第4話(2)鉄の箱のなかで【フェニス第3従響星】
冷たい床の上で、リメアは赤子のように丸くなり膝を抱く。
目をつぶれば、ズキズキする痛みは頭の奥へと遠のいていった。
リメアたちが話すのをやめれば、この部屋はいつだってすぐ静かになる。
シェルターの扉は分厚く、防音性が非常に高い。外の風音や夜に鳴く虫の声も一切聞こえない。まるでついこの間まで閉じ込められていた、宇宙船と同じだった。
慣れ親しんだ孤独と安心感がないまぜになり、リメアの胸を優しく締め付ける。
停滞した空気と無機質な床に挟まれたたまま、寝返りを繰り返した。
*
寝付けないまま、時間だけが過ぎていく。
リメアが瞼を開けると、いつの間にかシェルターの暗闇にも目が慣れていた。
窓から差し伸べられた星の光で、中央の床だけが微かに光を湛えている。
「眠れないのデスね」
リッキーがコロコロと床を転がってきて、光の水たまりの中でスポットライトを浴びた。
「……うん」
「かしこまりまシタ。ではお眠りになれるまで、いつものように少しお話しまショウ。そうデスね……。リメア様は急に、どうされたのデス? あれほど嫌がられていた知識回路接続を、自ら進んでされたいナドと」
「…………」
リメアはなにも答えず、頬の下の床をじっと見つめた。
映り込んだ歪んだ顔と翡翠色の瞳が小さく揺らいでいる。
「……アリシア様、デスか?」
リメアは身じろぎし、膝を強く抱き寄せた。
「…………うん」
星空の瞬きがリッキーのボディに反射し、ちらちらと輝いている。
「……話して、いただけマスか?」
こく、と小さく頷くリメア。
しかしいくら時が過ぎても、その口は固く閉ざされたまま。
コロ、コロ、と左右に揺れていたリッキーだったが、気まずい空気に耐えかねたのか、やけに明るい口調で場を繋ぐ。
「い、いやハヤ、最近のリメア様は、アリシア様と大変楽しそうデス! 今日なんて、おふたりで沢遊びナド。ワタクシも参加したかったのデス!」
「あはは。うん、すっごく楽しい。……すっごく」
会話が続いたことに安心したのか、リッキーは饒舌に続けた。
「ええ、ええ。リメア様の作戦、大成功デスね! “警戒心が強くて、気を使いがちなアリシア様の気が散るからリッキーは隠れていて”という任務、完遂しました! あぁ、自分で口にするとより切なくなりマス……」
リッキーが冗談交じりで物悲しげに俯くも、リメアはツッコミを入れるどころか小さくため息をついた。そのまま上体を起こし、部屋の隅をじっと見つめる。
アリシアの話題になると、これだった。心のもやもやをうまく言葉に変えられない。
「うん……ありがと。協力してくれて。おかげでアリシアとすっごく仲良くなれたよ。仲良くは、なれたよ……」
「……ナニカ、あったのデスか……?」
リメアの表情は曇り空のように浮かなかった。鉛のような塊が喉の奥につっかえている。
「リメア様……、もし、差し支えなけれバ、ご相談、いくらでも受け付けておりマス。うまくお話できずトモ、喋っていればお気持ちも整理できるでショウ」
「そうだね……うまく説明できればいいんだけど」
「少しづつで構いまセン」
「ありがとう」
小さな手でホログラムの頭を撫で、リメアはぽつりぽつりと語り始めた。
「アリシアと、初めてあったときのことなんだけどね。あのとき、とっても怯えてる子だなって思ったの。目があったら、すごく怖がってた。それが、アリシアの最初の印象」
「……ハイ、それはワタクシも感じておりまシタ」
「それでね、わたしがいっぱい噛んじゃって……。あんなに練習したのに、おかしいよね。でも、アリシアは何回間違えてもずっと待ってくれてて。きっとわたしがダメダメすぎて、怖くないってわかったんだと思う。丘から駆け下りてきて、ぎゅって抱きしめてくれたんだ」
「ええ」
「その時……、すごく心臓がドキドキしてたの。耳をくっつけてたわけじゃないのに、音が聞こえるぐらい。……きっとアリシアも、すっごく緊張してたんだと思う」
「そうでしたカ……」
「うん。わたしも初めて同じくらいの見た目の子と会ってどうしようってドキドキしたけど、アリシアのドキドキはなんだかちょっと違うと思うの。うまく、言えないけど」
「ワタクシを隠しておいた理由にもつながるのデスか?」
こくり、と縦に首を振る。
リメアはごろんと仰向けになり、シェルターの窓を見た。
星空の間を駆け抜けるように、流星がキラリと輝く。
「あぁ、なんか色々思い出してきたなぁ。そうそう、あの日、アリシアがね、また明日って、言ってくれたの! ほら、リッキーとはいつも宇宙船で一緒だったでしょ? だから、また明日って、とってもいい言葉だなって……嬉しかったな。また会ってくれるんだって」
その時の気持ちがふわりと胸に広がると、リメアの表情は和らいだ。
いつも以上に夜の星々がきれいに見えた。
「……あ、えっと、話が脱線しちゃったね。えっと、大事なのはここからなの。ちゃんと聞いて」
「ハイ、聞いておりマスよ!」
真剣な表情に切り替えると、承知したと言わんばかりにくるりとリッキーが1回転する。
リメアは視線を左上に向け、しばらく考えてから少し声のトーンを落とした。
「ねぇ、リッキーは知ってる? ……アリシアの怪我のこと」
「怪我、デスか」
「うん。転んだわけでもないのに、二の腕とか、太ももとか。最初は遊んでてぶつけたのかなって思ってたけど、会うたびに別の場所が赤くなったり、青くなったりしてるの」
「…………」
「それに、このシェルターでね、ちょうど跳躍の練習が終わったときだったかな。アリシアがね、寝てたときにすごくうなされてて。あのときのこと、今でもはっきり覚えてるの。アリシア、苦しそうにずっと、ごめんなさい、ごめんなさいって謝ってたの。わたし、よくわからないけど、それがすっごく怖くて、怖くって……。ずっと、アリシアにそのこと聞けなかったの……!」
頭を痛いほど強く手の付け根で押さえつけたまま、リメアは小さくうずくまった。
「ひどい友達だよね! ほんとはどうしたの、泣かないでって、抱きしめてあげないといけなかったのに! わたし、わたし! 普通の声で、アリシア、終わったよーって起こして! 何も見てないフリして!!」
喉が震えた。
叩きつけた声がわんわんと室内に反響する。
「……その、リメア様、改めて、明日聞いてみてはいかがでショウか? きっとアリシア様なら――」
「聞けないよっ!!」
体を起こした勢いで、パタタと涙が床にこぼれ落ちる。
「だって……アリシア、いっつも笑ってる! わたしといるとき、ずっと笑ってる! 一緒に遊ぶのが楽しくて、夢みたいって! わたしに隠れて、ひとりですごく辛そうなのに! 笑ってても目の奥がときどき泣いているのに!!」
「そうデスか、リメア様は、ずっと……」
しゃくりあげる喉に、唾を飲み込めば咳が出る。
拭いても拭いても視界がぼやける。
うなされ、手足をばたつかせながら苦しむアリシアの姿が、瞼の裏から離れない。
吐き出したい思いが、次から次へと溢れ返る。
「アリシアが笑って過ごせる時間を、ちょっとでも減らしたくないって、一緒にいる間はたくさん笑ってほしいって! そうやって自分に言い聞かせて。でもぜんぶ! 本当は、わたしが怖がりだからなんだ! わたしは、アリシアの……」
「わかりマシた、わかりまシタよ、リメア様」
リッキーが隣で何度も頷いてくれる。
それがなにより、惨めで情けなかった。
「アリシアの……友だち……なのにぃ……」
シェルターの中には、リメアのすすり泣く音だけがこだまする。
こんな気持になるのは初めてだった。
孤独だった頃には感じなかった、胸を刺す鋭い痛み。
「…………」
リッキーはふわりと浮かんで窓辺に身を寄せると、背を向け空を見上げたまま沈黙する。
リメアは初めて知った痛みを抱きしめるように、体を縮こめたまま朝を迎える。
その日の午後。
アリシアは、いつも裏庭に来るはずの時間に、現れなかった。
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