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第15話(3)封印開放【主律星フェニス】

「…………耐久、試験?」


 エンターテインメントとは程遠い堅苦しいネーミングに、リメアは思わず眉間に皺を寄せる。


「まあ、パズルみたいなものだ」

「パズル……?」

「合計六つの関門を突破すれば、この封印を解除することができる。かつて多くの賢人たちが、己の知性と封印の強度を測るため、このパズルに挑戦しては散っていった。いずれも吾輩の何世代も前の話だがな……」


 操作盤に近づいてみるリメア。

 浮かぶホログラムは波のような形から六面体、捻れて螺旋と自在に形を変えていく。


「ん~? やはり気になるか? 気になるだろう!」

「こんな……こんなもののために、星のエネルギーをたくさん使ってるの?」


 振り返ったリメアの声は、わずかに上ずっていた。

 ヴェールはやや興ざめした様子で窘める。

 

「こんなものとは失礼な。この星に任された、大いなる責任と歴史を象徴する装置だぞ。これを維持・保全することを名誉と呼ばずになんと呼ぶ」

 

 リメアはホログラムを指差し、続けて尋ねた。

 

「じゃあこれをクリアできたら、従響星から吸ってるエネルギーって、少しは減るの?」


 フン、とヴェールは鼻で笑う。


「理論上はな。この装置は運用にあたって莫大な情報エネルギーを必要としている。セキュリティのアルゴリズムも常に更新されている。停止できれば間違いなく従響星の負担は減るだろうな。もちろんクリアできればの話だが」

「ほんと!?」


 ここにきてはじめて、リメアは体の底から活力が湧いてくるのを感じていた。

 

(リッキー、わたし従響星の環境を変えられるかもしれない……!)

「ええ。ですが油断は禁物デスよ」

 

 顔に感情が出ていたのか、ヴェールはこちらを見て満足そうに顔を綻ばせる。

 

「おぉ、おおっ!! いいぞ001! やる気になったか! これで、これでっ! 吾輩の代で初めての挑戦者がっ! ああ、言い忘れていた。もちろん囚人にも、挑戦権はあるぞ! どうだ、今から、やってみるか?」


 こらえきれぬ喜びを噛み締めるようにガッツポーズを取り、前のめりになるヴェール。

 一方リメアも不敵な笑みを浮かべて腕を組んで見せた。

 こっちも自信満々だよ、と言わんばかりに。

 

「わたしに挑戦させて、後悔しない?」

「まさか! 願ったり叶ったりだ! ようし、いいぞ! っと、いかんいかん。つい興奮しすぎてしまった。ゲーム開始の宣言はしっかりと行わねばな……」

 

 監獄最高責任者は咳払いをしながら襟を正し姿勢をピンと伸ばす。

 形式張っても気持ちは抑えられないのか、鼻息は依然として荒いままだったが。

 

「よし。それでは改めて。囚人001による、大罪人の封印セキュリティ耐久試験を……開始する!」


 ヴェールは操作盤に手を伸ばし、立体映像へ触れる。

 ホログラムは触れた部分から波打ち、細かな光の粒子へと分散していく。

 粒子は風に舞うように吹き抜けの大空間へと広がり、天井から床までを大きく使って無秩序に配置された。

 それはまるで、三次元プラネタリウムさながら。

 部屋の中が小さな宇宙空間になったようだった。

 

「きれい……!」


 目を輝かせるリメアに、リッキーが釘を刺す。


「リメア様、真剣に挑戦されてくだサイね、責任重大デスよ?」

(まかせて……! 宇宙船に閉じ込められてた四百年間、あの難易度無制限パズルのおかげで頭がおかしくならずに済んだんだよ? 極めに極めたパズル能力の真髄、見せつけてやる……!)

「夢中になりすぎなけれバ、良いのデスが……」


 リッキーの忠告を聞き流しつつ、ペロリ、とリメアは唇を舐めた。

 水槽を中心にぐるりと歩き、光る粒子の配置を確認していく。


「ふむふむ、量子重力理論が基盤になっていて……」

 

 リメアが光に触れようと手を伸ばすと、一番近い粒子がふわりと座標を変える。

 試しに腕を大きく伸ばして振ってみると、天井近くの粒子がぐんと動いた。

 

「……なるほど、こうやって動かして、解を出せってこと……」

 

 動作は直感的、構造は超難解。

 星のエネルギーを賭けたパズルゲームが、幕を開けた。

 リメアが集中モードに入る傍ら、ヴェールは髭を撫で回し悦に入る。


「ああ、四十年間待った甲斐があった……! 001、君がパズルを解けようが解けまいが、それは些末な問題なのだ。吾輩にとって、この監獄にとって、挑戦者が現れた。それだけでもう、計り知れないほどの価値があるのだから――」

「解けた!」

「ああそうとも、このパズルは非常に難解だ。記録によればおおよそ九十九%の挑戦者が、第一関門すら突破できずに脱落したと聞く。だから、恥じることはない。どれだけ時間を掛けてもいい。どれだけ、悩んでも――え今なんと言った?」


 振り返ったヴェールの前で、リメアはパン、と両手を叩く。

 空間に散らばっていた粒子達はゆっくりと移動を始める。

 粒子は半分ずつ逆方向に部屋の中で渦を巻き始め、その速度は徐々に早くなっていく。

 そして最後にすべての粒子が同時に衝突し、まばゆい光とともに対消滅した。

 第一セキュリティ解除の文字が、モニターに表示される。


「……は?」


 ヴェールは口を開けたまま固まった。


「次の問題は?」


 組んだ手を裏返して大きく伸ばして見せると、監獄長はこめかみを押さえる。


「こ、故障か? それとも、ただのまぐれか? いやそんなはずは……。だ、だが次で分かるはずだ。すでに制御は吾輩の手を離れている。そう待たずとも問題が――」


 言い終わる前に、再び空間に光の粒子が現れる。

 今度は先ほどとは配置が異なり、ラッパの先端を輪切りにして立てたような形状の塊が複数に分裂する。

 じっとその様子を観察していたリメアは、パチンと指を鳴らす。


「これ、知ってる! 宇宙船で前にやったやつだ! 修正重力理論の、ワームホール複合形成!」

「な、なにを言っているのだ……?」


 呆然とするヴェールを無視して、リメアはきゃっきゃと無邪気にはしゃいだ。

 粒子はリメアが腕を振るたびに右へ左へ移動し、伸ばされ、分けられ、連結され――やがて水槽を中心としたひとつの大きな渦が完成する。


「できた! 超次元ブラックホール構造!」

「あ、ありえん……!」


 腰を抜かし、へたり込むヴェール。

 モニターに第二セキュリティ解除の文字が光っていた。


「へっへっへ、準備運動はこれぐらいかな? まだまだ、これからだよ~!」

「ハァ、リメア様、悪い癖デスよ……。パズルを見ると周りが見えなくナル……。あぁ、ワタクシの教育係としての面目ガ……」

 

 頭の中で聞こえるリッキーの嘆きなどお構いなしに、リメアは次々に現れるパズルへのめり込む。

 あっけなく第三問、第四問を突破し、来たる五問目。

 現れたのは部屋を埋め尽くすほどの光の針。

 リメアは逡巡した後、手元をこねるように動かすと、針はそれぞれが別々の鍵へと形を変える。

 手を開けば、中から出てきた光球が、ふわりと宙に浮かぶ。

 バッとリメアが両手を交差させれば、すべての鍵が光玉へ一斉に突き刺さった。

 光玉はブルブルと震えた後、一気に縮小したかと思うと、ぱっと姿を消す。


「ふー、ビッグバウンス立体模型、完成っと」

「嘘だ、嘘だ……」

 

 ヴェールは震えながら、いつの間にか壁際まで後退していた。

 第五セキュリティが解除される。


「パズルにだけは自信があるの。わたしの数少ない特技のひとつなんだ!」


 リメアは得意げにふふんと鼻を鳴らす。

 もちろん今やっていることの目的は、片時も忘れてはいない。

 しかし自らの研鑽の賜物が日の目を浴び、興奮していないと言えば嘘になる。


「次がラストね! どんな問題がくるのかな? 勝負だよ……!」


 泣いても笑っても、次の問題がラスト一問。

 高揚と、緊張が入り交じる。

 突如計器のランプ全てが赤く点滅し始め、大音量のブザーが鳴り響く。

 モニターには『警告』の文字が一面に表示されていた。

 そんな中遂に、最終問題が提示される。

 粒子は今までのような幾何学的な形状は取らず、波の如く不規則に揺らいでいる。

 部屋全体を満ちた粒子は縦横斜めと自在に伸縮し、定型を取らない。

 法則性は皆無だった。


「…………」


 笑顔だったリメアの顔が、徐々に曇っていき、やがて真顔になる。


「は、はは、ははははは、どうだ、見たか! このパズルを完全突破したものなど、歴史上に存在しない! どうした、先程までの勢いは! 001も、とうとうお手上げか!」


 冷や汗を額にびっしりと浮かべたまま、キャンキャンと吠えるヴェール。

 リメアは粒子を見上げたまま、悲しげに眉尻を下げた。


「そんな、そんなことって……」

「ほれみたか! 監獄の誇る封印は鉄壁! 人類と精霊による叡智の結晶! 難攻不落、宇宙一のセキュリティなのだ!!」


 真っ赤な顔で唾を飛ばすヴェールに、リメアは弱々しく微笑んだ。


「違うの。もう、わかっちゃったんだ……」

「なにぃ!?」


 ヴェールの顔が醜く歪む。

 リメアはため息混じりに続けた。

 

「これはね、五次元空間のエーテル運動モデル。わたし、悲しいよ。すっごく期待してたのに。まさか最終問題が、わたしにとっていちばん簡単で、ぜんぜん面白みのないパズルだなんて……」


 そのひと言に呼応するかのように、粒子はピタリと動きを止め、空間を揺るがすように激しく波打ちだす。

 リメアが手のひらを上に右手を差し出すと、すべての粒子がその一点に集約された。

 凝結した粒子は淡く輝く小さな炎となり、まるで意思を持ったかのようにふわふわと浮遊をはじめる。

 

「五次元空間に存在する、凝縮されたエーテルを体に持つ知的生命体……」

「な、何だ、それは!」


 問いかけるヴェールに、リメアは短く答えた。


「――これは精霊の、構造モデルだよ」


 モニターに流れる封印解除の文字。

 遠ざっていく機械音とともに計器類のランプが次々に消えていく。

 何百年の間稼働し続けていたこの星の主要装置が、有史以来初めて、シャットダウン(落と)された瞬間だった。

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