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第10話(1)絶叫【フェニス第3従響星】

 アリシアの職場は工場地帯の一角、二階建ての倉庫のような場所だった。

 リメアは車両用のゲートを潜り、コンテナの積まれた荷下ろし場へと入っていく。

 ちょうど建物の前のベンチで休憩していたツナギの男の子を見つけた。

 息を切らして駆け寄り、契約書を見せながらアリシアの所在を尋ねる。


「あの! アリシアのこと、知らない!?」

 

 作業員の少年の反応は鈍く、手に持った缶ジュースは傾き、飲み口からダラダラと黄色っぽい液体が水たまりを作っていた。

 リメアは顔の前で手を振り、アリシアの名前を耳元で叫ぼうとしたところで、はたと気がつく。

 仕事の契約書には彼女の名前はなく、顔写真と識別番号のみが記されていた。

 もしやと思い、書かれていた数字を思い出しながら、もう一度声をかけてみる。

 

「すみません、81番の子、知りませんか!?」

 

 少年は酷いくまができた目の下をポリポリと掻きながら、ぼんやりした表情で教えてくれた。

 

「ああ、知ってるよ。81番だよな。静かだったけど、真面目で頑張ってた子だよ。えーっと……、いつだっけな。1か月前? いや昨日か一昨日? あーだめだ。だいぶ来てるな、俺も。多分今週入ったぐらいにダメになって“送られ”てったんじゃなかったっけ」

「どこに!? アリシ――81番はどこに送られたの!?」


 リメアは少年の鼻に自分の鼻がくっつくほど顔を近づけた。

 ぎょっとした少年は僅かに身を引きたじろいだ後、あ、と声を上げるやいなや目を見開いてリメアの腕を掴んでくる。

 目はこちらを睨みつけ、声には怒りがこもっていた。


「……あんた、もしかして、81番の身内か? おいおい、勘弁してくれよ。ゴミ捨て場に送るって言ってもタダじゃないんだ。職場全員で送料を分担してるんだよ。身内がいるならそっちに払ってもらわねえと、俺達の給料から天引きされちまう。いいか、ちょっとここで待ってろ。絶対動くなよ! 上に報告してくるから!」


 血相を変えた少年はリメアに釘を刺すと、トタンで覆われた建物の鉄骨階段を、何度もこちらを振り返りながら登っていった。

 どうしよう、と立ちすくむリメアに、ぽんっと胸元から飛び出してきたリッキーが前に出て視線を誘導する。

 

「リメア様、あちらヲ!」

「……っ!」


 見れば、ちょうどゴミ収集を行う積載車が敷地内から外へと出ようとしているところだった。

 リメアはすぐさま走り出し、ゴミ収集車の荷台へ飛び乗る。

 瞬間、漂う異臭に思わず鼻をつまんだ。

 

「っ!!」


 そこには膨大な数の使用済み点滴と、排泄物や血液で汚れたツナギが山積みにされていた。

 ねっとりした腐敗臭が、荷台全体を包みこんでいる。


「おい、って、あれ!? どこいった!?」


 背後から少年の怒声が聞こえてくる。


(見つかっちゃう……!)

 

 リメアは嫌悪感と目に染みるほどの悪臭をこらえつつ、ゴミの中に身を沈めた。

 

「……ひっ!」


 目の前に、腕があった。

 男性の腕。

 よく見るとかすかに動いている。

 指先は赤紫色に変色しており、手首にはおびただしい数の注射痕があった。

 

「リメア様、あまり見ないほうガ……」

「ううん、大丈夫。アリシアを、アリシアを見つけるまでは、どんなことだって我慢できる、から、大丈夫……!」


 喉の奥からせり上がってくる胃液をこらえつつ、息を殺して身を潜めた。

 ゲートの開く音が聞こえ、車が動き出す。

 どうしようもない不安と、頭に浮かんでくる最悪の光景を何度も否定しながら、リメアは膝を抱えてひたすら耐え続けた。

 そのまま車に揺られ続けて、約二時間が経過した頃。

 風の臭いが明らかに変わった。

 トラックの荷台より一段と強烈な臭気が、麻痺しかけていた鼻を殴り飛ばす。


「うえっ」

 

 込み上げてくる何かを抑えつつ、頭に引っかかったチューブを振りほどいて荷台から顔を出してみた。

 目の前に広がっていたのは、ゴミの集積場だった。

 青々とした芝生がゴミ山たちの足元だけ、褐色に変色している。

 遠くを見渡せば、湖やコテージ、ホテルの廃墟が見えた。

 リゾートの巨大な庭園をそのままゴミの埋立地に転用しているようだった。

 

「……搬入もしやすく、平らで作業もしやスイ。デスが、これは……ナントもったいナイ……」

「リッキー、そんなことよりアリシアを探そう! 広域スキャンをお願い!」


「かしこまりまシタ、リメア様を中心に、微弱なエーテル衝撃波を展開、生体反応、二十、三十、……五十二。リメア様の視覚野にアクセス、網膜上に表示いたしマス」


 荷台から飛び降りたリメアの視界に、色分けされたシルエットがそこら中に現れる。

 それはつまり、ゴミ山の中にまだ息のある人間が大量に埋められていることを示唆していた。


「こ、こんなに……!?」

 

 息を呑みながら周囲を見渡すリメアの横で、リッキーはふと、空を見上げた。

 

「何してるのリッキー! これだけの人の中から、アリシアを見つけなきゃ!」

「え、ええ……。ですが今ナニカ、識別不能なエーテル反応が上空に検知されマシタ……」

「今は気にしないで! アリシアがどこかで助けを待ってるかもしれないんだよ! あ、また1つ生体反応が減った……! リッキー、時間がないの!」

「かしこまりまシタ。ワタクシは行動範囲ギリギリの上空カラ、アリシア様の識別を行いマス」

「お願いっ!」


 瓦礫やゴミの袋をかき分け、埋まっている人を掘り起こす。

 死体や、損壊された体の一部も散見された。

 リメアは無我夢中でゴミ山からゴミ山へと、アリシアの姿を探し回った。

 手足は汚泥にまみれ、汗を拭った頬にも、白いワンピースにも黒い汚れが付着していた。


「アリシアーーっ!」


 それでも捜索の手は一切緩めない。

 はやる気持ちをひたすらに抑え、手を、目を、体を動かし続ける。


「リメア様っ!」


 上空から降りてきたリッキーが、リメアを引き止める。


「アチラに、アリシア様の身体的特徴と一致する女性ガ!」


 視界に矢印が表示され、ゴミ山の向こう側にピンが立つ。

 リメアは持ち上げていた冷蔵庫を放り投げ、一目散にダッシュした。

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