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第16話(3)戦犯の帰還【主律星フェニス】

「おい……よくこんな物食べられるな。気持ち悪ぃ」

「なっ!?」


 ヴェールは目を見開いて、わなわなと震えた。

 

「そ、それは貴様が食事の作法も、手順も知らないからだ! そんな野蛮な食べ方で生ブリックを語ろうなどと――」

「どう食べようが俺の勝手だろ。んで、俺が好きなように食べて不味いもんは、不味いんだよ。ハッ、どう考えても料理として失敗作だ、料理長さんよ」

「失敗……作、だと……」


 ヴェールは絶望を絵に書いたような顔で目線を床に落とした。

 よほど少年の言葉が刺さったのか、ボソボソと独り言をこぼし続けている。


(あまり良くないことだとわかってるけど……ちょっとスッキリ!)


 ヴェールは悪人ではなかったが、その尊大な態度と料理に対する謎の自信にややモヤついていたのも事実。

 リメアは両手で隠した口角をこっそり上げる。


「誰が食べても美味しさを感じられ、順不同の味覚体験……そんなの無茶だ……。いやしかし、2重構造にすれば……だが、どのタイミングで中和剤を……」


 監獄長の焦点は定まらず、うわごとのようにレシピをなぞっている。

 見る限り、立ち直るのはずいぶん先になりそうだった。


「残念極まりないマズ飯で腹も膨れた。さて、出るか」


 少年はリメアへ手を差し伸べる。

 きょとんとするリメアに首を傾げつつ、再度掌を差し出して催促した。


「ほれ、行くぞ」

「う、うん」


 手をつなぎ歩き出したリメアたちに、遅れて顔を上げたヴェールが背後より声を投げかけてくる。


「ま、待て待て! 001は、まだ刑期を終えていない! 吾輩が出ていいと言うまで、この監獄からの出所は許さんぞ! これは規則で決まっていることだ! ええと、条文は――」

「なぁ、さっきから気になってたんだが、その001ってのは一体誰のことを言ってんだ?」


 少年はまたもや脊髄反射の速度で、肩越しにヴェールへと問いかける。


「なにを今更……待ってくれ、吾輩は今条文を探しているのだ……」

「どうでもいい。さっさと質問に答えろよ」

「ええい、囚人001は001、そこにいる少女のことだ。囚人は番号で呼ぶものと、吾輩が監獄長就任時に監獄内規則として定めたのだ。本名の引き継ぎは無意味かつ非効率、覚えて吾輩に何の得がある」

「ほーん。じゃあよ、仮にこいつが出所する時、てめぇはなんて声をかけるつもりだったんだ?」

「……は? 001出所おめでとうだが……?」


 その答えを聞いた瞬間、少年の額に青筋が走る。


「あ゛? リメアだろ、こいつの名前は……!!」


 軽妙な口調が凄みのある怒声へと豹変し、思わずリメアは目を見開いた。


「囚人に番号? 古典的でよろしいことで。監獄内なら好きにしろよ王様。……だがな、刑期を終えて一歩でも外に出た囚人を番号で呼ぶってのは、気に入らねぇ。気に入らねぇぞ……!」

 

 少年は熱を宿した言葉をヴェールの驕傲へ真正面から叩きつける。

 深紅の瞳には憤怒が燃えていた。


「規則、規則、規則。いちいちそんなしょうもないことを今ここで気にしてんのはオッサン、あんただけだ。しかもその御大層な規則すらガバガバときた。管理者気取って悦に入ってんじゃねぇ!」


 彼の言葉のひとつひとつが、胸の奥で反響する。

 相変わらずの口の悪さと、先程までの自分を棚に上げたような発言。

 何がトリガーとなり少年の怒りを買ったのかすら、分からない。

 それでも、確かだったのは――。


(この人……もしかしてわたしの代わりに、怒ってくれてる……?)


 それはリメアにとって、初めての感覚だった。

 少年は親指を自分の胸に向け、不敵な笑みを浮かべる。


「この星の規則なんざ、毛ほども興味ねぇ。なんてったって、規則を作った大元の存在を、これからブッ殺しに行くんだからな……!」


 リメアはその発言に衝撃を覚える。

 大罪人というワードから、彼はてっきり悪の親玉で、世界征服なんかを目論んでいるとばかり思っていた。

 恐る恐る、リメアは少年に尋ねてみる。


「精霊を……あなたもやっつけたいの……?」

「ったりめぇだろ。そのために俺がいる。こんな腐った精霊の支配から人間社会を取り戻すために、レジスタンスを指揮して戦争をふっかけたんだ。覚えておけ、リメア。この俺こそが精霊解放戦争における反乱軍の総帥、アーヴィング・メルキオル様だ!」


 彼の存在は、規則で整えられたこの星においてあまりに異質で、強い輝きを放っていた。巨大な監獄が、厳格な規則が、急に安っぽいハリボテに感じられるほどに。

 メチャクチャで、自由奔放。生意気で、口が悪くて、自信過剰。啖呵を切る横顔はやけに生き生きとしていて。同時に強い信念と憤怒をその内側に併せ持つ。

 それが、大罪人アーヴィング・メルキオルという男だった。

 純粋で温厚なリメアとはまるで対極。

 

(でも、この人の言葉、乱暴だけどどこか温かい……)


 不思議な感覚だった。

 胸の奥が疼くような、むず痒いような、そんな感覚。

 

「そ、そうはさせんぞ!」


 ヴェールは慌てて部屋の入口に立ちはだかる。

 ステッキを使わずに走っている様子を見る限り、あれはただ威厳を醸し出すためだけに用意した小道具だったのかもしれない。

 少なくとも監獄長がなりふり構うのをやめたことだけは確かだった。

 少年は動じることなく、ははん、と鼻で笑い、肩越しに親指でリメアを指し示す。


「いいのか、オッサン。このリメアはな、ただのガキじゃねえ。俺達、精霊解放軍の工作員だ。すでにこの監獄は包囲されている頃合いだろうよ。命が惜しかったら、俺と敵対しようなんて考えるな。もし、それでもどかねぇって言うんだったら……規則より怖ぇもんがなにかを、体で教えてやるよ……!」


 パキパキと指の関節を鳴らし、威嚇する少年。

 ヴェールはあからさまに動揺した。


「ひっ、た、たた確かに、001がただの囚人ではないと吾輩も気づいていた……。吾輩をそそのかし独房から脱出し、あろうことか封印を解除するなど、並の子供にはできぬ芸当……」

(あれ、わたし封印は解いたけど、独房から脱出したってのは濡れ衣じゃ……)


 今それどころではないと、ツッコみたい気持ちをぐっとこらえるリメア。

 ヴェールは悔しげに拳を握りしめ、恨めしい目つきですごすごと道を譲った。

 少年は床に落ちていたブランケットを外套代わりに肩へと羽織る。


「あばよ、監獄長ヴェール殿。なかなか居心地の良い監獄だったぜ。ほとんど寝ていて、覚えちゃいねぇけどな!」


 リメアは捨て台詞を吐く少年に手を引かれるまま、部屋を後にした。

 降りてきた時に通った薄暗い階段へ差し掛かると、少年は短い金髪を縦に揺らしながら徐々に速度を上げていく。

 リメアは少年が語った工作員という言葉に覚えがなく、はてなをいくつも頭に浮かべていた。

 思い返してみても、そんな口裏合わせを交わした覚えはない。

 そしてなにより――。

 

「……ねぇ。なんでさっき、001じゃなくて、リメアだーって、怒ってくれたの?」

 

 一番引っかかっていた疑問を、そのまま尋ねてみた。

 すると少年は、あっけらかんと答える。


「ん? なんかイラッとしたからな」


 端的かつ明快。

 シンプルすぎてクスリと笑みがこぼれた。

 嘲笑されたと思ったのか、少年は舌打ちした上で補足する。


「単純にあいつの態度が気に食わなかっただけだ。権力を振りかざし、他人を支配できると勘違いしてやがるあの面が、俺は心底嫌いなんだ。別に誰かのためとかじゃねぇからな」


 フン、と少年は鼻を鳴らしてそっぽを向く。


「ふふっ。……ありがと、アーヴィ」

「あ? なんだ、その呼び方は」

「だって、アーヴィング・メルキオルって、長いんだもん。身体もちっちゃくなったから、名前もちっちゃくして、アーヴィ。ね、かわいいでしょ?」


 少年はハァ、と大きくため息をつき、眉間に皺を寄せながら口を開く。

 

「あのなぁ、俺は大戦の首謀者だぞ? そんなガキの友達みたいな呼び方は……って、なに俺はガキ相手に語ってんだ……。ああ、もういい、好きに呼べ」

「やったー! じゃあ、アーヴィ、よろしくね!」

「……おう」


 二人は開け放たれた隔壁を超え、地上を目指し監獄を走り続けた。

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