第6話(2)ふたり暮らし【フェニス第3従響星】
翌々日の早朝。
元気を取り戻したアリシアの、張りのある声が部屋中に響いた。
「これより! 本日の作戦会議を、開始します!」
「はい! アリシア隊長!」
「イエス、マム!」
全員が取り囲む食卓の上に、ババッと、スーパーのチラシが広げられる。
アリシアが仕事の翌日を丸一日寝て過ごし、翌日はみんなで買い出しに行く。
それが直近のルーティーンだった。
「ビタミン配合携帯食(黄)十二個入り5,980C、雨水蒸留水二リットル300C、魚粉混合ペースト百グラム82,300C、葉茎混合小麦粉三百グラム5,300C……。さて、リメア分隊長、どこから攻めますか?」
「ふんふん、この黄色いのと、お水、お魚がいいでしょう!」
リメアは考える素振りを見せながら、チラシの画像を順に指差す。
特に根拠はなさそうで、適当に選んだことは誰の目にも明らかだった。
アリシアはさり気なく誘導する。
「しかしリメア分隊長、お魚エリアは大変危険です。攻撃を受ければ、ペットのリッキーがやられてしまうでしょう」
「エッ!? ナゼッ!?」
「それは困りますね、アリシア隊長。ではあまりおいしいとは言えませんが、この灰色の粉をやっつけてしまいましょう」
「懸命な判断です、さすがリメア分隊長」
灰色の粉と表現された葉茎混合小麦粉の隣には特売品の文字が並んでいた。
「なんでワタクシだけ、戦力カウントされていないのデショウ……。ペット……」
リッキーを置いてきぼりに、買い出しの作戦は決まった。
買い出しとは言っても、食材のほとんどはアリシア用。
リメアは超がつくほど少食で、丸一日何も口にしなくともケロリとしていた。
大丈夫なのか心配したこともあったが、彼女曰く大気中のエーテルを吸収することで食事の代わりになるとのこと。
毎晩ベランダに出て、夜風に当たる。それがリメアにとっての主食らしい。
アリシアの要望で一緒に食事を摂る際も、携帯食の半分を分ければすむ程度。
お財布にとても優しい少女だった。
「コホン。周知の通り、リメア分隊長の食事量は家計においてわずかである。しかーし! 働かざるもの食うべからずの反対、食わぬもの働く必要なしとはならない! なぜなら、家賃もシャワーも、タダではないからであーる!」
「「あーる!」」
リッキーとリメアは声を重ね、クスクスと笑う。
アリシアは敬礼し、厳格な口調のまま、リメアたちに任務を言い渡した。
「よって、リメア分隊長は今回の作戦に同行せよ! 荷物運びのお手伝いを任命する!」
「はい、隊長!」
リメアはぴしっと姿勢を整え、敬礼を返してきた。
視線で頷き合うふたりの間に、リッキーが割り込んでくる。
「隊長、隊長! ワタクシは何をすレバ!?」
「あー……えっと。ペットは……うん、まあ、好きにしててよし!」
「ワタクシだけ、雑じゃありまセン……?」
かくして一行は外出の支度を整え、戦いへと向かった。
繁華街のはずれにある雑居ビルの自宅を出れば、数ブロック進んだ先にスーパーがある。入店し、まばらについた照明の下を、ガタついたカートを押しつつチラシの商品を探した。
お目当ての品をピックアップして回り、カートに平積みされた食材をレジへと運ぶ。そのわずかな間に、リメアとアリシアの頬は試食品の数々で膨らんでいた。
「やはり、ここのビュッフェはいいですね隊長!」
「ええ、向こうが透けて見えるほどうすーーーくスライスされた試食品の切り分け方にすら、美学を感じるわ」
アリシアは無人レジから出てきたレシートをじっと見つめるも、リメアたちから呼ばれて袋詰め作業に参加する。
買いたかったものはすべて買えた。あとは戦利品を掲げて家まで凱旋するのみ。
帰路の途中、路肩の服屋で珍しく子供服が売り出されていた。
「わぁ! かわいい!」
リメアが駆け寄りマネキンを眺める。
どうやら斜めがけにされているデニム生地のポシェットが気になるようだった。
アリシアが、一拍置いて尋ねる。
「………………欲しいの? か、買ってあげようか?」
すこし、声が上ずっていた。
リメアは振り返り、口を開くこともなくこちらを見つめてくる。
孤児院の庭にいた時と変わらない、無邪気で澄んだ翡翠色の瞳。
じっと見つめていると吸い込まれそうになる、そんな瞳。
見つめ合ったまま、数秒が過ぎ去った。
「……そうだ!」
リメアはなにか思いついたのか、ぱっと顔を輝かせ、アリシアに荷物を押し付けてきた。
「ど、どうしたの?」
返事の代わりに渡された荷物を両手に抱え、アリシアは瞬きを繰り返す。
リメアはマネキンに近づくと、マネキンの肩からポシェットを外す。
蓋を開けて中を覗き込み、紐の長さを伸ばしたり縮めたり。
しまいには丸ごと裏返して縫製を眺めだす。
「ちょ、ちょっと、リメア? まだ買ってないんだから、あまり乱暴に扱っちゃ……」
「大丈夫だよ! ちょっと見させてね~」
ぺろり、と唇を舐めつつ、リメアは文字通りポシェットを隅から隅まで観察する。
紐の目の粗さ、金具の光沢、手触り、裏地。
そのすべてを目に焼き付けるように、真剣な表情で。
店員に見つからないかハラハラしていたアリシアだったが、リメアがポシェットを元の場所に戻したのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「ようし、覚えたよ~! アリシア、来て来て!」
「今度は何……?」
アリシアを引っ張っていった先は、細い裏路地。
リメアは薄暗い壁際に座り込んだ。
「いくよー……」
何が始まるのかと眺めていると、しゃがんだリメアの両手の間でパチパチと虹色の光が弾けだす。
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