第19話(3)空を飛ぶアーヴィ【主律星フェニス】
「いけません、リメア様!!」
「リッキー、いいの。アーヴィはわたしを傷つけるために、こんなことをしているわけじゃない。力じゃわたしに勝てないことぐらい、分かってるよ。さっきの戦いを見てたんだもん。ね、アーヴィ。そうでしょ?」
「…………」
少年は微動だにしない。
だが沈黙がそのまま答えになっていた。
リメアはリッキーに訴えかける。
「アーヴィは今とっても真剣なの。だからわたしも、ちゃんとお話しないといけないと思う」
「リメア様、ワタクシは止めましたからネ! どうなっても知りませんヨ!」
リッキーは渋々アーヴィから離れ、リメアの背後へと回った。
リメアはそれを見て小さく頷き、アーヴィに向き直る。
すぅと、息を吸い込み、伝えるべき言葉を頭に浮かべた。
アリシアにすら伝えていない、リッキーに固く口止めされていた、出自に関する情報を。
「……わたしは、人間の母と精霊の父との間に生まれた、半人半精霊。人の体を持ち、精霊の力を使える体質なの」
それを聞いた途端、アーヴィの目がこれでもかと見開かれる。
「そんな……バカな! ありえない……!! 人間と、精霊の間に子供だと!? 精霊はエーテルの塊だ! どうやって……! そんな研究、俺は見たことも聞いたこともないぞ……! どこの組織の回しもんだ、あぁっ!?」
「どこにも所属してないよ。わたしはただ普通に、お父さんとお母さんと一緒に暮らしてた……と思う。でも宇宙船に閉じ込められて、ずっと、四百年間近く宇宙を彷徨ってたの」
「あぁ? なんでそんなに曖昧なんだ? はぐらかそうとしてんのか?」
「……ごめん、ちがうの。昔のこと、あんまり良く覚えてないの。でも信じて! わたしは精霊じゃない。人でもないけど……。でも! 精霊が主律星と従響星でやってることは、間違ってると思うの! ほんとうなの!」
「はっ、じゃあ、その宇宙船から出てきて、この星を、宇宙を、どれくらいの間自分の目で見てきたっていうんだ? ああ!?」
「えっと……3ヶ月と、ちょっとだけ……」
「んだと……? その程度の知識と経験で、てめぇの意見を信じろだと? バカも休み休み言え。リメア、お前はこの世界のことをなにも知らない。大した苦労も不幸も味わったことのない薄っぺらいガキの台詞に、どれほどの価値があるってんだ」
「でも!」
「でももクソもねぇ。会ってからずっと見てきたが、なんつーか、全体的に甘いんだよ。こっちはままごとをやってるんじゃねぇんだ。……お前は、知らないだろうさ。精霊がどれほど話の通じない奴らかを。この世界がどれほど非道なシステムの上に成り立っているのかを。なにがあってそんな考えになったかは知らねぇが、お前の言葉には、重さってものが感じられねぇんだよ!!」
「っ……!!」
リメアは思わず唇を噛み締めた。
髪が浮き上がり、無意識に白銀へと染まる。
「わたしのことは、どんなに悪く言ってもいいよ……。甘いし、子供だし、なにも知らない。それはそのとおりだと思う。でもね」
大気が無音の悲鳴を上げていた。
体の奥でくすぶっていた炎が、火柱を上げる。
アーヴィが身構え包丁を握り直すも、もはやリメアにとっては関係なかった。
「わたしの――わたしの初めての、いちばん大事な友達と過ごした時間を、なにも知らないあなたに軽んじられることだけは、許せない……! 許せないよ……っ!!」
感情が高ぶり、たまらず目に涙があふれてきた。
アーヴィの真っ赤な瞳が、今度は大きく揺れ動く。
おそらく初めて、彼の中に小さな迷いが見えた瞬間だった。
「わたしと友だちになったアリシアは孤児だった。ずっと辛い思いをしてた! 二人で暮らしてる間も、お姉さんぶって背伸びして、わたしに笑いかけてくれて! でも誰も助けてくれなかった! 助けてあげられなかった! 一番近くにいたわたしが、バカだったから! 精霊が規則を盾にアリシアを助けるのを邪魔したから!! この星の仕組みが、みんなに優しくなかったから!!」
「…………」
「アリシアの魂は、精霊にエーテルごと奪われたままなの。きっと、そうなの。だからわたしは、精霊をひっぱたいて、目を覚まさせてあげないといけないの。そして、アリシアに、アリシアに……ごめんねって……!」
言葉の続きは出てこず、代わりにボロボロと涙がこぼれ落ちる。
気がつくと、向けられていたはずの刃は、すでに降ろされていた。
「……すまん、悪かった」
目を伏せた少年は、ばつが悪そうに謝る。
「どうしても、確かめる必要があったんだ。もし本当に精霊と戦うんだったら、生半可な覚悟じゃ足手まといになる」
リメアは腕で涙を拭き、首をコクンと小さく振った。
「ううん、わたしこそ、ごめん。きっとアーヴィのほうが、いっぱい、いっぱい悲しい思いとか苦しい思いとかしてきたんだよね。偉そうにして、ごめんね」
「……否定はしねぇが、リメアの信念を疑ったことは事実だ。そこに関しては、俺が悪ぃからよ」
リメアは鼻声のままぱっと笑顔になり、背後のリッキーへ振り返る。
「ほらね、リッキー、ちゃんとわかってくれたよ!」
「……ワタシは、まだ完全に信用していまセン!」
「はっ、銀色のツルッパゲに信用してもらおうなんざ思っちゃいねぇさ」
「ムキーッ! リメア様! 聞きましタか今の! この男は極悪非道デス!!」
ぐるぐると周囲を高速で回るリッキーに、思わずリメアは苦笑を漏らす。
「あはは……。アーヴィもリッキーのこと、あんまりからかわないであげて」
「はっ、そっちに関しては要検討、ってところだが。……まぁ、なんだ。もちっとだけ、よろしくな、リメ――」
アーヴィが言い終える前に、屋上の階段から大きな物音が聞こえた。
肩越しにそちらを見た少年は、頬を持ち上げ、憎々しげに大きく舌打ちする。
「くそっ、奴らもう上がってきやがったのか!」
アーヴィと和解できて完全に気が抜けていたリメアは、今置かれている状況をやっと思い出す。
「そ、そうだ、これからどうするの!? こんなところまで上がってきて……。またどこか別のところにアーヴィを投げたらいいの?」
「はっ、その必要はない。直接、精霊のところまでカチ込んでやろうぜ」
その言葉にリメアは目を輝かせる。
「精霊がどこにいるか、わかったの!?」
アーヴィは鼻先を親指を弾き、得意げに笑った。
「ったりめぇよ。なに、考えりゃすぐに分かることだ。環境整備を役割とした精霊、大規模な環境改変、従響星を含む監視。全部を見渡すのに、どこが一番最適だと思う?」
「ええっと……」
戸惑うリメアに、アーヴィは人差し指を天に向かって掲げてみせた。
「あの空でバカみたいに光ってる、人工太陽だよ……!」
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