第13話(3)逮捕【主律星フェニス】
警官は少し悲しそうな目をした後、笑って答えた。
「ああ、少し前まではもうひとり、分担してくれる人がいたんだがね。定年退職してしまったんだ。おかげで今この警察業務は私ひとりとAI、ロボットが全職員だ」
「だから自分と喋ってたんだね!」
「そうだ。ややこしく感じるかもしれないが、規則だからな」
規則、と繰り返されるたび、胸の奥がざわつく。
呼び覚まされるは、あの時、リメアからエーテルを奪い取った精霊の一言だった。
(確か、『基幹規則の三十八……大規模なエーテルの無許可使用に該当』だっけ、あの目玉ギョロギョロ精霊も規則にすっごく厳しかった……)
リメアは湧き上がる怒りを堪えつつ、警官に浮かんだ疑問を片っ端からぶつけてみる。
「ねぇ、規則って何であるの? 誰が決めてるの? 精霊が決めてるの? なんでこんなに理不尽なの?」
警官は立て続けの質問に目を白黒させた。
「まてまて、本部まで十分時間はある。一つずつ教えてあげるから、焦る必要はない」
「今すぐ教えて!」
「まあ、これも警官の職務の一環だ。いいだろう」
警官は再び座席をぐるりと回転させ、リクライニングを倒しリラックスした姿勢になる。
足を組み直しながら、再びホログラムを起動させた。
「お嬢ちゃんはICチップを積んでいないからわからないかもしれないが、規則が新たに追加されると、項目が視覚上に表示される。こんなふうにな」
さっと男が腕をふると、新規規則一覧が表示された。
環境保護規則、基本規則、労働基準規則など、分野別の規則が並んでいる。
「規則はこの星団の秩序を守るために必要なものだ。警察の立場からすると暇で仕方がないが、この星の犯罪率がほぼゼロなのもこの規則あってこそだ。そして誰が決めているか、だったね。それはもちろんこの星の精霊、フェニスが決めている。フェニスは不可侵の司法機関であり、秩序の象徴であり、この星団への資源供給及び管理を行っている」
「…………そうなんだ。精霊が……全部決めてるんだ……」
どうやら、諸悪の根源はやはり精霊のようだった。
それが聞けただけでも、大きな収穫。
これで堂々とひっぱたける。
そうリメアは確信する。
警官は最後に、やや話しづらそうに続けた。
「ええと、最後になんでこんなに理不尽なの、だったね。これに関しては……うーん、はぁ、我々も不便だとは思ってるよ」
「不便……? たったそれだけなの……?」
胸の奥で燻っていた炎が、脊髄を駆け上り、頭の中で爆発する。
リッキーが静止する声を遮り、リメアは感情を剥き出しにして吠えた。
「不便って、それだけの言葉で済ませちゃうなんて、おかしいよ! 孤児の子たちが今どんな暮らしをしてるか、知らないの!?」
突然感情をあらわにしたリメアに驚き、警官はたじろぐ。
「お、落ち着きなさい。何の話をしているかわからない。孤児なんて言葉、よく知ってるね、お嬢ちゃん」
「よく知ってるって、見てきたもん! アリシアがそうだった!」
「分かった、分かった。アリシアちゃんだね。そうか、アリシアちゃんはお嬢ちゃんの友達なんだね」
「……っ! …………うん」
友達、という言葉はリメアにとって不意打ちだった。
思わず涙が目に浮かんだ。
警官は申し訳無さそうに帽子を目深く被りつつ、こちらの機嫌を伺ってくる。
「私の言い方が悪かったようだ。謝るよ。状況はよくわからないが、アリシアちゃんは孤児院に連れて行かれたのかい? 確かにこの星にも孤児院はあるが、非常に満足度の高い生活を保証しているから、安心してほしい」
やや誤解している部分もあったものの、リメアが噛みついたのは主に発言の後半だった。
「そ、そんなわけないっ! あんなのが……満足度の高い生活なわけないっ!」
「なにか、勘違いしているのかな……? ほら、深呼吸して。これは見せてあげたほうが早いかな。実は私、孤児院の所長も兼任していてね」
ニッコリと微笑みながら警官はホログラムを操作する。
映像が切り替わり、子どもたちの笑顔が映し出される。
明るい部屋、自由におもちゃで遊ぶ子どもたち。
女性の職員は女の子の頭を撫で、その女の子も嬉しそうに応じる。
そこにあった光景は、リメアが知っている殺伐とした孤児院とは、かけ離れたものだった。
ふかふかのパンを食べ、ゲームに熱中し、スポーツを楽しみ、清潔なベッドで眠る。
卒院後のフォロー体勢についての説明や、計算や規則の授業風景も動画で流された。
「これが……この星の孤児院、なの……?」
「そうだ。事故ややむを得ない理由で両親と離れ離れになった子供は、ここを生活の基盤にする。今私は警察の仕事をしているが、週に一度だけ、孤児院の所長として彼ら彼女らと触れ合う時間が実は一番好きなんだ」
愛おしそうに映像をスワイプする警官の言葉に、嘘は感じられなかった。
「じゃあ……っ!」
リメアの脳裏に、頬をぶたれたアリシアの顔が浮かぶ。
行き場のない憤りが、食いしばる歯の間から漏れて出る。
「この星の子たちが幸せだったら、従響星の子たちは、どうなってもいいの……!?」
その発言を聞いた途端、警官の目つきが鋭くなる。
「……君、従響星から来たのかい……?」
リメアは力強く頷いた。
男はじっとこちらを見つめてくる。
車は速度を落とさず、誰もいない道路を走り続けた。
窓の外の景色は岩山から、銀色の高層ビルが立ち並ぶ都市部へ差し掛かろうとしていた。
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