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第1話(1)すべての始まり【フェニス第3従響星】

「……痛い」


 青空の下、手を開けば抜けてしまった髪の毛を風がどこかへ運んでくれる。

 孤児院で暮らす少女アリシアは、ヒリヒリ痛む頭をさすりながら施設の裏に広がる草原を歩いていた。

 草原とは言っても要はただの空き地で、開墾されていない放置区域に違いない。

 わずかに盛り上がった丘の向こうは、施設の誰も寄り付かない、彼女だけの孤独なオアシス。

 アリシアは午前の職業訓練を終えると、人目を避け、ここで静かに過ごすのが日課だった。


「え……何……これ……」


 だがこの日。

 目前に広がった光景を見て、アリシアは絶句する。

 美しい新緑の台地は跡形もなく、重機で掘り返したのか、無数の穴が開いていた。

 砂にまみれた岩が幾つも転がっていて、景観は台無し。

 丘の上にあるお気に入りの腰掛け石はそのままだったので、ここが昨日までと同じ場所であることは疑いようがない。


「最悪。本当に、最悪」


 悪態をついたものの、アリシアの心は冷めきっていた。

 彼女の人生において何かを奪われることは日常。執着するものは殆どなかった。

 

「はぁ、別の場所、探さな……ん?」

 

 ため息とともにその場を去ろうとして、目の端が緑と土以外の色を捉える。

 大地を大きく抉った穴の中、腰から下が地面に埋もれた状態の、明らかに異彩を放つ黒髪の少女を。

 それはさながら、古代の極刑。

 

(げ、原始的な拷問にあってる女の子がいる……!)


 置かれた状況とはちぐはぐに、佇む少女は陽光を浴びリラックスしている様子。

 地面にその先端がつくほどの長い黒髪を風に揺らし、呑気に背伸びをかましている。


「ふぁぁ。ふへ~、土の中ってあったかぁ~い、むにゃ」

(こんなところで、土風呂……!?)


 理解が追いつかない。

 アリシアはめまいを覚える。


「あれ。なんか引っかかってる……。うん、しょ」

 

 お気楽な掛け声と共に少女が片足を上げる。

 小さな足とその動きからは想像もつかぬ低い音が轟き、メリメリと大地がめくれ上がった。

 アリシアの目は、文字通り点になる。

 持ち上げた少女の片足は、身の丈を優に超える岩石に突き刺さっていた。

 それをスリッパのように、軽々と持ち上げている。


(ど、どんな怪力……? 私、夢でも見てるのかしら……)

 

 アリシアはゴシゴシと目を擦った。

 少女はむにゃむにゃと欠伸をしながら雑に足を振る。

 すると巨石はポーンと宙を舞う。重量感はまるで感じられず、くるくると回りながら……。


(こ、こっちに来る!)


 そう思ったときにはもう、岩は目の前まで迫っていた。

 質量はアリシアを押しつぶすには十分過ぎる。

 身を縮めて屈むも岩はアリシアの頭上を超え、五メートルほどズレた場所に着弾した。

 岩はズン、と詰まった音とともに普段腰掛けていたお気に入りの石を粉砕し、そのままそそり立つ墓標となる。


(やっぱり、夢……よね……?)

 

 信じられない気持ちとともに体を起こし、恐る恐る岩に近づく。

 湿った黒土に、ミミズがくねくね動いている。青草の匂いを上書きするように、土の香りがあたりを包んだ。

 五感は現実を訴えているが、現実離れしすぎている。


 開いた口が塞がらぬまま、もう一度アリシアは周囲を見渡す。

 たくさんの穴と、岩の林。そして這い出てきた、黒髪の少女。

 アリシアは、彼女がこの景色を作り出した犯人だと、この時やっと確信した。

 ふぁ、と黒髪少女は再び、大きな欠伸。


「ね、寝ぼけながらストーンヘンジ作ってるぅ!!」


 アリシアの心の声は、気がつけば叫びになっていた。

 岩の林にアリシアの悲鳴がこだまする。


「えっ」

「あっ」


 黒髪少女はこちらに気が付き、二人の目線が初めて交差した。

 びっくりしたように目を見開いた黒髪の少女は、ぱあっと顔を明るくし、翡翠の瞳は好奇心からかキラキラと輝き始める。

 アリシアはゴクリと喉を鳴らし、片手を胸に片手を岩に、じっと少女を見つめ返す。


(ど、どうすれば……)

 

 すぐさま逃げ出せるよう心の準備をしながら、アリシアは握る手に力を込める。

 緊張が走る中、先に短く空気を吸い込むはミステリアスな黒髪少女。

 アリシアは何が出てくるやらと、訝しがりながら様子を見守る。

 桃色の小さな唇が大きく開かれそして――。



「は、はじめまして! わたしはりゅっっ!」


 

 よくわからない言葉が、飛び出してきた。

 沈黙が、あたりを包み込む。

 風が吹き、まばらに残った草の葉がそよそよと音を立てる。

 アリシアの頬に一筋の冷や汗が流れた。


(え……? 何今の……?)


 彼女は何を言おうとしたのだろう、と眉間にシワを寄せる。

 爪を噛みながら様々な可能性を逡巡した後、アリシアは1つの仮説を立てる。

 この少女はもしかしてこの不自然な状況で、まさか挨拶と自己紹介をしようとしているのでは、と。

 だとすれば、眉をハの字に曲げて口を抑えた少女にも合点がいく。

 初っぱな台詞を噛み抜いてしまったのだ。


(挨拶すらまともにできないなんて)


 アリシアは途端に白けて目を細めた。

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