第14話(2)投獄【主律星フェニス】
髭の男はこちらを見下ろしながら、低い声で厳しく言い渡す。
「貴様が本日収監される、囚人番号001か。ついてこい」
白い手袋に握られた、金細工の施された杖がカツンと床で鳴る。
びくっとしたリメアは振り返り、助けを求めて警官の顔を仰ぎ見た。
警官は肩をすくめながら、帽子のつばをつまんで軽く浮かせる。
「ほら行くんだ。では、後はよろしくおねがいします。ヴェール監獄長」
気は進まなかったが、ヴェールと呼ばれた髭面の男に従う道しか残されていないようだった。
リメアがエレベーターから離れると、扉と格子が閉じていく。
「……また、寂しくなるな」
扉の向こうから小さなため息と独り言が、最後に聞こえた気がした。
エレベーターの光が失われた今、周囲は一気に暗さを増す。
「こっちだ。全員整列してついてこい」
髭面の違和感のある物言いに、リメアは首を傾げる。
「え……? 全員って、わたししかいないよ?」
「一人でも全員だ。この看守長、ヴェールの後ろに、整列してついてくるのだ」
「看守長? あれ? さっきは監獄長って……?」
疑問符を浮かべながら立て続けに質問するとギロリ、とヴェールの目が光った。
「そうだ。吾輩は監獄長兼、看守長兼、監獄清掃員兼、監獄料理長だ。今は看守の仕事をしている。つまり、看守長だ」
「……あなたもたくさん仕事があるのね。ここも人が足りていないの?」
さらに疑問を投げかけるも、男は正面へと向き直り歩き始める。
「人手不足ではない。効率化だ。私語は慎め」
「……はーい」
少しでもこの場を離れたかったので、リメアは大人しくヴェールについていくことにする。
曲がりくねった通路を進んでいくと、ロッカールームの前で看守長は足を止めた。
「ここで着替えろ。監獄内ではこれを着てもらう」
無機質な金属の棚から取り出されたのは、綺麗に折り目のついた縞模様の囚人服。
リメアは思わず目を疑い、立場も忘れて抗議する。
「えーー! やだ! その服かわいくない!」
「えーもあーもない。規則に従え」
「ぶぅ」
リメアは頬を膨らませ抵抗するも、看守はロッカールームの入口で背筋を伸ばしたまま背を向ける。
さっさと着替えろ、という無言の圧力が漂っている。
「うー、このワンピースお気に入りなのに……」
リメアはぶつくさ文句を垂れながら、ロッカーの中へ着ていたワンピースとポシェットをしまった。
最後に髪留めを置くとヴェールの目を盗みロッカーへと顔を寄せる。
「また、ちゃんと取りに戻るからね」
誰にも聞こえない小さな声でポシェットと髪留めに別れを告げ、ぱたんとロッカーの扉を閉めた。
嫌々ながら上下の囚人服に袖を通した瞬間、「お?」とリメアはひとり声を漏らす。
コットン生地の服は肌触りが良く、縫い付けもしっかりしていて、案外作りが良い。
ごわつかず、伸縮性にも優れている。
デザインを除けば、まるでルームウェアのようだった。
「……これでいい?」
ロッカールームから出たリメアが声を掛けると、看守長は上下縞模様になった少女を見て軽く頷く。
相変わらずの仏頂面からは、感情が読み取りづらい。
「よし、それでは001、これから貴様の独房へと案内する。吾輩の後ろに――」
「整列でしょ、もう並んでるよ!」
「……私語は慎めと言ったはずだ」
先回りした発言を窘められたものの特にお咎めはなく、再び迷路のような道を二人の足音が行進する。
暇を持て余したリメアは、独房の番号を数えていく遊びに興じた。
千、万の桁も数字が振られた部屋たちからは、物音ひとつ聞こえてこない。
警察署と同じく、監獄も無人のようだった。
こんなにたくさんの独房意味あるのかな、とリメアは思う。
しばらく歩き続けた先で、ヴェールは立ち止まると九十度横へ回れ右をする。
リメアも真似をしてみれば、そこにあったのは表札に00001と刻まれた、鉄製の重厚な扉だった。
看守長が腕をかざすと、電子音が鳴り響き、扉の内部でガチャガチャと歯車が動くような音。
やがてガチャリ、と音を立てて鍵が開いた。
「中に入れ」
「はーい……って、えぇっ!?」
つい、声を上げてしまった。
てっきり、スパイ映画の主人公が放り込まれるような独房を想像していた。
鉄格子があって、ネズミが走り回っていて、トイレはバケツで、弾力性のない汚れたベッドが壁際に備えられていて。
そんなコテコテの独房に身構えていたリメアの目の前に広がっていたのは、言葉通り異様な光景だった。
アリシアと暮らした部屋の三倍程もある広い居住空間。
薄いピンクを基調とした壁紙はかわいらしく、白いアンティーク調の窓枠の中には映像モニターが。
ニコニコ笑う木彫りの木馬に、色とりどりの絵本が並ぶ小さな棚。
天井には空と雲が描かれ、床にはデフォルメされた鳥が描かれた絨毯。
壁際には天蓋付きの柔らかそうなベッドが備え付けられており、愛くるしいぬいぐるみたちが並んで待っている。
そんなファンシーな部屋を、小ぶりなシャンデリアが明るく照らしていた。
「そこで大人しく反省してろ」
ガシャン、と部屋に似つかわしくない重厚な音を立てて扉が閉まる。
振り返れば、“ようこそ大監獄へ”と書かれた小さなホワイトボードが、ドアノブの下で揺れていた。
「なに、これ……」
しばらく絶句して立ち尽くす。
呆然としたまま、夢見心地で天蓋をかき分け、ベッドに腰掛けてみる。
リメアの体重でもふわふわのシーツにお尻が沈み込んだ。
「や、柔らかい……」
そのまま背中から倒れるように寝転んだ。
天蓋からぶら下がる蛍光の星たちを眺めていると、ドッと疲れが押し寄せてきた。
(あれ……わたしって、最後に寝たのはいつだっけ……)
そんな事を考えていると、いつの間にかリメアは眠りに落ちてしまっていた。
*
カツカツと鳴り響く靴音でハッとリメアは目を覚ます。
(いけない、わたしどれくらい眠っていたんだろ)
体をおこし、目を擦る。
周囲を見渡すと相変わらずファンシーな部屋が広がっていた。
「そっか、わたし、捕まって――」
言いかけたところで、鉄の扉が、勢いよく開け放たれる。
「っ!?」
心臓が喉から飛び出すほどびっくりした。
思わずベッドからぴょんと飛び降りて姿勢を正す。
「おはよう! 001番。さぁ、準備はいいかな? 大監獄名物、朝のお散歩の時間だ!」
明るく威勢のよい声が監獄に響き渡った。
扉の向こうに立っていたのは――。
威厳をかなぐり捨てたとしか思えない、満面の笑みを浮かべた大監獄長、ヴェールだった。
「え゛」
あまりの落差に、言葉を失う。
昨日と態度が違いすぎる。
同一人物であるかさえ疑わしい。
髭さえなければ、別人だと言われれば信じてしまうほどだった。
「どうしたのかな? 001番。部屋が気に入らなかったか? 連絡を受けて急いでAIに、女の子が好きそうな部屋を聞き出して準備してみたのだが……」
くねくねと身を捩り、自信なさげに顎髭を人差し指と親指でイジイジ触っている。
リメアはその様子を見ているだけで、なぜか身震いが出た。
「こ、この監獄に来て、今が一番怖いかも……」
「それは大変だ。暗かったな、ジメジメしてたな、陰気臭かったな。監獄とはそういうイメージがつきものだ。だが安心するとよい! 大監獄管理システム、オーダー。空調オン、照明全灯!」
リメアの発言の意図を理解することなく、ヴェールは意気揚々と声を張り上げる。
カーン、と杖で床を叩けば、薄暗かった廊下が眩しいほどまで、一気に明るくなった。
廊下の方から心地よい風がそよそよと部屋に入ってきて、おまけにフローラルの香りまで漂い始める。
「ささ、これでもう怖くない! このヴェールおじさんと自慢の大監獄を、お散歩しようではないか! 大丈夫、囚人を収監したあとの勾留期間でなにをするかは、規則に定まっていないのだからなっ!」
るんるん、と陽気に踊る監獄長。
「どうなってるの……」
リメアは、軽く、めまいを覚えたのだった。
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