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第17話(1)脱獄【主律星フェニス】

「あ!? 工作員じゃないだと? じゃあなんのために俺を助けたんだ?」


 ロッカールームの外から裏返った声が聞こえた。

 取り出したワンピースに頭を通しながら、リメアは率直に答える。


「んー、ついでだよ! あの装置がエネルギー使いすぎてたから、止めたかっただけ!」

「……助けてもらってなんだが、バカなのか? 俺は戦犯だぞ? そんな理由で簡単に開放してよかったのかよ」


 ポシェットを引っ提げて更衣室から出ると、呆れ顔が待っていた。

 リメアはぷくっと頬をふくらませる。


 「簡単な理由じゃないよ」


 従響星での日々を一言で表すことなど、到底できなかった。

 合流した二人は等間隔にスポットライトが配置された監獄の通路を歩き出す。

 かろうじて土地勘のあるリメアに続いて、アーヴィが後ろ頭に手を回したままついてきた。

 

「簡単な理由じゃなけりゃなんだ、環境活動家か? それともただの資源節約オタクかぁ?」


 ヘラヘラ笑うアーヴィを、キッと睨みつけるリメア。

 少年のふざけた笑みを消すには、それで十分だった。

 

「……おっと悪い。そう睨むなよ」

「今はちょっと話してる場合じゃないけど、いろいろあったの。精霊関係で、許せないことがあって」

「おーいいじゃねぇか。打倒精霊! つまり俺達は同士ってことだな!」


 暗く沈んだ空気を吹き飛ばすように、アーヴィは明るい声で拳を突き出してきた。

 アリシアとは違いすぎる軽いノリにやや戸惑うも、大罪人というワードを思い出しリメアは警戒心を取り戻す。

 フイと顔を背けて応じず、釘を差すことにした。


「精霊を許せないってのは同じでも、変なことには協力しないから! あと、アーヴィが悪さをしようとしても、わたしが止めるからね!」

「ははっ、威勢がいいことで」

「むっ、信じてない!」

「そりゃあ信じてるさ。小さな女の子が従響星からはるばる星の海を超えてここまでやってきたんだ。その信念には敬意を表するぜ」


 ニタニタと笑うアーヴィ。

 ちょっと気を許したそばから急に馴れ馴れしく、リメアは内心嫌な感じだった。

 なんだか軽く見られてるな、とモヤモヤしながらリメアは先を急ぐ。

 脱獄しようとしているにも関わらず、監獄は不気味なほど静まり返っていた。

 早くこの地下空間から抜け出したい。そんな思いに駆られていた。

 記憶を頼りに似たような廊下の角を何度か曲がると、いつぞや見た荘厳な昇降機が現れる。

 

(間違いない。ここだ!)


 昇降機の格子や階数表示盤には見覚えがあった。

 リメアはエレベーターを動かそうと、警官の見様見真似で壁のレバーをガシャガシャ倒してみるが、反応がない。


「えっと、あれ?」

「あー、さすがに出られないよう細工されてるか。あの偉そうなオッサンに」

「むー……」


 腕を組み見上げると、階を示すランプが消灯している。

 主電源ごと落とされているようだった。


「いつまでそこでそうやってるつもりだ? ほら、非常階段はこっちだぞ?」


 ケラケラと笑いながら親指で指差す少年。

 なんだか先回りされているようで、リメアはさらに苛立つ。


「ま、開けられたらだけどな」


 アーヴィの示した先には、【非常階段】とプレートに銘打たれた頑丈な扉。

 近づいてみると鎖と鍵で何重にも施錠されており、分厚いかんぬきが掛けられていた。


「で、どうする? 頼りになるお嬢さん?」

「ムカッ、なんでそんな言い方するかな――?」


 いちいち癪に障る言い方を繰り返され、ちょうどボルテージが上がっているところだった。

 リメアはちょうどいいストレスの解消先へ、つかつかと歩み寄る。

 その後姿を見たアーヴィは、小さく吹き出しながら肩をすくめた。


「そんな細腕でどうするつもりだ? おとなしく鍵を探しに――」

「…………えいっ」


 耳をつんざくような轟音が、監獄中に響き渡る。

 めくれ上がった純白のワンピースが余韻を残してふわりと落ちてきた。

 地面と平行に伸ばされた右足をあえてゆっくりと下ろし、リメアはアーヴィにニッコリと笑いかける。


「なにか、言うことはある?」

 

 舞い上がった埃の向こうでは、壁ごと蹴り抜かれてひしゃげた鉄の扉が沈黙していた。


「……ありません」


 アーヴィは頬を引きつらせ固まった表情のまま、素早く白旗を上げた。

 これでよし、とリメアは満足気に頷いた。

 二人はそのまま非常階段を上り始める。


(うわ、ここ映画で見た工場みたい……)


 非常階段は監獄内とは対象的に簡素な作りで、配線やダクトがむき出しのまま。

 照明も踊り場に必要最低限といった形で薄暗く、互いの表情もほぼわからない。

 手すりの塗装も剥げかかっており、ところどころに錆が浮かんでいた。

 鉄骨階段を踏む度に、板が揺れ、上の階から埃が降ってくる。


(長いこと使われてないんだろうな……)


 そんなことを考えながら、リメアは歩調を緩めず上を目指す。

 甲高い足音が、冷たく反響していた。

 いい加減同じ景色に飽きてきたリメアは、我慢できず顔を背後へと向ける。


「ふー、だいぶ上ったね。地上までどれくらいだろう。ね、アーヴィ?」

「ん? ああ」


 不意に話しかけられたからか、アーヴィの返事はそっけない。

 階段を駆け上がる間、さっきまでの軽口が嘘のようにアーヴィは沈黙していた。

 双眸が闇の中で妖しく光っている。いかにも悪巧みしていそうな顔だった。

 リメアは立ち止まり、ジト目を向ける。


「……なに考えてるの」

「いや、な。リメアが工作員じゃねぇって聞いた時は頭を抱えたが、この流れも悪くねえなって思えてきたところだ。俺の中で欠けてたピースが嵌りかけている。うまくいけば、本当に精霊を倒せるかもしれねぇ」

「えっ、ほんと?」


 少し声が弾みかけた。

 リメアはいけない、と思い直して真面目なトーンに無理やり戻す。


「でも、精霊がどこにいるのかもまだ分かってないよ? ヴェールも精霊とはずっと交流が途絶えてるって言ってたし」

「まあ待て。とりあえず整理しよう。俺は精霊を倒したい。リメアは精霊をひっぱたきたい。つまりここまでの目的は一致している。違うか?」

「……違わない、けど」

「オーライ、じゃあ次に進もう。確かに俺も精霊の正確な居場所は知らねぇ。だが、精霊やその取り巻きにはちぃとばかし詳しいんだ。これでも昔は戦艦率いて精霊とドンパチやってたんだぜ? だから、まずはこの星の情報をくれ。おおよそ居場所についても推測が立つかもしれねぇ」

「この星の、情報……」


 リメアはうーん、と考えながら、自分の知っていることを並べてみる。


「えーっと、この星は元々観光地で、小麦がおいしいらしくて、景色がいい場所だったみたい。従響星とは宇宙エレベーターでつながってて……ってのが古い情報」

「どれくらい前の話だ?」

「……四百年ぐらい?」

「当てにならねぇな。で、現状は?」

「従響星はエネルギーを主律星(このほし)に吸い取られてカラッカラ。住んでる人たちはすっごく大変な生活をしてる。なのに主律星の景色はホログラムで、エネルギーはアーヴィの封印にいっぱい使われてた。あ、あと警察の人も、さっきの監獄長も、ひとりでたくさんの役割をこなしてるの。人がとっても少ないみたい。建物は贅沢なのに、変なの」

「はーん、なるほど、環境整備が主目的の低級精霊、用途はエネルギーの分配、管理ってところか。で、なにかが原因でバランスと制御を失ってる、と……」

 

 ぶつぶつとなにやら口の中で呟く金髪の少年。

 ジジ、と非常灯が明滅し、二人の影が灰色の壁の上で揺らいだ。

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