第5話(1)傷だらけセレモニー【フェニス第3従響星】
シェルターから顔を出し、リメアは空を見上げる。
今にも雨が降り出しそうなほど空はどんよりと曇っていた。
なかなか来ないアリシアに待ちくたびれた頃、やっと丘の上に人影が現れた。
リメアは「アリシアだ!」と嬉しくなってシェルターを飛び出す。
「アリシアーっ!」
走りながら声を上げ手を振るも、反応がない。
目すら合わせてくれず、アリシアは唇を噛みながら、ずっと下を向いている。
爪が深く食い込むほど、強く左腕を押さえつけているのがわかった。
近づくと背後に人の気配を感じ、リメアは歩調を緩める。
そこには初めて見る、アリシアより少し背の低い女の子が5人並んでいた。
全員同じ孤児院服。
アリシア以外、みんな笑っていた。
笑っているはずなのに、少女たちの目はちょっと怯えてて、変な感じがした。
「で、こいつ何?」
唯一自然に笑っていた赤毛の少女が一歩前に出ると、かったるそうな声でリメアを指さした。
「おい」
別の子が、アリシアを小突く。
アリシアはリメアに向かってつんのめったあと、すぐに少女たちへ振り返り平謝りする。
「ごめんなさい、施設の水着を勝手に使ってごめんなさい、勝手にあなた達の沢で遊んで、ごめんなさい」
「そんなこと聞いてねぇって。どけよ」
横に突き飛ばされたアリシアは、草原に倒れ込む。
だがすぐに立ち上がると、再びリメアと少女の間に入る。
「私が、全部悪いんです。この子は、何も知らないの。お願いします、お願いします!」
腕に擦り傷ができていた。
血も、滲んでいた。
「邪魔」
少女が冷たく言い放つと、別の子たちがアリシアを無理やり引き倒す。
力で敵わないと分かると、アリシアはすぐに抵抗をやめる。
顔を上げようとして、リメアと目が合う前にふい、と不自然に目を逸らした。
表情は見たことないほど怯えていて、頬がひくついていた。
それを見た瞬間、リメアの心はすとんと、地面に落ちた気がした。
胸の奥が、すぅっと、冷たくなった。
途端に――何も、感じなくなった。
自然と足が前に出て、口が開く。
「はじめまして、わたしはリメア! あなたのお名前は?」
明るい笑顔と挨拶が、アリシアの時とは打って変わって、淀みなくスラスラと出てきた。
「はぁ? 何このガキ。どっから孤児院の庭に入ったの?」
「あなたの、お名前は?」
リメアは張り付けたような笑みを浮かべ、同じ言葉を繰り返す。
「うざ」
少女の吐き捨てた言葉を、そのままの速度でリメアは打ち返す。
「あなたは、――お名前も言えないの?」
静止する時間の中で、アリシアの首だけが、ガバっと動く。
その目は信じられないと言わんばかりに大きく見開かれていた。
やっと合った目線に、リメアは赤毛の子を無視して、ニッコリと笑いかける。
「……めてんのかクソガキがぁ!!」
少女の足が、リメアの腹部めがけて勢いよく蹴り上げられる。
ワンピースの裾に迫る、土まみれの靴先。
リメアは笑顔を崩さず、半歩、後退。
額を靴底がかすめ、前髪がふわりと持ち上がった。
ドサリ、とバランスを崩した少女が、自ら薙ぎ倒した草の上に尻餅をつく。
「……どしたの?」
リメアの一言で、少女の顔がみるみると青ざめていく。
両腕は強張り、赤い前髪と頬がぶるぶると震えていた。
彼女はゆらりと立ち上がり、スタスタとリメアに近づいてくる。
歩きざまに大きく振りかぶった平手が、空を切った。
パシン、と乾いた音が大気を揺らした。
「ん?」
リメアは不思議そうに首を傾げて見せる。
少女の掌は頬の寸前で、リメアの手とちょうど拍手をする形で重なっている。
「……んのっ!」
犬歯をむき出しにした少女が、すかさずリメアの黒髪を鷲掴みにする。
「やめてっ!!」
アリシアの悲鳴が、響き渡った。
が、しかし。
「………………え?」
威勢よく襲いかかったはずの少女の口から、気の抜けた声が短く漏れる。
先程までしっかりと掴んでいたはずの髪の毛が、開いた掌に見当たらないようだった。
抜けた黒髪一本すら見つけられず、手を閉じたり開いたりしている。
「んん~?」
いたずらっぽい笑みを浮かべたリメアが、硬直する少女の顔を下から覗き込んだ。
「おい……っ!」
先程より勢いを失った赤髪少女の手だったが、身を引くリメアの長い黒髪を今度こそ確かに絡め取る。
指先の感触を確かめるやいなや、少女は凶悪な笑みを浮かべ、手が荒々しく握られた。
刹那、髪束が音もなく、彼女の拳をすり抜ける。
黒髪がキラリと僅かな時間銀色に波打ったが、透過の能力に気づけるのは跳躍の過程を知っているアリシアだけ。
赤毛の少女は絵に書いたような困惑の表情を浮かべ、自分の手とリメアを交互に見比べた。
リメアは挑発するように口に手を当て、笑い声をこぼす。
「クスクス、そんなんじゃ、捕まえられないよ? クスクス」
かぁっと赤面した赤髪少女は、他の少女たちに向かって怒鳴り散らした。
「おいッッ! ボサッとせずにこいつを捕まえろッ!!」
呆気にとられていた他の少女たちは、短距離走のピストルが鳴ったかのごとく走り出す。
リメアもはしゃぎ声を上げ、同じタイミングで駆け出した。
「うわっ、いっぱい来たー!」
唯一取り残されたアリシアが、その後ろで引きつった笑いを浮かべていた。
「……はは……」
乾いた笑い声を背中で受け止めながら、リメアは少女五人を引き連れて丘を駆け下りる。
向かった先はシェルターとは別の方向。
正面に広がるは、おびただしい数の岩、岩、岩。
リメアの作り上げたストーンヘンジの密林が、口をぽっかり開けて待ち構えていたのだった。
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