り囲んできたロボットたちが待つ理由はなく、足を止めたリメアへ向かって一斉に飛びかかってきた。
無数の手が、迫ってくる。
その時、聞き慣れた陽気な声が頭の中で響いた。
「リメア様、エネルギー転換、完了しまシタ! 跳躍できマスッ!」
コクンと頷いた刹那、少女は微かな輪郭を残して空間へその身を溶かす。
透過した体をすり抜けた機械の腕たちがぶつかり合い、火花を散らした。
「跳躍っ――!」
下方向に噴射したエーテルは苛烈なほどの推進力となり、リメアは大空へと翔け上がる。
チラと下を見れば、衝撃に耐えきれず屋上の床はロボットを巻き込みながら崩落していた。
脳裏にロボットたちの悲痛なログがよぎる。
(……わたしが、変えるから。この星を、変えてみせるから、もう少しだけ待っててね!)
半透明だった体が、三次元空間へと戻り、色彩を取り戻す。
風圧が押し寄せ、思わず片目をつぶる。
それでも開いている方の眼は、太陽の中から落ちてくる小さな影を見落とさなかった。
「……ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああグエッッッッ!!」
落下してきたアーヴィをすんでのところでキャッチした。
上へ向かう力と自由落下する速度が標高数千メートルの空中で相殺される。
白い雲の間で、ふたりは数秒間、無重力になった。
「なあ、リメア」
「なにアーヴィ」
「これ、すっげぇ怖い」
返事の代わりに、リメアは聖母のような微笑みを送る。
少年は泣きそうな顔になり、尋ねてきた。
「なあ、これ、太陽に着くまで何回いいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!」
言い終わる前にリメアは勢いよく体を捻る。
手を繋いだふたりは、車輪のように回転し始めた。
「もちろん、太陽に着くまでだ……よッッ!!」
周囲の雲が吹き飛ぶほどの勢いで、再び少年は垂直に投げ飛ばされる。
対照的にリメアはアーヴィを投擲した反動と重力が相まって、弾丸のごとく地上へと落ちていく。
「よいしょッ!」
先程のショッピングモールの屋上に足から突っ込む。
鳴り響く豪快な崩落音。
ひび割れた床を粉砕し、立て続けに三階ほど貫通したところで、やっとリメアは踏みとどまった。
ショッピングエリアの砕け散ったガラスが陽光に煌めく。
ホコリまみれの衣服や引きちぎられた配線が宙を舞う。
「はぁぁぁぁっ! もういっちょ、跳躍ッ!」
頭上にぽっかり開いた穴をめがけ、リメアは更に高く跳び上がった。
雲海を超えた先で落ちてきた少年を捕まえる。
アーヴィが鼻水を垂らし首を横に振るのもお構いなく、力任せに投げ飛ばす。
湾曲する地平線を背景に、真っ白な雲へ落とされた互いの影が、反発する磁石のように上下へと分かれていった。
再び地上へと戻ったリメアは、荒い息を急いで整える。
「はぁっ、はぁっ! もう一回、もう一回で、きっと……届く!」
繰り返される跳躍は、かつての日々を呼び起こす。
初めて従響星に降り立った、あの頃の記憶を。
思わず歯を食いしばりながら、彼女の名を呼ぶ。
「アリシア……っ!」
当時のリメアは、行く宛もなく、目標もなかった。
(従響星にたどり着いた後も、体を動かしてないと不安で仕方なくて。慣れない力をただ発散することしかできなかった……でも今なら、分かる)
リメアはキッと空を見上げて、口を結ぶ。
(わたしはずっと、ずっと……寂しくて、寂しくて……! 誰かに抱きしめてほしかったんだ……!)
どんな思惑で、どんな意図があってアリシアが初対面のリメアを抱擁したかなんて、もはやどうでもよかった。
あの時、あの瞬間。
自らの母に捨てられ、時が止まった闇に幽閉され、甘えることすら許されず、行き場を失っていたリメアの心は救われた。
この世界にいてもいいと、赦された気がした。
「だから、今度は……!」
こみ上げる感情に呼応し、エーテルが極光の如く揺らめき、リメアを包み込む。
「わたしが、迎えに行くんだッ!」
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