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第19話(2)空を飛ぶアーヴィ【主律星フェニス】

 何度もエレベーターを乗り継ぎ、ようやく二人は最上階へとたどり着く。

 

「ふー、だいぶ走ったね」


 屋上の鉄扉を開け放ち、外の空気を胸いっぱいに吸い込んだリメアは、大きく伸びをした。

 埃っぽく、かび臭かった室内から開放され、屋上に吹き抜ける風がとても心地良く感じられる。


「あれ、景色が……?」


 リメアは転落防止金網の向こう側で広がる景色に、思わず目を見張った。

 警官に捕まって車に乗っていたときも、先程アーヴィと空を飛んだときも、街の外は見渡す限りの荒野が広がっていた。

 だが今、眼下に広がっているのは、雄大な湿地林。

 水草が浮かぶ水辺には鳥が集まり、豊かな緑が地平線まで続いている。

 乾いていた風も、だんだんと湿り気を帯び始めていた。


「これ、全部、偽物なんだよね……?」


 心打つ景観、息を呑む美しさ。

 

(でもどうして、こんなに胸が締め付けられるの……?)


 そう自分に問いかけて、リメアはようやく理解する。


「そっか、見る人が誰もいないからだ……。きれいなのに、すっごく寂しい景色……」


 立ち並ぶビルの窓には、人影は見当たらない。

 ショッピングモールに来客はなく、高層タワーのエレベーターは止まったまま。

 屋上を囲うフェンスへ掛けた指に、金網が食い込む。

 しかしリメアがため息をついたその時。

 首筋にピタリと、冷たい刃が押し当てられた。


「…………どうしたの? アーヴィ?」

「動くな」


 背後からは、ただならぬ殺気を感じる。

 目だけ動かし首元を見ると、それは階下で渡された景品の中に紛れていた高級包丁だった。


「いいか、今から俺の質問にだけ答えろ」


 目線だけを動かし屋上から下を覗くと、ショッピングモールのエントランス付近で、詰めかけたロボットたちが山のように折り重なっている。

 

「ロボットたちが来ちゃうよ? こんなことしてる時間あるの?」

「無駄口は叩くな」


 ぐっと、刃が皮膚に食い込む。

 リメアは静かに頷いた。


「まず一つ。お前は何者だ」

「……わたしはわたし。ただのリメアだよ」

「そういうことを聞いているんじゃねぇ。人間を遥かに超えた怪力、エーテルの障壁、以上な耐久性。どれをとっても普通じゃねぇだろ」

「…………」

「もっとわかりやすく聞いてやる。お前は、精霊か?」

「……違うよ」

「じゃあなぜエーテルを操作できる? あれは特殊な装置無しに人が触れることも感知することもできない五次元空間の物質だ。精霊を除いて、意のままに操るなんて芸当、他に誰ができるってんだ」

「…………」

「はっ、だんまりか。じゃあ、やっぱりお前は――」


 アーヴィがそう言いかけた時、突然、身体の中からリッキーが飛び出した。


「リメア様! ずっと静観してましたガ、この者はやはり危険デス!!」

「っ!! なんだコイツは!!」


 リメアの首から包丁が離れ、リッキーを両断せんと横に振られる。

 しかし、刃はエーテルで形作られたホログラムのリッキーをすり抜けた。


「っ!?」


 アーヴィの表情は険しかった。

 額には脂汗、押し殺した呼吸。

 必死に隠してはいるものの、恐怖と緊張が瞳に浮かんでいた。

 それは決して、仲間へ向けられる視線ではない。


「リッキー、大丈夫」

「駄目デス、リメア様! リメア様は理解していまセン! この男の危険性ヲ!!」

「確かにアーヴィは大怪我しても平気だし、わたしよりも色々と世界について詳しそうだけど、そんなに怖くないよ?」

「……っ!」

 

 少年の真紅の瞳が、わずかに揺れた。

 リッキーは唾を飛ばすような勢いでリメアを説き伏せようとする。


「いいデスか、リメア様のおっしゃるとおり、この男の実力ではリメア様に傷1つつけられないでショウ。しかし、この男ハ、有史以来数多の人類を葬ってきた恐ろしい武器を隠し持っていマス!!」

「それは……なんなの?」

「正義、デス」


 屋上に一陣の風が吹く。

 リメアの黒髪がハラハラとなびいた。

 アーヴィは押し黙り、監獄のブランケットだけが音を立ててはためいている。

 

「……なんで正しいことが、恐ろしい武器なの?」

「ソノ正しさヲ、信仰しているからデス。人間が二人いテ、互いにそれぞれの正義を信じていれば、そこには争いが生まれマス。一度正義と名の付く武器を持った人間ハ、たとえ規模が肥大化し大勢を巻き込む戦争に発展してモ、止まることを知りまセン」

 

 二つの赤眼はこちらをまっすぐ射抜き、刃を持つ手は固く握られている。

 アーヴィの見た目は幼い少年だったが、陽炎のように揺らぎ立つ威圧感は、まぎれもない本物だった。

 本気で自分の正義を信じている、そうリメアの目には映った。

 リメアは一度深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 そして意を決して、おもむろに口を開いた。

 

「……そんなに疑うなら、わたしのひみつ、教えてあげる」

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