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第15話(1)封印開放【主律星フェニス】

「ここが大浴場、ここがお手洗い。あそこの角を右に曲がると地下温室菜園があるのだ」


 ごきげんな鼻歌と共に、金のステッキをくるくる回し、ヴェールが施設を案内する。

 来たときの整列などどこへやら、リメアは横に並んで歩くことを許されていた。

 大きく腕を振っても、監獄長をちょっと追い越してしまっても、小言を言われることすらない。


(わ、わけがわからないよ……)

 

 困惑しながらも「どこまでやったら怒られるかチキンレース」を繰り広げていたリメア。

 ほとんどのことは許されたものの、囚人服を脱いでいいか尋ねると流石にそれはダメとのこと。

 そんなやり取りを繰り広げながら、ヴェールの監獄案内を受け続ける。

 迷路のような監獄内をまるで遊園地のように紹介していたヴェールだったが、突然はたと立ち止まった。


「おおっとこれは、大変失敬。囚人に食事を出すのを忘れていた。うむ、定刻までになんとか間に合う。よし001、行き先変更だ」


 ヴェールは腕のICチップ上に投影された金時計を確認し、十字路の角を左へと曲がる。


(リッキー、食事だって)

「ええ、リメア様、聞こえておりマス」

(ちょっと変わった人だけど、この星の人がどんなご飯を食べてるか、ちゃんと見ておこう)

「そうデスね。精霊に直談判する情報は多ければ多いほどいいデスからネ」


 頭の中で会話しているうちに、食堂と銘打たれた扉の前へとたどり着く。

 廊下の壁面にあった調理担当者の札掛は空席だらけで、ぽつんと埃をかぶったヴェールの名札だけが掛かっていた。

 観音開きの鉄扉が開かれると、眩しいほど白いクロスのかかった長テーブルが現れる。

 リメアを出迎える前から準備していたのか、テーブルの両端にはすでにナプキンが用意されていた。


「さあさあ、座って座って。腕によりをかけた料理をごちそうしようではないか。食材は庶民的なものだが、吾輩のアレンジが光る逸品だぞ」

 

 喋りながらヴェールは壁面に埋め込まれた銀色の制御盤をいじり始める。

 ヴン、と低い音が鳴り響き、食堂の黒い壁かと思われていた部分がシースルーのガラスへと変わる。


(電気調光ガラスのようデスね。これまた珍しい)


 リッキーの説明を頭で聞きながら、リメアの目はオープンキッチン内で忙しなく調理を始めたロボットたちへ釘付けとなる。

 いつの間にか隣に来ていたヴェールに肩を叩かれ、リメアはしぶしぶ椅子に腰掛けた。

 改めて内装を見回してみるも、監獄の食堂というより上流階級向けのレストランだと言われたほうがしっくり来る。

 綺麗に整頓されたカトラリー、等間隔に並んだ肘掛け付きの椅子、シャンデリア下でくるくる回る芸術的なホログラムオブジェ。

 本日開業したばかりと言われても信じてしまうほど、調度品に痛みや汚れは一切見受けられず新品さながらだった。


(確かわたしが四十年間で初めての囚人なんだよね……なんか、納得……)

 

 リメアが感心しながら頷いていると、チャイムの音が室内に鳴り響いた。

 ガラス壁の一部が開け放たれ、ロボットたちが一斉にお辞儀をしている。

 払い出された食器をヴェールが受け取り、リメアの前まで運んできた。


「さ、食べてくれて構わんぞ」


 ヴェールはもったいぶるような仕草を付け加えて、食器に被せられた銀色の蓋を取り外す。

 蒸気の中から現れた料理に、リメアは目を丸くした。


(……な、なにこれ!)

 

 形状を一言で表すならば、直方体の大きめな携帯食。

 表面はエナメルのようにつるつるテカテカしており、柔らかそうだった。

 携帯食のような溝はなく、正方形の押し型が二列に並ぶ凝った意匠。

 皿の淵には赤いソースが円を描いていて、金箔が散らされている。

 無機質なのか豪華なのか、よくわからない料理だった。


「そんなに生ブリックが珍しいかね? 心配せずとも毒は入っていない。ほら、こうやって食べるんだ」


 ヴェールはフォークとナイフで皿の上の直方体を薄く切り分け、口へと運んで見せる。

 リメアも湯気の立つプルプル携帯食にフォークを突き刺し、思い切って頬張ってみた。

 弾けるような甘みと旨味が、脳髄まで走り抜ける。刺激が強すぎて、一瞬視界に星がちらついた。

 

「ソースをつけてみるがいい、世界が変わるぞ」


 言われるがまま、ソースを絡めて食べてみる。

 今度は程よい塩辛さと、ぴりりとした辛味。

 先ほど感じたはずの甘みは一切感じられない。

 ソースを絡めただけでこんなに味が変わるなんて、とリメアは目をパチクリさせた。


「ははは、気づいたか。この生ブリックに練り込んだ調味料は、口の中の水分と空気量によって味が変わるのだ。すごいだろう。もちろんその芸術的な配合調整はこの我輩によるものだがね」


 得意げに話すヴェールを横目に、期待を込めてもうひと口。

 しかし今度は舌のしびれが強くなり、苦みとエグみがあとを引いた。


「うぇぇ……」


 ぶるりと身震いするとヴェールが慌てる。


「おいおい、一気に食べ過ぎだ。がっつくほど気に入ってくれたのは喜ばしいがね。手元の中和剤が入った水で口をゆすぐのだ。そうすればほら、また美味しいッ!」


 リメアは料理に添えてあった水を飲もうと、グラスを口に近づける。

 するとツンとする薬品のニオイが鼻についた。急速に失われていく食欲。


「ご、ごちそうさま……」

「おや、もういいのか? そんなに空腹ではなかったか。ふむ。なにせ、吾輩が就任してから初めての囚人だからな。気遣いが行き届いておらず、申し訳ない」


 ヴェールはシュンと小さくなった。

 先程までの自信はどこへやら、態度が大きくなったり小さくなったりする彼を見て、リメアの警戒も解けてくる。

 

(……この人、ちょっと変だけど、そこまで悪い人じゃないみたい)

「そのようデスね。デスがリメア様。この監獄の食事にはお気をつけくだサイ。分析したところ、刺激物、添加物が四十五%以上を占めておりマス」

(うぇ……アリシアがくれた携帯食のほうが、よかったな……)

「ええ、まだアチラのほうが栄養バランス的に優れていまシタ。味はほぼ無味でしたガ――」


 表面上は黙ったままリッキーと会話していると、ヴェールはまるで恥ずかしいものを隠すかのようにリメアの皿を引いて、部屋の隅にあるダストシュートへ投げ込んだ。


「さて、それでは監獄の案内に移ろう。そうしよう」


 ヴェールは何事もなかったかのように先程までの口調を取り戻し、ステッキを鳴らしながら大げさな仕草で歩き出した。

 リメアも口を拭いたナプキンをテーブルに戻し、席を立つ。

 食堂の入口で立ち止まるヴェールにリメアが駆け寄ると、さも重要なことを思い出したと言わんばかりにわざとらしく手を叩いた。

 そのまま顔を寄せてきて、満面の笑みを浮かべたままヒソヒソ声でリメアに耳打ちしてくる。

 

「そうだ001、実はとっておきの名所があるのだよ、この監獄には……!」

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