第17話(2)脱獄【主律星フェニス】
足を動かし始めたリメアにつられて、アーヴィも再び階段を上り始める。
「そうだ、もうひとつ聞きたい。従響星で精霊と会ったときのことを詳しく」
「あー、なんかね。鎖の先っぽに目がギョロギョロってしてて、気持ち悪かった! なんて言ってたっけな。エーテルをたくさん使ってるから規則違反で、この一帯からエーテル使用権限を剥奪するって言った瞬間に力が奪われて、全部使えなくなっちゃったの」
「エーテルの、使用権限、だと?」
「うん、だから主律星に来てからは、エーテルをあんまり使わないようにしてるんだ。精霊に見つかって、エーテルを封じられたらなにもできなくなっちゃうから」
「……なるほど、どういうからくりかはよく分からなかったが、なるほど……」
アーヴィはリメアから目線を逸らし逡巡する。
横顔は幼くとも、その表情は見た目相応のものではなかった。
リメアに口を挟ませないような、静かな圧を漂わせている。
が、それも長くは続かず、ぱっと明るい表情になったアーヴィ。
リメアは緊張から解き放たれ、ホッとする。
「……まあいいさ。何にせよ、このウジウジした穴蔵からの脱出が先決だ。話は変わるが、リメアはこういった状況には慣れてんのか?」
「うっ、あんまり、慣れてないかも……というか、初めて……」
経験を問われると苦しいところがあった。
というのも、リメアは従響星でアリシアと過ごした以外、宇宙船に引きこもりっぱなし。
脱出する状況に慣れているはずもない。
映画で見たスパイ・アクションには詳しかったが、それを引き合いに出すのはちょっと恥ずかしかったので取りやめる。
「オーケー、じゃあこうしよう。とりあえず脱出までは共同戦線を張ろうじゃないか。そっちは怪力を貸してくれ、こっちは頭脳を貸し出す」
「怪力って……なんかちょっと響きが嫌だけど……まあ、わかったよ」
「じゃあ改めて、ほれ」
アーヴィは懲りずに再び拳を突き出してきた。
(映画でもみたけど、男の人ってこういうのが好きなのかな……?)
戸惑いながら、リメアは拳を作り突き合わせる。
拳頭をコツンとぶつけると少年はニッコリと白い歯を見せてきた。
「交渉成立だな」
なんだか良くない契約を交わしてしまった感覚が拭えないリメアだったが、うまく言葉にできないまま階段をひたすら上り続ける。
リメアは力任せにジャンプしてショートカットしたい衝動に駆られたが、契約を交わした直後でアーヴィを置き去りにするほど無責任ではなかった。
スパイ映画の主人公に自分を重ねる妄想をすることで、退屈な景色を紛らわせる。
そうして進み続けること数刻。
やっと非常階段も終わりに近づき、地上階の扉が見えてくる。
タタタッとアーヴィがリメアを追い越し、扉のノブに手をかけた。
「へへ、一番乗り」
「……なにそれ、子供みたい」
「うるせ、子供心を忘れない素敵な大人と呼べ」
「はいはい、で、これからどうするの? 頭脳担当さん?」
「そりゃあもちろん――出たとこ勝負さ」
掛け声もなく、アーヴィが扉を勢いよく開いた。
「~~~~っ!!」
一瞬、明暗差にリメアの視界がホワイトアウトする。
瞬きを繰り返したところで、言葉を失った。
(な、なにこれ! 待ち伏せ!?)
おおよそ三十を超える数の、白くツルツルした見た目の人形ロボットがリメアたちの出口を囲むようにひしめいていた。
ロボットたちの胸には拳が入るほどの穴が空いており、それぞれ右手の銃口をこちらへ向けている。
リメアは周囲にサッと目を配り、そこが警察署の大理石でできた広い廊下だと理解した。
慌てて身構えながらリメアはアーヴィに助けを求める。
「なんかたくさんいるよ! アーヴィ、どうし――わぶっ!」
突然視界を覆う白い煙。
ロボットたちの胸に開いた穴から一斉に煙が噴射されている。
リメアはとっさにエーテルで障壁を張り、煙を退けた。
しかし。
「ぎゃぁあああああああっ!!」
隣で盛大な悲鳴が上がった。
ハッと顔を向ければ、アーヴィが目を押さえて地べたで転がりまわっている。
「うおぉぉぉ、さ、催涙ガスだ! くそぉおおおお!」
「ご、ごめん! アーヴィも守ってあげたら良かった……。あ、でも、エーテル使っちゃった! どうしよう!」
「いいから! 今は目の前に集中しろ! 早くそいつらをなんとかしてくれ!」
「わ、わかった!」
言われるがまま、警察署本部の大廊下へと飛び出したリメア。
(アーヴィが動けるようになるまで、なんとか時間を稼がなきゃ!)
ロボットたちを前に拳を突き出し、不慣れなファイティングポーズをとった。
が、そんな行動すらお見通しと言わんばかりに、突如頭上から大量のネットが降ってくる。
「わ、わ!」
面食らってもがいていると、折り重なるネットの向こうから拡声器を通したノイズ混じりの声が投げかけられた。
「抵抗はやめて、おとなしくしろ! お嬢ちゃんが抵抗しなければ、これ以上危害を加えはしない! 両手を上げて、後ろを向け!」
網の隙間から覗いてみれば、ロボットたちの背後で見たことのある制服姿の男が立っている。
リメアをヴェールに引き渡した、あの警官だった。
「け、警官さん! ごめんなさい、えっと、でもわたし、ここから出ないといけなくて……」
リメアの声を聞いたからか、拡声器の声が幾分和らぐ。
「……私も昨日語り合った君を、傷つけたくない。どうか大人しく投降してくれ」
「うぅ……」
つい両手を上げようとした時、後ろから怒号が響き渡った。
「なにやってんだリメア! そんな奴に言いくるめられるな!」
「ハッ!」
一瞬流れに身を任せそうになったリメアは、慌てて手を下ろした。
「そ、そうだ、わたしやることがあるの。だから……ごめんなさいっ!」
目をぎゅっとつぶると、申し訳無さを振り払うかのように網に指を通し、力任せに引っぱった。
鋼鉄の糸をぶちぶちと千切り、リメアはするりと網の山から頭を出す。
「バカな……! 車両拘束用の高張力ネットだぞ……?」
警官が泡を吹くと同時に、ロボットたちのバイザーが一斉に警戒色へと変わった。
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