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第1話(3)すべての始まり【フェニス第3従響星】

(宇宙大戦の遺産、改造人間、精霊の御使い……いくらでも可能性はあるけど)


 孤児院のデータアーカイブで読んだ単語がぐるぐると回る。

 アリシアは青天を見上げ、その向こうへと目を凝らす。もちろん何も見えやしないが、その奥に広がる宇宙が途方もなく広いことは承知している。

 自分の想像もつかない、彼女のような人間がいたとしても不思議じゃないかもね、と無理やり結論付けることにした。


「でもどうしよう、すごい話だわ……。このことは誰か、大人の人に……」


 言いかけたところで、丘の向こうから孤児院の鐘が聞こえてくる。

 アリシアはビクッと反射的に肘を抱いた。

 が、リメアの視線に気が付き慌ててそれを振りほどく。


「な、なんでもないわ。それより、あなたのことだけど」

 

 アリシアは指を口元に運び、欠けた爪の先を静かに噛んだ。

 興奮は冷め、冷徹な思考が頭を持ち上げる。

 

「どしたの?」


 尋ねてきたリメアに小さく首を振り、安心してもらえるようにっこりと笑顔を見せた。


「リメア、これから私は戻らなきゃいけないんだけど、今晩、泊まるところは決まってるの?」

「えぇっと。あ、土の」

「人間の女の子でしょ。モグラじゃないんだし、土の中はいくらあったかくてもダメよ」

「えぁ!? なんであったかいの知ってるの!?」

「いいから、決まってないならこっちに来て。あまり時間がないから」


 アリシアはリメアの背中を押し、丘の下の木陰に転がっている金属の箱の前へとやってきた。

 

「これはね、昔戦争があったとき、人が隠れるために作られたシェルターの残骸なんだって。ここだったら誰にも見つからないし、中はまだ綺麗だから安心して寝泊まりできるわよ」

「アリシア様、お心遣い感謝しマス」

 

 後ろからついてきていたリッキーが丁寧にお辞儀する。


「どういたしまして、リッキーさん。でも私に話すときもリメアみたいに普通に喋ってくれたら嬉しいわ」

「え、ほんとデスカ? よかった、ちょっと堅苦しくて息が詰まりそうだったんデスヨネ。ワタクシ、ホログラムですケド。プププ」

「……そうね」


 アリシアはここにきて初めて、高性能だと信じ切っていたAIの低性能かつ古めかしいユーモア教育が、リメアへ実施されていないことを心から祈った。


「ありがとう、アリシア! ここ平らで固くて、宇宙船に似てるからとっても寝やすそう!」

 

 いつの間にかシェルターの中に入っていたリメアは床で横になりゴロゴロとデスロールを披露している。

 

「そう固い……けど、よかった……のよね? いい忘れてたけど、丘の向こうの孤児院には近づいちゃダメよ、いい? じゃあ、今日はこれで。また明日ね」

「ま、また明日! また明日!」

 

 ガバっと体を起こし、そう繰り返すリメアの輝く瞳がやけに印象的だった。

 帰り道、アリシアが丘の上から振り返ってみると、シェルターの扉からリメアとリッキーが顔を出していた。

 目が合うと、嬉しそうに手をブンブンと振っている。

 ひらひらと振り返した手を胸に当てたまま、アリシアは彼女たちへ背を向けた。

 体が、熱い。

 心臓がこんなにも高鳴っているのは、いつぶりだろうかと夕焼け空に問いかける。


 「すごいことに、なっちゃった……!」


 アリシアは両手で口元を押さえ、目を細めながら丘を駆け下りる。

 足から長く伸びた影のてっぺんで、ショートボブが楽しげに弾んでいた。

 

 その夜。

 アリシアは孤児院の三段ベッドの一番下で、枕をひっくり返し小さな箱を取り出した。

 四桁の暗証番号を入力すれば、箱は静かに口を開ける。

 中に入っていた紙切れを取り出し、アリシアはペンを顎に当てて物思いにふける。

 月明かりに照らされた横顔が、箱の内側の平たい金属面に歪んで写った。

 その表情は、昼間見せていた顔とは別のもの。

 他の子供達を起こさぬよう静かに筆を走らせ、書き終えると紙を箱の中にしまい込む。

 誰にも邪魔されることない、自分が自分でいられる唯一の時間。

 あまりにも短いそのひとときは、箱を閉じる音とともに終わりを告げたのだった。

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