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第5話(3)傷だらけセレモニー【フェニス第3従響星】

「おいコラ! 出せよ! おいっ!!」


 ただ一つだけ、威勢のいい声が聞こてくる穴にリメアは近づいていく。


「お前ぇっ! 落とし穴まで用意しやがって、アリシアとグルだったな!! うちらをここに誘い込んだな!!」

「んー……。…………そうだよ?」


 彼女がそう勘違いしているなら、それでいっか、とリメアはたっぷり間を開けてそう返す。

 どちらにせよ、これからしようとしていることは変わらない。

 リメアは下ろしていた手をゆっくりと持ち上げる。

 穴の上で輝いていた人工太陽が、黒で塗りつぶされた。


「………………………………は?」


 赤毛の少女は、口を力なく開け放つ。

 穴の縁でリメアが持ち上げていたのは、巨大な岩。

 到底少女が持てるような質量ではない。


「ひひひ、あなたは、一番元気が良さそうだから、食べるの最後にしてあげるね……」

「い、いやだ! やめてくれ! やめてくれーーーっ!」


 少女の叫びも虚しく、穴の半分ほどが大岩で塞がれる。

 追い打ちをかけるようにひとつ、ふたつと岩を重ねると、開口部はどんどん狭くなっていく。

 最後の岩を乗せた後、リメアは細い隙間にも丁寧に、丁寧に、黒土を被せていった。

 中からくぐもった声が聞こえてくる。


「ぺっぺっ……おい、おい!! う、うちのことを、生き埋めにする気か!?」

「そんなことしないよー? ただ天井をキレイに塞いでるだけ。後でじっくりいただくからね……。保存食っ、保存食ーっ!」

「あ…………」


 ごきげんな鼻歌に合わせて、岩の隙間が完全に固められる。

 穴の中には、真の暗闇が完成した。

 リメアは耳をそばだててみるも、中からは人の声か獣か、判別できないような叫び声が響いているだけだった。


「ふー、工事完了っ! お疲れさまでしたっ!」


 額の汗を拭うリメア。

 とても、清々しい気持ちだった。


「リメアっ!」


 背後から名前を呼ばれて振り返る。

 そこには、不安げに胸の前で両手を握りしめたアリシアがいた。


「ぶいっ!」


 リメアは勝利のVサインを空高く掲げて見せた。

 アリシアはよたよたと歩み寄ってくると、リメアを強く抱きしめた。


「ごめん、リメア。私、私……」

「いいよ、アリシア」


 リメアは背中を優しくさすった。

 心地よい風が、土の香りを運んで草原を駆け抜ける。

 雲間から太陽がのぞき、夏虫たちが我先にと鳴き始めた。

 少女たちは互いに抱き合ったまま、土で汚れたおでこを、こすり合わせる。

 互いの顔を見た後、弾けるような笑顔が二つ咲いた。



  *



 日が沈みきった頃、孤児院の鐘が鳴った。

 アリシアを先に帰した後で、リメアは例の岩蓋を開けてみる。

 すると中からすえた匂いが立ち上ってきた。


「うっ……」


 鼻をつまみながら中を覗きこんでみる。

 涙と泥とその他様々な汚れにまみれた赤毛の少女が、穴の底で縮こまっていた。

 流石にやりすぎたかな、と思いながらリメアは穴の縁に手をかけて彼女を助け出す。

 地上に引き上げられた赤髪少女は、掴んでいたリメアの手を払い、ベソをかきながら歩き出した。

 既に助け出していた他の少女たちが心配そうに集まってくるも、赤髪少女は「近づかないで!」と喚いて走り出す。

 四人はそれぞれ顔を見合わせた後、まばらな足取りで彼女を追いかけた。


「もうアリシアにひどいことしちゃダメだからねーーっ!」


 リメアは大声で叫ぶ。

 明かりのついた孤児院に向かって小さくなる少女たちの背。

 リメアは仁王立ちで腕を組み、満足そうに頷いたのだった。



  *



 翌日。

 アリシアは、いつもと同じ時間にやってきた。


「アリシアーっ!」

 

 丘の上を栗色の髪をした少女が歩いている。

 昨日のように、いじめっ子たちに取り囲まれてはいない。

 リメアは嬉しくて、腰掛けていたシェルターの屋根から飛び降り、駆け出した。

 だがアリシアに駆け寄ったリメアは、頭を殴られたような衝撃を覚えた。


「………………え、どうしたの、アリシア……」


 アリシアの左頬は、目を開けられないほどまで、ひどく腫れていた。

 笑顔が、ショックで引き攣る。

 

「ははっ、気にしないで、リメア」


 ところどころ汚れた孤児院服を身に纏う、傷だらけの少女はいつもと同じように笑った。

 

「そんな! あの子たちにひどいことしないでって言ったのに……! また……!」

「……違うのよ」


 アリシアは、リメアの両手を取り、首を横に振る。


「違うの」


 もう一度、なだめるように繰り返した。


「じゃあ、誰が!?」


 詰め寄ったリメアに、アリシアは歪んだ顔で優しく笑った。


「リメア、昨日はありがとう」

「え……、うん……」

「リメアのおかげでね、私、勇気が出たの」

「……うん」

「だから、こんな怪我、気にしなくていいの。私、今、とっても気分がいいから!」


 しっかりと開く方の右目は、不気味なほど爛々と輝いていた。

 リメアは、じっとその目を見つめ返す。


「私を虐めてた奴ら、あのあと服を汚しすぎてたせいで、孤児院の大人に見つかってね、私とリメアのこと、ぜんぶ話しちゃったみたいなの」

「う、うん」


 頬が腫れてしゃべりにくいはずなのに、アリシアはいつになく饒舌だった。


「でね、でね! あいつらが幽霊だとか、岩から出てきたとか、いろんなことをそれぞれが言ったせいで、施設の大人がバカにされてると思って怒ってさ! 私のことをぶってきたのよ!」

「えっ、なんでアリシアがぶたれるの!?」


 話の飛躍にリメアが目を白黒させる。


「それは、まあ、ほら。話を聞く側からしたら、あっちは5人で、こっちは1人でしょ? 全員に後ろ指さされたら、私が悪者になるのは仕方ないことじゃない」

「そんな! それっておかし――」

 

 声を荒げるリメアの口を、アリシアの指が押さえる。

 

「聞いてほしいのは、ここからよ。あのね。私、ぶたれたあと、いつもだったらすぐ謝ってたの。悪くなくても、謝ってたの。でも、今日始めて、謝らなかったの! そしたらね、もう一回ぶたれちゃったんだけど、私見たの! 見ちゃったの!」

 

 アリシアは興奮しきったまま、満面の笑みを浮かべた。


「大人たちが、私のこと、気味悪がって怖がっているのを!」


 なりふり構わず喋り続ける、彼女のこんな姿を見たのは初めてだった。

 ただその喜び方は何かに酔いしれているようで、少しだけ、怖かった。

 リメアは口元に貼り付けたような笑みを浮かべて、頷くことしかできない。

 綿流しを早送りしたかのように、無数の雲が丘の上を音もなく通り過ぎていく。


「それだけじゃないの、リメアっ!」

 

 声が不自然なほど弾んでいた。

 アリシアはバレリーナのようにくるくると回り、リメアに向かって恭しくお辞儀する。顔を上げたアリシアは腫れた左頬を気にする様子もなく、歪んだ唇の隙間から白い歯を覗かせる。

 その笑顔は怪我も相まって、リメアの目にはまるで別人のように映った。

 

「な、なあに? アリシア」


 たどたどしく聞き返すと、アリシアはたっぷり間をおいた後、宣言する。


「私、――――大人になったの」


 嵐の前触れのような強い風が、びゅうびゅうと丘の上を何度も何度も通り過ぎていった。

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