第12話(1)星の架け橋【フェニス第3従響星】
|天体と天体を繋ぐ巨大な架け橋の根本にたどり着いたリメアは、その大きさに圧倒されていた。
底が見えないほど深く掘られた巨大な穴から、天に向かってどこまでも塔が伸びている。
塔を構成する二重螺旋の糸は枝分かれし、穴の壁面に設けられた工場へ繋がっていた。
目を凝らせば、糸の中をデータ化されたエネルギーが光速で駆け上っていくのが見える。
人が行き来していたであろう星間エレベーターは、宙ぶらりんのまま朽ち果て残骸と化していた。
(わたしの物質生成じゃこんなの作れない。それでも、負けないから……!)
空を睨みつけていると、ピピッと聞き覚えのある電子音が鳴り、胸元からすうっと銀色の球体が現れる。
「リメア様、再起動、お待たせしまシタ!」
「……間に合ってよかった。一人で主律星に向かうの、本当はちょっと心細かったんだ」
リッキーは瞬きを繰り返したかと思うと、シュンと項垂れ、心配そうに上目遣いでこちらを気にしてくる。
「………………過去会話のログ、確認いたしまシタ。……リメア様、その……」
「大丈夫。大丈夫だから!」
いつもよりも少し大げさに胸を張る。
ね、と頭を軽く傾げるも、リッキーの表情は晴れない。
気を取り直して、リメアは手のひらに髪留めを生成する。
「それハ、アリシア様から以前頂いタ……」
「うん、本物は持っていけないから、アリシアの……お墓に置いてきたんだ」
パチンと髪を斜めに留めると、視界がちょっぴり広くなった。
「ねぇ、リッキー」
「ハイ、リメア様」
「精霊から、妨害を受けたときのこと、覚えてる?」
「ええ、ハッキリと」
「アリシアの魂、エーテルに仮固定したまま、精霊に取られちゃったよね?」
「……おそらくハ」
「だからわたし、アリシアの魂を、精霊から取り戻そうと思うの!」
「…………実現できる可能性は、ゼロではないと、思いマス……ガ……」
「コズミックストリング、跳躍フルで使って駆け上がったら――フェニスは追いつけると思う?」
「リメア様……本気で言ってマスか……?」
「大真面目だよ! 冗談でこんなこと、言わないよっ」
声を弾ませ白い歯を見せるリメア。
「…………検証、してみマスね」
「お願い、リッキー!」
沈黙が、流れる。
まるで、二人の間だけ時間が止まっているようだった。
空気が異様に重たい。
「…………なんだか長くない?」
しびれを切らしたリメアが、口を尖らせた。
リッキーは赤や青に目のランプを明滅させながら、申し訳無さそうに進言してくる。
「……リメア様、ワタクシの計算能力は、エエっと……。リメア様の脳に、依存していマスので……」
一拍置いて、リメアはぷくっと頬をふくらませる。
「リッキーひどい! わたしが、おバカだって言いたいの? 確かにわたしは難しいこと考えるの苦手だけどさ――」
冗談めかしておどけてみてもリッキーはいつものように乗って来ず、代わりに重い口を開いた。
「リメア様の脳内では、膨大な感情を処理しきれておらズ、計算領域の九十六%をも……圧迫していマス……」
「……っ!」
途端、リメアは顔を顰めた。
というより、薄く貼り付けていた仮面が剥がれ落ちたような感覚だった。
なにか言いかけた口を閉じ、一呼吸置いてから、抑揚のない声で指示を繰り返す。
「…………計算、続けてよ」
「……ハイ、かしこまりまシタ……」
焦ったところで、状況は何一つ変わらない。
それくらい、リメア自身も理解していた。
だが、冷静になろうとしても、明るく振る舞おうとしても。
心だけが時間を止められたように、冷えて弾力性を失ったままだった。
黒い怒りの感情だけが、今も自分を無理やり前へと進ませている。
「……大変お待たせしまシタ。フェニス第三従響星より主律星フェニスまで、おおよそ十億キロ。仮に一週間で到着する場合、時速六百万キロほどの速度が必要デス」
「一週間は長い、長いすぎるよ。せめて半分の時間で行きたい!」
「無茶デス、リメア様……約三日ですと、時速千四百万キロほどの速度が必要デス。その場合のエーテル消費量は膨大、体にも相当な負担がかかりマス」
「心配ありがと。でも、大丈夫だから」
リメアは青空を見据えたまま、身を低く構える。
全身の細胞という細胞が、淡い発光を始める。
「体組織、エーテル変換開始……!」
「えぇっ、今からデスか!? もっと、落ち着かれて、準備してカラ出発されては――」
「いいのっ! 動いてないと、頭が、おかしくなりそうなのっ!!」
ぎゅっと目を固くつぶり、リッキーの制止を跳ねのけた。
リメアは肩にかかったポシェットの紐を握りしめる。
「……リメア様、出発前におひとつよろしいでショウか?」
「なに!? こんなときに!」
「そノ……アリシア様のお体は……」
「埋めたよ」
リメアはリッキーを無視するように視界の外へと追いやり、再び空へ顔を向ける。
「きれいな丘に、埋めてあげたの。きっとアリシアも、あの場所が好きだから」
「………………そう、デスか。……全部、分かりまシタ。リメア様の、お望みのままニ。ワタクシは、なにがあったとしても、最後までお供いたしマス」
リッキーはため息混じりにそう答えると、もう何も口出しをしてこなくなった。
リメアは体を屈め、足裏に力を込める。
体内のエーテルが臨界に達し、浮かぶ銀髪の毛先で七色の粒子が弾け始めた。
「行くよっ!!」
掛け声と共に体の中で唸る力の奔流。
足下で大地が爆ぜ、キン、と音速を超えた衝撃が大気を揺さぶった。
塔に沿う形で、リメアは弾丸の如く垂直に飛び上がる。
瞬く間に迫り来る雲の群れ。
表皮が一気に熱を持ち始めたので、エーテル基に変換した体を空気抵抗のない5次元空間に滑り込ませた。
それでもかかり続ける強烈な重力は、体を正面から圧し潰してくる。
組織間結合が歪み、頭蓋、背骨、肋骨や臓腑がそろい悲鳴を上げる。
「――っ!」
反射的に加速が弱まる。
最大出力の長時間跳躍は修練不足だった。
水面から飛び出すように次元の壁をくぐり抜け、元の空間へと戻って来る。
(ふぅ……思ったより、キツ……うぷっ!?)
飛び出した瞬間に大気の薄さに驚いたリメア。
慌てて半透明なエーテルの膜で、体を包み込む。
膜内部の大気を調整し、呼吸を確保。
口と鼻を抑えていた手を離し、ホッと息をつきながら周囲を見渡す。
地平線が青白く光を放ち、雲がはるか下にあった。
高層ビルを繋げたような人工太陽のレールが、その上に一本の影を落としている。
リメアはすでに、大気のほとんどない成層圏の境目まで辿り着いていた。
「言いたいことは山程ありマスが……跳躍の長距離記録更新デス」
不服そうなリッキーの声が、頭の中で響いた。大気が薄いため、発話はこの先厳しくなる。
地上に目を凝らしても、アリシアと過ごした孤児院も、都市のビル群も、もう肉眼では見ることができない。
(感情に浸っている場合じゃない――)
リメアは自分自身に言い聞かせると、惑星に背を向け、真っ暗な星の海へと体を向けた。
地上から続くエーテルの大紐は、遥か彼方まで伸びている。
先端は見えず、主律星らしき天体すらまだ見えない。
(まだ、まだっ……)
捩れた塔の段差を蹴飛ばし、リメアは助走をつける。
重力からほとんど解き放たれたからか、歩幅が広い。
高密度に編まれた糸からの僅かな引力以外、彼女を引き止められるものは存在しない。
(もっと、もっと速くッ!)
手足から不安定なエーテルを激しく放出し、再び力任せに跳躍した。
リッキーが悲鳴を上げる。
「リメア様、エーテルのロスが無視できないレベルに到達していマス! 燃費が、三十%近く悪化中!」
(わかってるよ!)
筋肉が、骨が、細胞がバラバラになりそうだった。
三次元空間に戻ると同時に、宇宙空間に漂っていた小石が膜を貫通し頬をかすめる。
(痛っ!)
パックリと裂けた傷口から、血の代わりに輝くエーテルが尾を引いて溢れ落ちた。
「速度がエーテル障壁の強度を大幅に超えてマス! 減速ヲ――!」
(減速するぐらいだったら、もっと出力を上げてやる!)
膜をより分厚く、体組織を更に強固に。
比例するように激しくエーテルが消耗していく。
リメアは意識を持っていかれそうになりながらも、なんとかこらえて前を向いた。
すると今度は三十メートル近い大きさの隕石が迫り来る。
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