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第18話(2)積層するエラー【主律星フェニス】

(早くアーヴィを助けに行かなきゃ!)

 

 リメアはチラチラと横目でアーヴィたちを見ながら、先程思いついた作戦を実行に移す。

 近づいてきたロボットたちの攻撃を素早く躱し、巨大なロボットの足元まで一息に踏み込んだ。


「うっりゃぁ!」


 音速を超えるサマーソルトが、金属の塊を縦に引き裂く。


「まだまだっ!」


 間髪入れずに空中二段蹴り。

 左右に別れた巨大ロボットへ、一撃ずつ立て続けに叩き込む。

 別々の方向へ吹き飛んだロボットは、壁に衝突するとそのままアメーバのように張り付いた。

 表面が粟立ち、銃弾の雨がそれぞれの方向からリメアを挟むように飛んでくる。


「それは想定済みっと」


 連続後転で弾を避けつつ、後方に待ち構える別のロボットの顔を、両足で挟み込む。


「そうっれっ!」


 身体を捻り、捕まえたロボットを投げ飛ばす。

 宙を舞ったロボットは、壁に垂れ下がったアメーバの片方へ直撃した。


「命中っ!」


 リメアはパチンと指を鳴らす。

 投げられたロボットはずぶずぶとアメーバ体に吸収され、一見ダメージは皆無。

 銃弾は無意味と悟ったのか、アメーバが再び統合しようと壁を這い降りてくる。

 が、ロボットを飲み込んだ片方のアメーバ体だけ、モゴモゴと妙に動きが遅い。


「やっぱり――!」


 リメアは白い歯をのぞかせる。


「あなた達のプログラム、誰かひとりが同じ時期に作ったものじゃない。色んな人が代わる代わる組み立てた設計図の寄せ集めなんだ!」


 先ほど投げ飛ばしたロボットは、動きがぎこちなかったロボットの一体だった。

 想像した通り、ロボットのバグが取り込んだアメーバ体にまで及んでいる。


「じゃあ、この残ったバグだらけのロボットたち、全部くっつけたら、どーなるかな?」


 ステンドグラスの落とす赤い光が、バグを抱えた個体を照らしていた。

 リメアは近くにいたロボットを、エラーデータそのまま統合させるために破壊最小限で投げ飛ばす。

 なんとか集まり一つになろうとしていた液体金属は、飛んできたロボットを巨体で受け止め、疑うことなく飲み込んでいく。

 とその時、液体金属の表面に浮かんでいた無数のバイザーが警告文を表示する。


『データノ競合ヲ確認、エラーノ修復、開始シマ――』

「させない!」


 大廊下を駆け抜け、エラーを吐いて立ち止まっているロボットたちを次々にアメーバ体へと投げ込むリメア。


「データノ競合ヲ、デデデデータノ競合ゴゴゴゴウヲ、データノキョウゴ、競合ヲヲヲヲ……!」

「効いてる! 残りあと三体!」


 勝機が見えた。

 

(これを繰り返せば、きっとやっつけられる! そうじゃなくても、動きは止められる!)


 リメアは意気揚々と次のロボットの顎に手をかけ投げ飛ばそうと振りかぶる。

 ちょうどその瞬間だった。

 ノイズまみれの音声が、耳元で囁く。


『ザザッ……イ……ヤダ……』

「えっ……?」


 気づいたときには、勢いのままロボットを投げ飛ばしていた。

 耳の奥には、まだあの声がこびりついている。


「気のせい……? 今なにか聞こえたような……?」


 嫌な予感に胸をざわつかせながら、次のロボットに駆け寄る。


『……カエリ……タイ……』

「また!?」


 今度も似たような声が聞こえる。

 それはプログラムが機械的に出力したとは思えない、あまりにも生々しい言葉だった。

 しかしリメアは手を止めるわけにはいかない。

 今本体の動きが鈍っている間に、バグ積んだロボットをできる限り上乗せしなければ、機能停止に追い込めない。


「なんなの、もうっ!」


 仕方なくロボットを放り投げ、最後のロボットへと向かう。


『ゴメン、ナサイ、モウ、ゲンカイ――』

 

 今度はよりはっきり聞こえる。

 残っていた三体は、どれも動きが極めて悪い個体ばかり。

 そのどれもがロボットらしからぬ音声を流していた。

 違和感を振り切るように、リメアは最後のロボットを持ち上げ、振りかぶった。


『ドウシテ、ワタシヲステタノ、オカア、サン――』

「っ!?」


 ロボットが手を離れた後に、聞こえてきた電子音。

 体中の毛がゾワリと逆立った。

 

「まさ、か……」


 ズプン、と最後のロボットが液体金属に飲み込まれる。

 すべてのロボットを統合したアメーバは、膨らんで巨大化したロボットの形を取ろうとするが、形状が定まらずぐねぐねと苦し気にもがき続ける。

 白と銀色がまだらになった表皮。

 浮かぶ無数のバイザーには、おびただしい数のログの嵐。

 その数字やアルファベットの羅列を押しのけるように、おおよそ機械的なプログラム言語には程遠い、感情にまみれた言葉たちが画面上に映し出される。


『イタイ』

『クルシイ』

『モウクスリハ、イヤダ――』

『ワタシ、シニタクナイ……』


 とめどなく流れる文字と、繰り返される歪んだ音声。

 既視感を覚える言葉の数々。

 それは、かつてリメアがアリシアの日記で見た言葉たちに、よく、似ていた。

 呼吸が浅く、早くなる。

 

『タスケテ』


 全てのバイザーに、同じ文字が一斉に浮かび上がった。

 プログラムの余白に書かれていた本来意味をなさない落書きや走り書き。

 それらがロボット同士の統合を繰り返したことで表層化し、暴れているようだった。

 次の行動の指示を統一できず、形状が不安定化する液体金属。


『液体金属統合ファイル実行……イヤダ……失敗。ツカレタ……未処理アクション21977件……ドウシテ……基幹システム遅延……』


 新たに表示されたログの奥でも、言葉は留まることなく流れ続ける。

 誰にも届かない、名前すら奪われた感情を垂れ流しながら。

 もはや、ロボットに継続戦闘は不可能だった。

 床にデロリと広がったまま、その動きを停止する。

 あまりにも、あっけない幕引きだった。

 

「…………」

 

 リメアは動けなくなった銀色の水たまりをじっと見つめた後で、踵を返しアーヴィの元へと向かう。

 歩幅は大きく、拳は強く握りしめられていた。

 

「ぐああああああああっ!!」


 警官の叫びが、人気のない警察署に響き渡る。

 ちょうどアーヴィが刃を警官の太腿に突き立てているところだった。


「お、リメア、終わったか。こっちもそろそろ――」


 言い終わる前に、リメアが警官の胸ぐらを掴んで持ち上げる。


「あなた、知ってたのね!! 従響星の孤児たちが、あのロボットのプログラムを作っていたことを!!」

「……おいリメア、どうした、顔怖ぇぞ?」

「アーヴィは黙ってて!!」

「へいへい」

「ねぇ! 答えて!!」


 リメアは再び顔を警官へ向けると、体を激しく揺さぶる。

 警官は痛みに顔を歪めながら、観念したのか吐き捨てるように言い切った。

 

「ぐっ……、し、知っていた。知っていたさ!」

「じゃあ、どうして! どうしてこんなことやめさせなかったの! なんでそのままにしていたの!?」


 リメアのあまりの剣幕に警官は驚き、怯えるように首を横へ振った。

 

「し、知っていても私にはどうにもできなかったんだ! この機械の制御とメンテナンスは私の管轄じゃない! 私の責任じゃないんだ!」

「責任がなかったら、どんなことでも見過ごしていいって言うの!? 助けなきゃって思わなかったの!?」

「越権行為は、許されない! き、規則でそう決まってる! だから私は、つ、罪滅ぼしのつもりで孤児院を、孤児院を運営して、それで……」

 

 そこまで言うと、男は力なくうなだれた。

 横からアーヴィが冷めた声を投げかけてくる。


「ほーん。罪の意識に耐えられず安全地帯で孤児院を回して、自分はできることをやってる、とでも言いてぇのか?」

「ああそうだ……分かっていた。私のやっていることが、逃げだってことも。でも、どうすることもできないのは本当だ! 従響星との連絡や航路が途絶えて何百年も経っている! どうやって復旧しろと? 一人の人間の力じゃ、太刀打ちできないことだって世の中にはあるんだ!」


 開けた廊下に、声がわんわんとこだました。

 リメアはどれだけ男が騒いでも、じっと彼の目を見つめ続ける。

 瞳孔の奥に潜む本心を、決して逃さぬように。


「……夜な夜な聞こえてくるんだ、署内の巡回をしている最中に。ブツブツ、ブツブツと、あいつらの声が。私はこのだだっ広い警察署にひとりっきりなんだぞ! この警察署でひとりぼっちで、ずっとそれに耐えてきたんだ! 私だって頭がおかしくなりそうだったんだ!」

 

 それでも目を逸らさないリメアに耐えかねたのか、警官はフイと顔を背けた。


「き、君たちと私は、違う。私は、無力な、一般人なんだ――ぐあっ!?」

 

 男の首筋に、アーヴィがビームブレードの柄の部分で当身を食らわせていた。

 リメアが手を離すとドサリ、と気絶した警官が床に倒れる。

 その音を最後に、警察署は一気に静まり返った。


「リメア、こんな奴に耳を傾けたところで無駄だ。お前が涙ながらに訴えたとしても、届きやしない。こいつの発言通り、こいつらは無力で流されやすい、ただの一般人だ」

「大人なのにっ! 警察の一番偉い人なのに……っ!」

 

 警官を見下ろし、リメアはいつのまにか頬を伝っていた涙をゴシゴシと拭った。

 アーヴィはため息をつきながら警官の懐を探り、端末を引っ張り出す。

 彼がボタンを操作すると、リメアたちを閉じ込めていた隔壁が一斉に下がり始めた。


「だから変えねぇといけないのは、こいつらじゃない。精霊のほうだ」


 開いた隔壁の向こうに、光の差し込む玄関口が見えた。


「倒すんだろ、精霊」


 俯くリメアに、アーヴィの手が差し伸べられる。


「…………うん」

 

 小さく頷き、歩き出す。


「よし、じゃあ気を取り直して……」

 

 こちらに向かってぱっと明るい笑顔を見せた少年。

 しかし、その表情は急に固まったかと思うと、徐々に引きつっていく。


「……おい、リメア」

「ん……なに?」

「ロボット、倒したんだよな?」

「うん、倒したけ……ど……?」


 アーヴィの視線をたどるように振り返るリメア。


「え」

 

 そこには倒したはずの巨大なロボットが、無言でこちらを見下ろしていた。

 バイザーに濁りはなく、きれいな緑色の【排除モード】の文字が踊っている。


「……再起動、しちゃったのかも、えへ」

「えへ、じゃねーよ!! 逃げるぞ!!」

 

 激しい戦闘の跡が残る大廊下を背に、二人は慌てて青空が眩しい玄関口を目指し走り出す。

 飛んでくる銃弾の雨嵐が大理石の廊下に跳弾し、天井のステンドグラスを次々に割っていく。

 赤青黄色に乱反射する光の洪水を潜り抜け、リメアたちはなんとか外へと転がり出た。

 急いで重たい玄関の扉を閉め、ふーっ、と額に浮かんだ冷や汗を拭った矢先。

 リメアとアーヴィは振り返ると、同じタイミングで口を開け放つ。

 玄関口の先、広大な庭園に待ち構えていたのは――。

 先ほどの比ではない、おびただしい数のロボットの群れだった。


「……マジ、かよ」

 

 アーヴィが絶句する。

 背後からはズシンズシンと大きな足音。

 正面からはガシャガシャと耳障りな音の大合唱が、立ち尽くす二人へと迫っていた。

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