開拓者(パイオニア)
山崎と島田、そして銃者のフランクと狙撃手のスタンリーがドン・サンティスの手下と協力して情報収集を行った。新撰組の元監察方の二人は文化や言語の違いがあるなかでさえ要領を得た情報を迅速に集めてきた。その収集能力はさすがとしかいいようがないだろう。
なにをどう調べればいいかを的確にわかっている。ゆえに地元の者を使って調べさせればいいわけだ。
ニックの農場はすっかり荒れ果てている。留守時に管理人を置かず、土地も家屋も荒れるに任せているからだ。いつ手放してもいい。ニック自身かキャスの身内で必要な者がいれば譲ろうと考えている。土地そのものでもいいしそれらを売ってお金にしてもいい。
一宿一飯の恩義。土方たちはこの荒れ果てた土地と家屋をどうにかしようと奮闘していた。
二階建ての木造家屋に大きな納屋が二つ、そして家畜を収容する畜舎が一つ。大工仕事はほとんどの者が初めてだ。それから開墾。森も含めた広大な地を切り拓くのも初めてのことである。
前者は器用な者が当たり、後者は力のある者があたった。
早朝から辺りが暗くなるまで文字通り全員一丸となって働いた。
「われわれはまさしく開拓者、だな?」
粉雪が舞っている。そのようななかで永倉は額の汗を掌で拭いながらいった。斧を左掌で握り、それをひらひらとさせながら広大な土地へと向ける。
森一つを伐採しその土地で農耕ができるまでにしようというのだ。
土方親子、柳生親子、元祖三馬鹿、斎藤、野村、市村。彼らはただひたすら木を切り倒し、木の根や岩を掘り起こした。
斧や鍬などと剣とでは握り方、力の掛け方がまったく異なる。だが、全員が斧や鍬を剣と見立てて振るった。
そう、これもまた彼らにとっては鍛錬なのだ。
木の多くが樅の木だ。切った木は家屋の補修や薪にする。それもまた鍛錬になる。
伐採だけではない。大木の根っこを掘り起こす作業が厄介だ。地中深く根を張ったそれは、馬の二、三頭で引っ張らねば到底掘り起こせない。
が、それができる農耕馬はいない。すでに冬期に入っている為馬の購入は難しく借りることのできる農場も近くにはなかった。スー族の戦士たちが野生馬を捕まえにいくと提案してくれたが南下せねばならぬので日数がかかる。加えて引っ張れるようにするまで調教に時間を要する。雪が積もるまでにすこしでもやっておきたい。したがって野生馬の案も却下された。
人間の力で行うことになった。必然的にそうなってしまう。それでこの人選なのだ。
「師匠、こりゃいくらあんたでも・・・」冬の寒さより斧を振るう際の放熱量のほうが勝っているらしく、永倉はシャツを脱いでから今度は上半身をタオルで拭き始めた。
その横で原田と藤堂が木の幹に二本の鉄鎖を巻きつけている。しっかりと根を張ってしまった大木。こういう木がいくつも瞳にとまった。このまま放置しておくわけにはいかぬ。
それを厳蕃が引っこ抜こうというのだ。
「まぁみておれ。坊、おまえにもやってもらう、しっかりみておれよ」
全員が幼子をみつめた。重い斧を必死に振るだけでも尋常ではない。失敗を繰り返しつつも確実に一本一本倒していっていた。
それを厳周がつきっきりで面倒をみていた。厳周はこの小さな従弟を溺愛している。その愛情の注ぎ方と献身ぶりは異常なほどだ。教育方針について自身の父親や育ての親たる白狼と対立することもままあった。
土方などはもはやその存在をすっかり忘れられている。
このときも厳周は口唇を開きかけてやめた。当の幼児がこれから伯父が行うことをもっと近くでみようと嬉々として走り寄ったからだ。
厳蕃は木の根を巻きつけた二本の鉄鎖の端を握るとそれをそれぞれの掌に幾重にも巻きつけた。鉄鎖はそれぞれ十尺(約3m)位の長さがある。
まず木の根から鉄鎖が外れないか何度か引っ張って確かめる。
「シャツが汚れるだろうな」足場を固めながら呟く。その周囲で全員がみ護る。
木の根に背を向け、利き腕の側の肩上で再度、鉄鎖の具合を確かめる。背負い投げの要領で引っこ抜こうというのだ。
伐採され見通しが大分とよくなってきた。周囲になにもなく、冬季ともあって人間の気配どころか動物のそれすらない。静寂だけがすべてだ。
厳蕃が息を大きく吐き吸う音がはっきりときこえる。
いつもとはあきらかに様子が違う。ただ単純に馬鹿力を必要とする今回は気の充実というよりかは気合を入れることが重要だ。
足場を固め、腰を落しつつ何度か軽く鉄鎖を右の肩越しに引っ張って気合を入れてゆく。
そしてついに仕掛けた。鉄鎖を大漢の道着の衿合わせに見立て力いっぱい背負い投げする。「はっ!!」気合の一声が厳蕃の口唇の間から漏れた。だれもがすくなからず驚いたに違いない。
厳蕃はいかなる状況でも気合の声を発することがなかったからだ。
気合の声と同時に鉄鎖が金属音を発しつつぴんと張られた。最初はなんの反応もなかった木の根がまるで息を吹き返したかのように震えを帯びた。
腰を落とし一歩前進する。
「うわぁ・・・」市村が思わず呟いた。市村だけでなくだれもがうわぁと思っているのは間違いない。
さらに一歩前進すると木の根の周りの土がもり上がりはじめた。
そこでわずかに後退して鉄鎖をさらに掌に巻きつけ短くした。
「はーっ!!」さらなる気合とともに短くなった鉄鎖がまたぴんと張られた。刹那、鈍い音とともに地中から木の根が宙空へと飛び出した。ほんのわずかの間それがどんよりした雪雲の下を舞った。それから地響きを伴って地上へと落下した。
「すごい!」全員が唖然とするなか、そう呟いたのは斎藤と藤堂。
「いやいや、やったのは師匠だろう?」とすかさず突っ込んだのは原田だ。
これもまた偉業の一つといえるだろう。
さすがの厳蕃もかなりの力を消費したのか肩で息をしている。その厳蕃に走り寄ったのが甥だった。「伯父上、血です」それに即座に息子と義弟が反応する。
「情けない話だ。どうやら掌の皮は鉄鎖に耐えられなかったようだ」「当然です義兄上、まったく無茶もいいところですよ。じっとしていて下さい、すぐに鉄鎖を外します」
「父上、いくらなんでも・・・」
「口煩く申すな二人とも。案ずるな、こんなこと大したことではない」義兄の掌から鉄鎖を外していた土方の掌がわずかの間止まった。
「副長、掌が止まってるぞ。あんたまたあいつのことを考えてただろう?」心配顔で近寄ってきた永倉に腕を軽く小突かれ、土方ははっとしてまた作業に戻った。
「こんなこと、大したことではない」どんなに傷つこうともいつもあいつはそういっていた。
「こりゃひでぇな。師匠、戻って手当てしたほうがいい」両方の掌の皮が裂け血まみれになっている。薄く積もった雪の上にぽとりぽとりと血が落ちていった。大人たちの足許でそれをじっとみつめる幼子。その瞳に宿った光はなんとも表現のしようもないものだ。
「なにか策を考えよう。厳周、小さな木の根からでいい、この子の掌にタオルでも巻いて引っ張らせるのだ」「ですが父上、それでは掌を痛めますよ」息子の抗議を父親はさらりと受け流した。
「この子にはまだ早すぎます」さらにいい募る息子。父親は小ぶりの相貌を左右に振ってみせた。「鍛錬に早いも遅いもない。おまえができぬというのなら新八に頼むとしよう」
厳周と永倉の視線があった。永倉がごつい両肩を竦めてみせる。
「承知致しました。坊、おいで」従弟の掌をひっぱって歩きだした息子の背に父親のさらなるいいうけがぶつかった。「引っこ抜けるようになるまで戻ってくるな」
それには応じず小さな従弟の小さな掌をぐいぐいとひっぱり歩きつづける。はやく父親から離れたい、とでもいうように。
「壬生狼、頼むぞ」『まったく、狼使いの荒い奴だ』白き巨狼の愚痴に苦笑しつつ厳蕃は義弟にいった。
「心配か?わが子を信じよ。あの子には力が溢過ぎているようだ。すこしでも発散させてやらねばかえって苦痛となるだろう」
「ええ、わかっているつもりです。心配なのはおれの子のことではなくあなたの子ですよ」「ああ、そちらも案ずるな。従兄弟はことごとく早世しているからな、息子は従弟のことが可愛くそれ以上に心配でならぬのだ」「そうでしたね」土方は頷いた。それから距離を置いて話し込んでいる甥と息子をみた。
信江とその前夫疋田忠景との間に生まれた息子は生まれつき体が弱く、尾張藩主の侍医に助けを求めたがその甲斐なく早くに世を去ったのだ。
そして、あいつも・・・。
「師匠、後はおれたちがやりますよ。厳周と坊のことも含めて。戻って手当てしてください。副長、あんたも戻ったほうがいい。ほら、われらが英雄のご帰還だ」
永倉が太い指を天に向けた。この雪空のなか翼ある勇者朱雀が頭上で円を描きつつ舞っている。
「朱雀っ!」大鷹は幼子の叫びですぐに下降した。そして小さな親友の肩にとまった。
大鷹の方が大きい。幼子はまるで捕食された小動物のようにみえる。
斎藤がすぐに駆け出し戻ってきた。その利き掌に文が握られている。
街で情報収集している山崎からのようだ。
「「三馬鹿」、斎藤、頼むぞ。利三郎、鉄、引き上げるぞ」
「承知」全員が同時に応じる。そして、一拍置いた機で藤堂がおどけた。
「副長っ!新八、左之、平助っていうくらい手間じゃないでしょう?それを一括りにするなんてただの怠慢だじゃないですかね」
「ああ、鬼としてどうかと思うぜ」原田が引き継ぐ。
それから作業に戻っていった。
雪はますますその降りを盛んにしていた。




