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第12話(2)星の架け橋【フェニス第3従響星】

(邪魔ッ!!)


 勢いよく拳を振り抜く。

 後方で隕石が砕け散った。

 

「……ハァ……」


 特大のため息が耳元で吐き出されるも、聞こえないふりをする。

 星々の光は無数の線となり、目にも留まらぬ速さで後方へと流れていった。


(体中が痛い……。もうこれくらいで加速は限界……。あとはこのまま、速度を維持しよう――)


 ようやく無謀な加速を終えたリメアは、体を丸め、膝を抱く。

 重力のない昏い大海の中では、慣性は一切殺されない。

 エーテルの射出を止めても、体は恐ろしい速度で主律星への道のりを進んでいる。

 それでも宇宙の広さから見れば、蝸牛の歩みよりもまだ遅い。

 額に張り付いた髪を振り解き、後ろ髪を束ねて毛先を見た。


(もうこんなに短く……)

 

 エーテル放出による加速を繰り返したことで、髪に貯蓄していたエネルギーをかなり消費してしまった。

 髪の長さは地上にいた時の五分の三ほどの長さになってしまっている。

 音が一切感じられない、孤独な空間。

 変わり映えしない星の煌めき。

 延々と伸びるコズミックストリングの道標がなければ、自分のいる場所さえ失いかねない。

 心細さに耐えかねたリメアは、髪をいじりながら頭の中でリッキーに話しかけた。


(そういえばさ、リッキー。精霊はなんでわたしのこと、邪魔なんてしてきたのかな……?)

「わかりまセン。精霊とは本来、この星団の環境整備を行っているハズの存在。あんな干渉は異常デス。何らかのエラーか、意思の疎通に問題が発生しているとしか考えられまセン」

(こんなの、絶対間違ってるよね……うん、間違ってる)


 エネルギーの一方的な搾取。

 治療すら許さぬ狂った法。

 虐げられ、消費される孤児。

 何一つ、納得できることがなかった。

 リメアはもし精霊に会ったら、なにから話してやろうかと、ひたすら考え続ける。

 心をかき乱す記憶を、思い出さなくてもいいように。


  

   *



 そうやって、随分と長い時間が過ぎ去った。

 仮眠と進路調整、時折浮遊する隕石を押し除けてを繰り返していると、ようやく大紐の遥か先に、小さな光が見え始める。


(リッキー、あれ!)

「ええ、間違いありまセン。主律星デス!」


 目を凝らせば、薄緑色に輝く天体と輪郭線で輝く人工太陽がなんとか見える。

 そのまま進み続けて主律星が親指の爪ほどの大きさになった時、リメアは気がついた。

 主律星がエネルギーを吸い上げているのは、第三従響星だけからではない、という事実に。

 合計四本のコズミックストリングが別々の方向から伸びてきていて、中央の主律星へと集約されている。


(まさか……アリシアみたいな子が、他の星にもいるってこと!?)

「可能性としては、非常に高いデス」

(そんな……。ひどい……! ひどすぎる!)


 四方から鎖で縛られているようにも見えるその星を、リメアはただただ睨めつける。

 それしかできないことが、悔しくてたまらない。


「リメア様、そろそろ減速ヲ」

(…………わかった)

 

 昏い感情を無理やり胸の奥に押し込んで、目先の行動に集中する。

 星が視界を覆い尽くすほどの大きさとなり、リメアは身を捩って体勢を整えた。

 主律星の人工太陽レールを横切り、着陸できそうな場所を探そうと目を凝らす。

 ちょうど太陽は星の裏側だったため、地表が暗くてよく見えない。

 リメアは星に向かって両手を伸ばし、複数回に分けてエーテルを放出し速度を落とす。

 勢いよく巻き取られた糸のように、隣で後方へ流れ続けていた|天体と天体を繋ぐ巨大な架けコズミックストリング

 その編み目が判別できるほどまで減速作業を繰り返した。

 だが今度は星の重力が体を捉え、再び速度が上昇していく。


「リメア様! 右に三度修正、放出量五%増やしてくだサイ!」

(やってるよ!)

 

 チリチリと障壁から音がする。

 すでに大気圏へ突入していた。

 雲を突き抜け、着陸予定地があらわになる。

 運がいいことに陸地だった。

 そこは建造物が見られない、山岳地帯。

 都市部じゃなくてよかったと胸を撫で下ろすリメア。

 初めての星間飛行で着陸時の衝撃を殺しきれる自信はない。

 自由落下程度の速度まで調節し、エーテルの保護膜を解除した。


「っ!」


 痛みを感じるほどの風が体全体に叩きつけられる。

 丸まっていた銀髪がうなじの後ろで盛大に踊り狂う。

 顔にかかった前髪をかきあげ着陸に備えた。

 そこでリッキーが怪訝な声を頭の中で響かせる。


「…………変デス、リメア様」

「えぇっ? なにが!?」


 風切り音に負けないよう、大声で聞き返す。


「地表の景色に、一定間隔における連続パターンを検出――ッ! リメア様、気をつけてくだサイ! あれハ――本物の地面じゃありまセン! ホログラムデスッ!」

「うそっ!?」

 

 慌てて衝撃に備えるリメア。

 着陸寸前、足裏からタイミングよく放出されたエーテルを受け止め、大地は激しく窪んだ。

 耳をつんざくような金属の破断音。

 足先から脳天まで、稲妻のように走り抜ける衝撃。

 じぃぃん、と足の裏から遅れて痛みが登ってきた。


「硬っっったぁぁぁ……」

 

 従響星とは異なり、主律星の土の層はわずか数センチ程度しかなかった。

 風圧で吹き飛ばされたのか、周囲一帯はうっすら錆びた鉄の地表が露わになっている。

 赤熱した着陸地点から足を引き抜くと、久しぶりの重力に数歩よろけてしまう。

 ちょうど俯いた視線の先には、“大気成分調整配管”と読める掠れた巨大文字。

 

「なに、これ……」

 

 見上げれば、頭上にオーロラの如くぼやけたホログラム層が浮かんでいた。

 吹いている風もどこか規則性を感じさせる。

 遠方に望む荒涼とした山々も、現実のものではなさそうだった。

 

「リ、リメア様!」

「今度はどうしたの、リッキー!?」


 いつの間にか体から飛び出して警戒にあたってくれていたリッキーが、くるくるとリメアの体の周りを旋回する。

 

「あぁ、リメア様……、お洋服の丈ガ……」

「ワンピースの丈がどうしたの、って――!」


 見れば、膝下まであったはずのスカートから、膝が丸ごと出てしまっている。

 寸足らずでバランスが悪い。

 

(おかしいな。服までエーテルに転換した記憶はないけど……)


 リッキーは嬉しそうに跳ね回る。


「リメア様、身長が伸びたのデスよ! こんなに伸びたのは350年ぶりでショウか……。これほど背が伸びたということは、短期間で精神的にかなり成長なされた証デス!」


 エーテルが擬態した元素で構築されたリメアの体は、精神構造に大きく影響を受けていた。

 精神が成長すれば、体がそれに合わせて形を作る。

 つまり従響星での日々が、宇宙船で過ごした膨大な時間よりも遥かに濃密だったことを暗に示していた。

 

「リッキー、わたし、全然喜べないよ……」

「……お気持ちを察スルことができず、大変失礼しまシタ……」

 

 リメアは唇を噛み締めながら、エーテルを白い糸に変換しスカートを延長する。

 ちょうど東の空が明るくなり始めていた。

 果てしなく広がる荒野に、真っ直ぐ伸びたアスファルト。

 地平線に広がる縦長の建築物たち。

 その隙間から放たれたまばゆい曙光が、双眸に飛び込んでくる。

 リメアは深く息を吸い込んで、決意を言葉へと変えた。


「リッキー、わたし決めたの。精霊のほっぺたを、まずは一発、ひっぱたいてやる! そうしないと、気がすまないから!」


 砂埃を吹き飛ばす強風に腰ほどの長さになった黒髪が翻る。

 純白のワンピースが風の余韻を受けて柔らかくはためいた。

 リッキーの体表に映り込んだリメアの髪留めが、光を反射してキラリと輝く。

 

「ヤレヤレ……デスが、ワタクシはどのみち、一蓮托生デスので」


 スラリと伸びた足で大地を踏みしめ、拳を固く握りしめる。

 従響星に降り立った時は青白かった肌も、この三ヶ月余りの日々で軽く焼け、薄小麦色へと変わっていた。

 吐息が白く濁り、熱が頬を撫でては消えていく。

 輝く地平線を今の気持ちと一緒に瞳へと焼き付けた。

 青空の下で胸を張る少女の姿は、もはや幼い子供ではない。

 かつて宇宙船に閉じ込められていたときに見たどんな映画よりも酷い筋書きだと、リメアは自嘲する。

 友の異変を見過ごし、敵は倒せず、なすすべもなく奪われ失った。

 それでもリメアは最初の一歩を大きく踏み出す。

 他の誰でもない、自分だけのエンドロールを迎えるために――。



(1章前編 旅のはじまり、禍福の残響  完)

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