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第4話(1)鉄の箱のなかで【フェニス第3従響星】

 沢で遊んだ日の夜。

 満点の星空がのぞくシェルターの窓の下で、リメアがゴソゴソと起き上がる。

 

「……リッキー、もう、出てきていいよ」

 

 少女が小さく呟くと、胸元からポンッと銀色の玉が飛び出した。

 星灯りしか光源のないシェルターが、リッキーの明滅するライトで赤や青に彩られる。

 

「リメア様! ワタクシ、寂しゅうございまシタ! 宇宙船にいた頃は毎日おしゃべりをしてくださったというノニ! 最近はめっきりデス! それどころカ、外出禁止令マデ! オヨヨヨヨ」

「えへへ、ごめんね、リッキー。我慢させちゃって」

 

 足を寄せ体操座りになると、球体は膝の上にちょこんと乗った。

 

「……いいのデス。それがリメア様のお望みでしたカラ」

「ありがと。えっと……、出てきてもらって急なんだけど、少しの間、知識回路接続、やってみたい」

 

 リッキーはまるで天地がひっくり返ったかのようにパチパチとライトを交互に瞬かせる。


「えぇえっ!? リメア様、知識回路接続は、おつむが痛くなるからと嫌がられていたハズでは……」 

「もう! いいの、その話は! ……ちょっと、知りたいことがあるから」

「そうおっしゃるのデシたら……」

 

 リッキーはふわりとシェルターの中央に浮かび上がり、くるくると回りだす。

 するとリメアの脳内で、女性の機械音声が定型文を読み上げはじめた。

 

《知識回路、接続いたします……接続完了。ようこそ、宇宙船ライブラリーへ。なにかお調べしたいことはございますか?》

 

 リメアが立ち上がると格子状のホログラムが足元から飛び出し、放射状に広がった。

 シェルター内壁をスキャンし終えると、壁や床はすうっと透過していき、部屋はたちまち巨大な図書館へと姿を変える。

 現実と見間違えるほどのAR映像(拡張現実)がリメアの網膜上に映し出されていた。

 同時にキーンと鋭い痛みが頭の奥から現れ始める。

 

「うぅ、えっと、し、しらべもの! 言葉の意味!」


《単語検索ですね。少々お待ちください……注意、現在の船内時計と、外界の時刻に大きな差異がございます。連続短距離ワープおよび準光速移動を長時間行われてはいませんか? こまめな休憩と――》


「あああっ、頭痛いからはやくしてよぉぉお!」

 

 タシタシタシ、とリメアが地団駄を踏む。

 

《かしこまりました。単語検索画面へ移行します……どのような言葉をお調べされますか?》


「えっと――」


《警告、船内時計と外界にて、深刻なタイムラグが発生しています。アーカイブの語彙は、宇宙船設計当時のものとなり、外界における意味や使用方法とは大きな乖離が発生している可能性が――》


「もーーー! わかった! わかりました! はいはいはい! もう、なんでこれ毎回聞かないといけないの……」


 リメアが泣き言を言い終わる前に、何事もなかったかのように明るい声が返ってくる。

《それでは、どのような単語をお調べしますか?》

「はぁ、えっと、検索するのは、“フェニス主律星”、“|天体と天体を繋ぐ巨大な架けコズミックストリング”、“孤児院”」

《かしこまりました》


 何冊かの該当する本がヒュルリと本棚から飛んできて、リメアの正面に並べられる。

 パラパラとめくられた本からは情報が抽出され、グラフや数字が空中に表示された。

 

《まずはフェニス主律星から。フェニス主律星は、人類踏破宙域の最端に位置する星群の主天体です。精霊フェニスが資源供給を行っており、穏やかな風、牧羊風景が広がるのどかな星です》


《主律星に連なる従響星では人工太陽によって気候管理された、湖、山、丘陵地帯などが見られます。主律星からの移動は|天体と天体を繋ぐ巨大な架けコズミックストリングを柱とする軌道エレベーターが利用でき、その日の気分にあったリゾートを堪能できます》


《デュポン小麦を使用したハンバーガーが絶品で、長旅を覚悟しても訪れる価値のある星団と言えるでしょう。星団の名前は永遠を司る不死鳥と、人類発祥の星地球の観光地ヴェニスにあやかって付けられたと言われています》


「従響星のテラフォーミング範囲は、星の一部に留まっているみたいだね。土壌成分、日照エネルギー、どれも観光地化用途の設定値……。どうしよう、これ、情報相当古いかも……」

 

 知識回路接続により、リメアの知識と脳の処理能力が一時的に強化される。

 普段であれば舌を噛みちぎってしまうような難しい語句も、スラスラと理解することができた。


「次、|天体と天体を繋ぐ巨大な架けコズミックストリング

《|天体と天体を繋ぐ巨大な架けコズミックストリングとは、すべての精霊の母、女神精霊によって編まれた、エーテル質の通信・物流ケーブルです。エーテル濃度が大型精霊と同様に結晶化臨界値に到達しているため、どなたでも視認することができます》


《エーテルにてそのすべてを構成されている特性上、現宇宙より位相がズレており、重力や他天体の衝突の影響を受ける心配がございません。主に主律星と従響星を繋いでおり、主律星に設置された精霊の資源エネルギーを、従響星へ供給するために設けられています》


「……変だよ。アリシアの話だと、資源エネルギーは従響星から吸い上げられているってことだったはず。いろいろあって、逆転したのかな。次!」

 

《最後は孤児院、ですね。孤児院は一般的に、身寄りのない少年少女を一時的もしくは一定年齢まで、保護する目的で設立された施設です》


《人類宇宙進出前の歴史上においては、劣悪な環境が問題となっていたこともありました。しかし、女神精霊と人類が良好な関係を構築している現在、枯渇することないエーテル資源の恩恵により、その役割は限定的になっております》


「……どう考えても、アリシアが出入りする孤児院は史実における孤児院と同じレベルまで時代が後退してそう……わかった。もういいよ」

《かしこまりました、知識回路接続をご利用いただき、誠にありがとうございました。良い宇宙の旅を!》 

 

 その言葉を最後に音声はぷっつりと切れた。

 眼前に広がっていた図書館は、静かに折りたたまれて足元へ消える。

 回転していたリッキーは速度を落とし、やがて止まった。


「……っ!」 

 

 遅れてやってきた強烈な頭痛と目眩。

 思わず座り込みうめき声を上げてしまう。

 

「いいい、いたたたたた、うう、もう使いたくない……」

「お疲れ様です、リメア様」


 ガンガンと鳴り響く頭痛の傍ら、ちらとリッキーを片目で見上げる。


「ねぇ、リッキー、痛たた……」

「ハイ、リメア様」

「……あの図書館に、お母さんの情報って、ないんだよね、やっぱり」

「ハイ。すでに八万回以上、試された検索デス。検索結果は、ゼロデス……。すみまセン……」


 こめかみをさすりながら横になる。


「……そうだよね、わかってた。ありがとうリッキー。知識回路接続手伝ってくれてありがと。おやすみなさい」

「おやすみなさい、リメア様」

☆*****☆*****☆*****☆*****☆*****☆*****☆*****☆*****☆

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