第9話(1)アリシアの日記【フェニス第3従響星】
リメアはごくりとつばを飲み込み、箱の数字を順に押していく。
最後のボタンに指を乗せ力を込めると、カシャッ、と軽い音とともに蓋が開いた。
リッキーと顔を見合わせ、覗き込む。
中に入っていたのは、ぎっしりと重ねられた携帯食の包み紙だった。
それもただの包み紙ではない。
一枚一枚に、文字が綴られた包み紙だ。
「日記、でショウか? 携帯食の配給日付が、日記の内容に対応しているようデス」
「よ、読んでもいいのかな?」
「アリシア様の行方の、手がかりになるかもしれまセン」
「……うん」
リメアは一掴み分の包み紙を取り出し、声に出して読み始めた。
【◯月☓日 配給分】
あいつら、本当に陰湿。わざと見えないところばかり狙ってくる。
しかも、無駄に手加減うまい。
それだけは褒めてやる。
お陰で通報もできない。
まあ、通報したところで、無視されるか、面倒事持ち込むなって怒鳴られるだけだ。
何も面白くない。なんのために生きてるかわからない。クソ人生。
「……孤児院の頃の日記みたいデスね」
「うん、そうみたい。……えっと、あ、ここからわたしの名前が出てくるよ」
【□月◯日 配給分】
どうしよう、やばいやばい。宇宙から来た、リメアって子と裏庭の丘下で会っちゃった。
すごい変わってるっていうか、世間からズレてるっていうか。
でも、びっくりするほど力持ちで、かわいい。
なにより、あの子のことを知ってるのは、今、私しかいない。
あーどうしよ。仲良くなって、あいつら全員ぶっ飛ばしてくれないかな。
なんとかして味方につけたい。
……こんな事考えてたら、嫌われちゃうかな。
まあでもその時はその時ね。
嫌われるのなんか、慣れてるし。
それよりも日々の平穏のほうが大切。
絶対に。
【□月△日 配給分】
こんなつもりじゃなかった。
私は、リメアを利用して、ちょっとだけ今の生活をマシにしたかった。
それだけなのに。
なんで、携帯食、持ってっちゃったの。
なんで、食べ物で釣って、好感度上げるだけにできなかったの。
私は、リメアと友達になって、どうしたかったの。
わからない。
自分でも、なんであんなこと言ったのか、わからない。
でも、あの音だけがやたら耳に残ってる。
携帯食を分けるときのあの音。
確かにちょっと憧れてた。
誰かと、携帯食を分け合うの。
はぁ、なんだか今日は気持ちが浮ついてうまくまとまらない。
なにこれ。日記書いて恥ずかしくなったの初めてなんですけど。
そこに綴られていたのは、丸裸の本音だった。
アリシアが見せていた表向きの好意だけでなく、打算や憎しみまでもが筆の運び方に現れていた。
どこか歪だったアリシアの言動や、取り繕っていた笑顔の意味がパズルのピースのように嵌まっていく。
そして彼女自身も気づけていなかった孤独や飢餓感が、戸惑うようなガタガタの文字列に透けて見えた。
どれほど長い間苦痛に耐え、我慢していたんだろう。
あの携帯食を渡してくれた時、どれだけの勇気が必要だったんだろう。
そう考えただけで、リメアは胸が苦しくなった。
「アリシア……」
「……続きを読みまショウ」
リッキーに促され、読み切った包装紙を隣に置く。
「あ……」
小さな声が漏れた。
そこにあったのは、沢遊びに興じた時の日記。
少しずつ変化していくアリシアの心境と、夕日の逆光でよく見えなかった表情がまるで音声付きの映像で再演される。
【□月▽日 配給分】
言っちゃった。
何考えてんだろう私。
よりにもよって、保護者になるだなんて。
あのときはどうかしてた。
ていうか最近、どうかしてる。
リメアと出会ってから、ぜんぶおかしい。
だって、毎日が楽しい。
こんなのって、変。
別に生活が良くなったわけじゃない。
相変わらずあいつらからの嫌がらせが終わったわけでもない。
将来が明るくなったわけでもない。
でも、楽しい。
リメアは、いつもアリシアって呼んでくれる。
すごく新鮮で、いつも泣きそうになる。
【□月☓日 配給分】
リメアが、やってくれた。
あいつらに、反撃してくれた!
裏庭に案内しろって命令された時は、最悪だと思った。
リメアと出会ったころはこうなればいいって思ってたくせに。
沢で遊んだことをあいつらに嗅ぎつけられて、シェルターまで行かざるを得なかった。
終わりだと思った。
リメアが力で負けることはないって、丘に向かう間何回も自分に言い聞かせた。
でもあいつら手加減しないし、リメア子供っぽいから、万が一があるかもって。
すごく不安だった。
でもリメアを前にしたら、体が勝手に動いてた。
怖かったけど、初めて抵抗できた。
結果はボロボロだったけど。
情けなかったな。
あんな姿、リメアには見られたくなかったな。
でも、リメアは、あいつらを返り討ちにしてくれた。
何もできなかった私を、あいつらをけしかけてしまった私の背中を、さすってくれた。
変わらず接してくれた。許してくれた。
ここにいてもいいよって、言ってくれた気がした。
もう死んでもいいと思った。
涙を我慢して笑うのがあんなに大変だってこと、知らなかった。
私はちゃんとリメアに謝らないといけない。
ずっと利用しようとしてたことを。
気持ちを隠してたことを。
こんなところで書きなぐらずに。
違う。
そうじゃない。
何も知らないあの子に、全部話すのはきっと違う。
謝るんじゃなくて、私にできることをしないといけない。
明日は、精神調査と成人鑑定の日。
きっと、うまくいく。
なんとなくだけど、そんな気がする。
今までと違うって、自分でも分かるもの。
長くなくていい。
意味がある人生を、送りたい。
その日記はいつもよりも長文で、包装紙の裏にまで及んでいた。
結びの言葉ははっきりと、力強い字で書かれていた。
アリシアの決意と祈りが込められているようだった。
「……よかった、よかったね、アリシア……ぐすっ」
リメアは涙ぐみ鼻をすする。
ずっと胸に刺さっていたささくれが、優しく溶けて消えていく。
アリシアに対するいじめっ子たちの行動が許せず、つい衝動的になってしまったあの日。
あれで良かったのかと、ずっと気がかりだった。
余計なことをしたんじゃないか、やりすぎだったんじゃないか。
そんな思いは、アリシアの記した言葉で吹き飛んだ。
「リメア様、ホッとするのはまだ早いデス。その次の日、アリシア様は頬を腫らした状態で現れましタ」
「……そうだった。アリシア、大人の人にぶたれたって言ってたけど、あの時様子が変だったよね。……思い出したら、怖くなってきちゃった」
「デスが、読まなくてハ」
「うん……。リッキー、ちゃんと隣りにいてね」
「ええ、一緒に読みまショウ」
パサリ、と包装紙をめくると、今までと打って変わって、乱れた走り書きのような文字がリメアの目に飛び込んできた。
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