第9話(2)アリシアの日記【フェニス第3従響星】
【◯月◯日 配給分】
やった!
やった、やった!!
私、大人になったんだ。
もう、大人の顔色を見なくていい。
あいつらと顔を合わせなくていい。
自分の時間を、自分の好きなように過ごしていい!
ほっぺがまだ痛い。
あいつら、チクりやがって。
最後の最後まで性根の腐った奴ら。
でも、もう関係ない。
職場は1番金払いのいいところに決めた。
シフトは自由に組めて、軽作業。
規則正しく、遅刻もしないようにしてて正解だったわ。
すんなり面接もパスできた。
なんでこんな高待遇? って思った。
ちょっと怪しいけど、今考えても無駄ね。
どうせ孤児の仕事なんてろくでもないものばっかりだし。
給料悪くて待遇悪いよりかはずっとマシなはず。
お金さえあれば、リメアと一緒に生活できる。
服を買ったり、美味しいもの食べたりできるかな。
バカンス、ほんとに行けたらいいなぁ。
いや、そんなことよりまず、家探しだ。
ふたりで住めそうな広い家を見つけないと!
読んでいるこちらまで気持ちの晴れるような、喜びに満ちた文章だった。
そのほとんどが未来への期待と、抑圧からの開放に寄せられており、いじめっ子や孤児院への未練はほとんど見られない。
見た目こそ酷い怪我だったが、あの時のアリシアはぶたれたことを本当に気にしていなかったと分かった。
心配が杞憂に終わり胸を撫で下ろしたリメアだったが、仕事についての話題が出てきたことで、身を固くする。
間違いなく、核心に迫りつつあった。
「……ここから、引っ越したあとの日記みたいデスね」
「………………うん」
互いの声は緊張を帯びていて、リメアははやる気持ちを抑えながら、次の紙へと進んだ。
【◯月△日 配給分】
クソ、クソ、クソ!
何だよこれ、詐欺だろ!
とんでもない仕事だった。
ふざけるなよ。
何がホワイトだ。
薬剤ぶち込んで、体感時間引き伸ばして、ひたっっっすら終わりの見えないシステムのアップデート&データ修正。
控えめに言って、イカれてやがる。
あー、やばい。
薬が切れてきた。
これ、相当やばいんじゃないの?
だってそうでしょ。
一日仕事しただけなのに、体感一ヶ月以上とか、どんな薬だよ。
とりあえず忘れないように、職場で私は81番。孤児院のときの18番とは逆で覚えやすい。
あー、これはやばい。
本当にやばい。
リメアには、言えない。
【◯月△日 配給分】
痛い。
痛い痛い痛い痛い。
痛いのが、どこかわからないぐらい痛い。
リメアには、見せられない。
だめだ、今日は書けない――。
【◯月▲日 配給分】
やっと、薬が抜けた。
まともに頭が回る。
どれくらい寝てたのかすらわからない。
完全に感覚がバグってる。
なんか寝てる間に鼻血出てたし。
締め切ってた部屋が変な匂いになってるし。
こまめに換気しないとやばいな。
ICチップ確認したら、ちゃんと給料は入ってた。
契約はちゃんと守るのね。
そりゃそっか。
あんだけ働かされて、給料もなかったら、ほんとにやばい。
でもこれだけのお金があれば、ちょっとだけマシな生活ができるかもしれない。
決めた。
明後日の仕事前に、このしみったれた孤児院服を卒業しよう。
商店街の服屋で、なにか買おう。
それくらい贅沢しても、いいよね?
なんか本当に大人になったって実感湧かないけど、新しい服に袖を通したらなにか変わるかな。
やばい、ちょっとドキドキしてきた。
やっぱ自由って最高ね。
なんか私だけ舞い上がっちゃって申し訳ないな。
リビングに出た時、どんな顔したらいいのやら。
私って、昔と比べてなにか変われたのかな。
なんか自分のことばっかりで嫌になる。
……私は、リメアのために何ができるんだろう。
「……リメア様、大丈夫デスか……?」
リメアは静かに頷く。
ずっと目を逸らし続けてきた現実が、目の前の紙束に凝縮されていた。
アリシアの覚悟が、苦痛が、葛藤が、生々しい言葉の端々から伝わってきた。
何度、天井を仰いだかわからない。
何度、目頭を押さえたかわからない。
それでも目を背けたくなかった。
アリシアから、逃げたくなかった。
「最後、まで、見る」
しゃくりあげながら、リメアは包装紙をめくる。
【△月△日 配給日】
今日は引っ越してからちょうど1ヶ月だった。
リメアが、お祝いしてくれた。
クレヨンあんなに使っちゃって。高かったんだぞ、あれ、すごく。
でも、すっごく嬉しかった。
きっと笑われちゃうかもしれないけど、初めてだったもんな。
ああやって、お祝いするの。
ここが世界に1つだけの、私の居場所だって思えた。
リメアだけはいつだって、私をアリシアって名前で呼んでくれる。
私がここにいていいんだって、教えてくれる。
それだけで、生きていける。
どれだけ仕事がキツくっても、体が痛くっても、辛くなんかない。
だから、ここが踏ん張り時なのよね。
ハンバーガーって、聞いた時冗談かと思った。
超超超、高級食じゃないのよ。
でも、リメアが食べたいって言うなら、それを叶えてあげたい。
これまで何もできてなかったもんね、私。
今回ばかりは今の仕事に感謝したわ。
歩合制だから、頑張れば頑張るだけ給料に反映される。
薬の配合、変えてもらおっかな。
体感3倍は副作用怖いし、二倍くらいならなんとかなるかも。
足りない分は、シフト増やさなきゃ。
きっと、それが私にできる唯一の恩返しだから。
あのハンバーガーを買うために、アリシアがどれほどの覚悟を持っていたのか。
どれほどの、労働に耐えたのか。どれほどの苦痛に耐えたのか。
想像すらできない。それなのに――。
「う゛ぅ、うぅうううっ!」
耐えきれず、嗚咽が漏れた。
「わたしは、アリシアが、がんばって買ってくれた、ハンバーガーを、ハンバーガーをっ!」
「リメア様、落ち着いてくだサイ!」
「落ち着いてなんていられないよ! どうして、食べてあげられなかったの! 見た目なんてどうでもよかったんだ! あれは、アリシアの、アリシアのっ……! どうしてっ!!」
「リメア様、後悔はあとデス。今はアリシア様の行方ヲ」
あとからあとから溢れ出る涙を拭い、真っ赤になった目で続きを読む。
無我夢中だった。
紙をめくるごとに少しづつ崩れていく文字の輪郭も、不揃いになっていく行間も関係なかった。
たとえ読みづらくとも、一文字に至るまで絶対に読み飛ばしちゃダメだ、と歯を食いしばった。
【△月■日 配給分】
あー、とうとう、やっちまった。
はは、もう、これダメだわ。
からだが、ボロボロだ。
歯もグラグラするし、ハンバーガーの味もしなかった。
食べてすぐ吐き戻すとか、もう、限界よね。
悪いくせ、出ちゃったな。
気がついたら床におちてたハンバーガー、食べちゃってた。
リメア、こわがらせてごめん。
でも、これが私なんだ。
いっしょうけんめい、しっかりしてみたけど、この程度なんだ。
ごめん、ごめん、ごめん。
ハンバーガー、ちゃんとお店の中で食べさせてあげたかった。
なにが、いけなかったんだろ。
一番高くていいやつ、頼んだのに。
食用ミミズ、スーパーなんかじゃぜったい売ってないのに。
苦手だったなんて。
私、知らなかったの。
リメア、私のこと、嫌いになっちゃったかな。
ごめん。本当にごめん。
救急車の代金、えげつないな。
このままだと、リメアがこの家から追い出されてしまう。
それだけは。
それだけは勘弁。
嫌われたままでもいい。
私は保護者だから、リメアのためにこの家だけは、残さないと。
だめだ、やっぱり、嫌。
いや、いや、いやいや、嫌っ!
嫌われたくない! 嫌われたくない!!
笑ってほしい。
いつもみたいに、おはようアリシアって、言ってほしい。
それがないと、私は、耐えられない!
仕事して、鼻血出して、仕事して、血を吐いて、それでも生きていたいって思えたのは、リメアがいたからなんだ。
私には、リメアが必要なの。
リメアがいないと、私は、私は。
空っぽ、なのよ。
ずっとずっと空っぽだったの。
あの子がそれを満たしてくれた。
名前で呼んでくれた。
絵を描いてくれた。
いつも真っ暗だった部屋を、明るくして待っていてくれた。
携帯食をいっしょに食べてくれた。
友達だって、言ってくれた。
そうしてやっと、私は、アリシアになれたんだ。
81番は嫌だ。18番も嫌だ!
あの子、あいつ、クソガキ、あれ、それはもっと嫌!!
私は、アリシアで、いたい。
だから、這ってでも仕事をしないといけない。
ノルマを引き上げて、みっちりやり切る。
ICチップの借金を、期日までに返済しなきゃいけない。
たとえ帰る時間が遅くなっても、リメアに、心配されたとしても。
薬を、更にキツくしてでも。
私は、やるんだ。
絶対に、やるんだ。
それが、最後の日記だった。
「……リメア様」
「……う゛ん……、分かってる。アリシアは、ちゃんと仕事に行ってたんだ。別のところになんか、行くわけ、ない。無事だったら、絶対帰ってきてるはず。きっと、仕事場か、それまでの道で、なにかあったんだ……!」
リメアはずびっと鼻をすすり、立ち上がる。
「早く、探しに行かないとっ!」
「――リメア様ッ!」
リッキーが大声を出す。
「日記の奥に、契約書の控えが!!」
「っ!」
箱を逆さまにし、折りたたまれた契約書取り出す。
そこには職場の住所やアリシアの登録番号が並んでいた。
リメアはアリシアの日記を鷲掴みにし、部屋を飛び出す。
玄関扉を勢いよく開け、鍵もかけずに階段を3段飛ばしで駆け下りる。
商店街を抜け、高架下をくぐり、通行人をかき分けながら全速力で走り続けた。
路地裏、スーパー、看板の影と、道中アリシアが倒れていないか、目線を送ることを忘れずに。
「住所から読み取ると、あと十キロ先の工場デス。道は一本道しかありまセン。急ぎまショウ!」
「うん!」
夜が明け、朝日がビルの合間から顔を出し始めていた。
手に残る日記だけが、今のリメアとアリシアを繋ぐ唯一の証明だった。
それを決して手放さぬよう、強く強く握りしめる。
白い息を置き去りにしながら、向かい風をかき分けながら、リメアは疾走した。
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