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第6話(3)ふたり暮らし【フェニス第3従響星】

 肩から流れ落ちた黒髪が、ゆらゆらと揺れながら白銀色に輝き始めた。


「こ、こんなところで……!」


 アリシアは慌てて周囲を見渡し、通行人がいないことを確認する。

 大通りからの視線を遮るようにして両手にぶら下げていた荷物を置き、リメアの隣で膝を折った。

 背後に気を配りつつちらりとリメアの掌を見れば、柔らかな光の中で少しづつ結晶が形成され始める。

 一方白銀の髪はキラキラ輝きながら、先端から少しづつ短くなっていく。

 その速度に比例するように、結晶はどんどん大きくなっていった。

 複雑に色を変える結晶は、ある一定の大きさに達するとぐにゃりと形を変える。

 結晶は何度も引き伸ばされ細い糸となり、編まれ、重ねられ、最後に縫い糸を通される。

 気がつけば光は収まり、先程のポシェットとまったく同じものがリメアの両手に抱えられていた。

 消耗した髪の毛は先端から数センチほど短くなってしまっていたが、全体の長さに比べれば誤差の範囲。

 

「すっごい……」



 目の前で繰り広げられた魔法のような出来事に、アリシアはそう言うだけで精一杯だった。

 リメアは元気よく立ち上がると、ポシェットを肩に掛けて、くるりと一回転する。

 

「どう? 似合ってる?」


 ひらり、と揺れる白いワンピースに、薄青のポシェットはよく映えた。


「ええ、とっても似合ってるわ。控えめに言ってめちゃくちゃかわいい」

「えへへ、やったぁ!」

 

 リメアはてててと近づいてくると、両手を握ってくる。


「ありがと、アリシア!」

「えっ、私は何も……」

 

 突然のお礼に、アリシアは困惑した。

 リメアはううん、と首を横に振る。


「アリシアはね、このポシェットを、買ってくれ――じゃなくて、買おうとしてくれたよ!」

「え、ええ。それはそう、だけど……」


 確かにアリシアは、買ってあげようかと提案はした。

 ただそれを自作したのは、リメア本人だ。

 何もしていない。

 何も、できていない。

 そんなアリシアの胸中を察したのか、リメアは慌てて付け加える。  


「さ、さっきのは、えっと……そう! 買おうとしてくれた、アリシアの気持ちに対しての、お礼なの!」

「…………」

「だから、その……! 買ってくれたのと、ほとんど一緒、なの!」

「………………ぷっ、あははははっ」


 薄暗かった路地裏を、アリシアの笑い声が明るく照らした。

 言っていることは、やっぱりちょっと変だとアリシアは思う。

 でも彼女から感じられる気遣いや健気さは、息が詰まるほど、優しくて温かい。

 油断すると、泣きそうになるほどに。

 その時だった。

 買い物袋に紛れていたリッキーがピンポン玉のように飛び出してきて、頭上で赤ランプを光らせる。

 

「リメア様、アリシア様、気をつけてくだサイ、誰かに見られたカモ!」


 騒ぎ立てるリッキーにアリシアは身構え、サッと周囲を見渡す。

 だが、あやしい人影はどこにも見当たらない。

 脅かさないでよ、とアリシアは心のなかで呟きながらため息をこぼした。 


「気にしすぎよ、リッキー。商品は戻してあるし、路地裏で女の子が二人でポシェットを見てはしゃいでるだけじゃない。悪いことなんてしてないわ」

「リッキーのビビりー」


 リメアも一緒になってリッキーを指差し、クスクス笑う。


「ムムム……」

 

 ムスッとしたまま上下左右を繰り返し見回すリッキー。

 念の為、とアリシアが一緒に確認してみても、やはりアリシアたちを覗き見するような人物は見当たらなかった。


「ほら、大丈夫でしょ?」

「…………そう、デスね……」


 アリシアはふっと笑い、リメアに向き直る。

 

「じゃあ、帰ろっか」

「うんっ!」


 二人は脇に置いていた買い物袋を、各自ひとつずつ持ち上げる。

 先に歩き出したリメアの背中に、アリシアはついて行く。


(さっきはリッキーの騒ぎでびっくりして収まってたけど、なんだろう、この気持ち。ちょっとだけ、もやもやする)


 その気持ちは足を前に進める度に、どんどん大きくなっていく。

 アリシアはついに耐えかねて、リメアを呼び止めた。


「……っ、そうだリメア! ポシェットは買ってあげられなかったけど、代わりに、今度なにか、本当に買ってあげる! 欲しいものは……あったりする?」


 大通りに出ようとしていたリメアは立ち止まり、うーん、と空を見上げ考え込む。

 そして、あっ、と声を上げると、アリシアに向けて日輪のような笑顔を咲かせた。


「えっとね! 一つだけ、気になるものがあるの!」

「なになに、教えて?」

「前知識回路接続した時に、言ってたんだよね、ええっと、なんだっけ……デュポ小麦? を使った……なんか、長旅を覚悟してもいい、すごく美味しそうなやつ……」

「……?」

 

 リメアは眉間に人差し指を立てて、必死に思い出そうとしている。

 微笑みながら見守っていると、「そうだ!」と顔を上げ、ポシェットを揺らしながら、屈託のない声で言い放った。

 

「この星の、ハンバーガーっていうの、食べてみたい!」


 大通りの方から強い風が吹き、リメアの黒髪がこちらに向かってグシャグシャに乱れた。白いワンピースもバタバタと激しくはためいていた。足元に転がっていた潰れた空き缶が風に飛ばされ、カランカランと背後で音を鳴らす。


「―――――わかったわ」


 腹の底から響くような、低い声が出た。

 アリシアはリメアを追い越し、路地裏から大通りに出る。

 ちょうど横にあったショーウィンドウに、アリシアの横顔が映りこむ。見れば口元はやや凄みのある笑みを浮かべ、紫苑の瞳には決意の光が宿っていた。


「ありがとう、アリシア!」

「ふふ、任せて」


 小さな足音が後ろからついてくる。 

 アリシアは颯爽と風を切って大通りを歩きはじめる。

 リメアが小走りになるほどの、大股で――。

 しかし、その勢いはそう長くは続かなかった。

 アリシアはぽりぽりと頬をかきながら歩調を緩め、隣に並んだリメアにさりげなく尋ねてみる。


「……ちなみにさっきのやつってさ。その、私の服とかも作れちゃったり……する?」

「ご、ごめん、アリシア。さっきみたいにエーテルで作った物って、わたしから離れ過ぎたら消えちゃうんだ……」


 それを聞いたアリシアは、リメアがお留守番する家から離れてしまい、通勤中突然下着姿になってしまう自分を想像する。


「それは……まずいわね」

「うん……ごめんね」


 眉をハの字に曲げたリメアに、アリシアは首を横に振った。

 

「こちらこそ、ちょっと聞いてみただけだから。ちょっとね。だから気にしないで」

「わかった!」


 二人は肩を並べて、仲良く歩いていく。

 その後ろを銀色の球体がホログラムの涙を流しつつ、ふらふらとついてきていた。


「おふたりトモ、運搬のお仕事があって羨ましいデス! ワタクシにもお仕事ヲ! 任務をくだサイ! このままではワタクシはタダのお騒がせなビビリ……。オヨヨヨヨ……」

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