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第1話(2)すべての始まり【フェニス第3従響星】

 孤児院に新しい子供が来る度に機械的に繰り返されてきた、自己紹介の時間が脳裏をよぎる。

 怯えた子、威圧する子、淡々とこなす子。

 いずれもしばらくすれば孤児院の色に染まり、平坦化される。無意味な時間だとアリシアはいつも思っていた。

 だが、今目の前で目を潤ませる少女を見て、なぜか眉がヒク、と動いた。


(なに、まだ続けるつもりなの……?)

 

 少女は過呼吸を起こしかけながらも、胸を押さえつつこちらを見てくる。

 その目は何かを訴えかけるように必死だった。

 少しだけ、ほんの少しだけアリシアは彼女に興味を惹かれた。

 怪力には面食らったが、今この場で明確に自分が優位だとわかり、余裕が出たからかも知れない。

 いいわ、まだあなたの番よと、アリシアは目線で促した。

 少女はそれを受け取ったのか、小さく顎を引き覚悟を決める。

 二度目の挑戦。

 

「はぁっ、はじめまして! わ、わたしはリメア、あなたのおなみゅっ――!!」

「っ!?」

「~~っ!」


 焦燥と極度の緊張により、開口と呼吸のタイミングがコンマ数秒ズレてしまったようだった。

 怒涛の噛みが連続し、少女の顔が絶望に染まる。

 自己紹介の下手さでいえば、孤児院で表彰台に上がれるだろう、とアリシアは同情する。

 少女はプルプルと震えながら、両目いっぱいに涙を浮かべていた。耳まで真っ赤に染め上げながら、フーフーと肩で息をしている。


 ただの挨拶。

 大して意味のない、名前という記号の交換。

 それだけのことなのに、これほど必死になる少女。

 青空も草原も、いつしかどうでも良くなっていた。

 少女の一挙手一投足から、目が離せない。

 ドクドクと心臓の鼓動が聞こえてきて、胸元がじんわり温かくなる。

 

「頑張って……!」


 普段出すことのない言葉が口から飛び出した。

 アリシアはそんな自分自身に驚きつつも、少女にエールを送り続ける。

 黒髪の少女はゴシゴシと涙を拭い、コクリと頷く。

 三回目の挑戦。

 今度こそはと落ち着いて、少女は呼吸をゆっくりと整える。

 そして力強く、目をぎゅっとつぶり、息を大きく吸い込んだ。

 アリシアは胸元で両手を握りしめつつ、固唾を飲んで見守った。


 「はじめまして! わたしはリメア! あなたの、お名前は――っ!?」


 タッ、と靴が音を鳴らす。

 気がつけば、丘を駆け下りていた。

 栗色のショートボブがうなじで風を孕み、傘のように広がった。

 アリシアはあれほど警戒していた事も忘れて、少女を強く強く抱きしめていた。


「私はアリシア。第八地区孤児院の、アリシアよ! はじめまして、リメア!!」

「うぅ、ぐすっ、うわぁぁぁん!」

「よしよし、頑張ったね、頑張ったねぇ!」


 かくして二人の間に存在した見えない壁は、脆くもあっさり崩れ去った。

 なぜここまでこの少女が自分の心を掴んだのか、アリシアには分からない。

 それでも、自分より少し体温の高い肌と髪から香るお日様の匂いは、たまらなく心地よかった。


「……ありがとうございマス、アリシア様」

 

 聞き慣れない機械音声に顔を上げると、奇妙な銀色の球体がアリシアの眼の前に浮遊していた。


「わっ、な、何よこれ!」


 手で振り払おうとしたところ、指先は球体にふれることなくすり抜ける。


「申し遅れましたが、ワタクシ、リメアお嬢様の複合機能AIホログラム、名前をリッキーと申しマス。以後お見知りおきヲ」

「あ……、どうも、ご丁寧に。さっきは失礼しました……」


 うやうやしい挨拶に、アリシアは目を丸くしながら会釈した。


「リッキー、なんか固苦しいー」

「……ちなみにそこの噛み噛み少女の自己紹介は、二十七万八千五百十六回の練習を経た集大成デス」

「あー! なんでそれを話すの! バカリッキー!!」


 リメアたちのやり取りを見て、思わず口元から笑みがこぼれる。


「ふふ、仲がいいのねぇ」


 アリシアがクスクス笑いながら抱きしめていた腕を解くと、リメアはすかさずあかんベーの仕草を球体に向けて繰り出した。

 リッキーと呼ばれたホログラムは、やれやれとため息をこぼす。


「アリシア様、ご無礼をお許しくだサイ。四百年に迫る長き教育の成果が……トホホ。いやはやお恥ずかしい」

「そんな、滅相も……って、四百年?」

「はい、正確にはワタクシがリメア様のご教育を正式に始めたのは三百八十二年前のことですが」

「いえちょっと、待って。私の聞き間違いじゃないのよね? 本気で言ってるの? あなた達」


 球体とリメアは、嘘を付く様子もなく頷く。

 開いた口が塞がらない。


「えっと、あなたたち、そもそもどこから来たの? ここは孤児院の裏庭よ?」


 リメアは長いまつ毛を瞬かせながら、キョロキョロと空を見上げて一点を指差す。


「うーん、あのあたりかな。ずっとずーっと遠い星から」


 はぁ、と首を傾げるアリシアに、リッキーが説明を補足した。


「リメア様は住んでいた星よりお一人で旅立たれ、四百年という長い時間を宇宙船の中で過ごされてきたのデス」

「宇宙船……? 遠い星から? スケールが、大きすぎるわ……」

「実はこちらの星の衛星に宇宙船が衝突し航行不能になったため、リメア様単身でこちらの星に降り立たれまシタ。それがつい昨日のことデス、ハイ」


 到底信じられる話ではない。

 勉強で覚えた知識が正しければ、アリシアが住むフェニス系星団は、人類踏破領域の中でも末端に位置するはずだった。

 数百年前に勃発した精霊解放大戦以降、星系外からの訪問は記録されていない。彼女たちの話が本当ならば、天地がひっくり返るほどの特大ニュースだ。


「その、リメア。あなたって、……何者なの?」

「えっとね、わたしはね! 人間のお母さんと、精――」

「……リメア様」

「あっ、えっとその。そう! 超超すごい、特別製なの! 世界に、ただ一つ!!」


 途中まででかかっていた言葉は、銀色の球体によって阻止された。

 誤魔化そうとしているのか、リメアはわたわたと両腕を振り回す。

 どうやら秘密があるらしい、とアリシアは勘ぐりながらも、リメアが普通の人間ではない、という事実だけを静かに飲み込んだ。

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