第7話(2)境界値【フェニス第3従響星】
「リメアー! 早く起きて、顔洗っておいで!」
「むにゃ……アリシア……? そっちの土は冷たいよ……?」
「ほら、寝ぼけてないで!」
手を引っ張られ、無理矢理起こされるリメア。
朝日が部屋全体を明るく照らしていて、とても眩しい。
目をこすり、顔を上げてみる。
そのままアリシアの方を向くと、リメアは一気に顔を輝かせた。
「どうしたのそれ! とってもかわいい!!」
「そ、そうかな、似合ってる?」
ニカッと恥ずかしそうに笑ったアリシアが、くるっと回ってみせた。
白いキャミソールにグレーのカーディガン、黒のスカートがヒザ下でふわりと揺れる。どれもシンプルな作りだったが、下ろしたてでピカピカだった。
「すっごい似合ってる! 大人のお姉さんみたい!」
「失礼しちゃうわね。もう大人ですー!」
「わたしも、行く準備するー!」
「先に顔洗ってくるんだよ!」
首根っこ掴まれたリメアはキッチンで顔をゆすぐ。
クレヨンの横に飾っていたポシェットを肩に掛けると、リメアの準備は整った。
部屋の中でふたりは白い歯を見せ合う。
並んで玄関についたところで、あ、とアリシアが立ち止まる。
黒のポーチをゴソゴソとあさり、中から髪留めを取り出して、リメアの前髪をまとめた。
「……ほら、こっちのほうがいいでしょ?」
「え! 見る見る!」
リメアは玄関の鏡の前に立つ。
前髪は斜めに寄せられ、おでこが少し出ていた。
以前の伸ばしっぱなしの髪型より、ややパリッとしている。
「お、おおお! わたしも、大人の女に……!」
「似合ってるけど、あなたはまだお子様よ。はい、じゃあ行くよ!」
片手で玄関を開けたアリシアに手招きされて、リメアは慌てて追いかけた。
雑居ビルの階段を降りて通りに出た途端、リメアは驚き声を上げる。
「こっ、これは!」
ふたりを待ち構えていたのは、ビルのエントランス前に停車する1台の車。
「アリシア! アパートの出入口に無断駐車が!」
「私が呼んだタクシーよ! ほら、早く乗って」
アリシアが右手の甲をドアノブにかざすと、甲の内側がピカッと青く光り、ドアが自動で開く。
やや粒の粗い機械音声と、和やかな音楽が流れてきた。
《初めてのご乗車、ありがとうございます。クーポンコード986ご使用のアリシア様ですね》
「よ、余計なこと大声で言わなくていいのよ」
「……?」
首を傾げるリメアの背中から、リッキーが飛び出してきた。
「この星のAIはデリカシーというものが極めて欠けているようデスね! クーポンの割引使用を宣言するなんテ、まるでワタクシたちがドケチみたいに聞こえマス。ワタクシでしたらそんな失態は犯しまセン。つまり、ワタクシのほうが上」
「いいからっ! さっさと乗って!」
リメアを押し込むように車内に入ったアリシアは、ふう、と後部座席で額の汗を拭う。
《目的地は、メインストリート106、Aの23でお間違いありませんか》
「は、はい、お、おねがいします」
《それでは、ごゆるりと移動時間をおくつろぎください》
車はふわりと地面から浮かび上がると、音も立てずに発進した。
一行を乗せたタクシーは、ごちゃごちゃした商店街を抜け、大通りに出ると幹線道路に合流する。車が加速する度、車内では歓声が湧き上がった。
トンネルを抜けると、ビルの立ち並ぶ中央都市エリアが見えてくる。
カメレオンのようにビッタリと壁に張り付いたリメアを、アリシアが笑った。
《大変長らくお待たせいたしました。目的地です。料金は後払い、アリシア様のICチップにご請求となります。ご乗車ありがとうございました》
自動音声の流れるタクシーを降り、リメアたちは高層ビルを見上げる。
「うわー……」
「すごい……」
徐々に目線を下ろしていくと、綺羅びやかに電飾されたハンバーガーショップの看板が目に入った。入口には豪勢なレッドカーペット、優雅な音楽が聞こえてくる。
「ま、まあ、ちょっと予約の確認をしてくるわね」
「う、うん……」
ギクシャクと右の手と右足を同時に出しながら歩くアリシアを見送り、リメアは街をぐるりと見た。
白を基調とした無機質な建物が多く、普段暮らしている商店街とは別世界のよう。
往来には大人と子供が入り混じっており、ふんぞり返った子供にペコペコ頭を下げる大人がいたり、背丈のまるで違うドアマンふたりがホテルの前に立っていたりする。
(本当にこの星では精神年齢が大人の基準なんだ……!)
見た目だけでは誰が大人で、誰が子供なのかわからない。
キョロキョロと見回していると、背後から一際大きな声が聞こえた。
「どうしてっ!? 私ちゃんと予約したわよっ!?」
アリシアの声だった。
見ればハンバーガーショップの入口前で、店員と揉めている。
「リメア様!」
「うん、行こう!」
他の人をビックリさせないよう、リッキーを体の中へ隠しながらアリシアのもとへ走った。
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