17‐4
むくれているサジャをどうすればいいやらおろおろすること数分。
ぐうぅと勢いよく虫がなった。出どころは私の腹だ。
間抜けに響いた音を無視できなかったのか、サジャがそむけていた顔をあげた。
眉が八の字に寄っている。
「チャニさん、朝ご飯たべてないの?」
「そういえば、忘れてたわ」
パンくらい持ってくればよかったのに、そんなことにすら頭が回らなかった。
顔が赤くなる。頼りない保護者だと思われただろうか。
しかし、杞憂だったようで、サジャはむしろ笑顔を見せた。
「じゃあ、ご飯食べに行こう。僕もお腹空いた」
私の手を取って歩き出す。
「泊まり先で食べなかったの?」
「食べていったらって言われたんだけど、朝一番の馬車に乗りたかったから」
「あら? もしかして宿屋じゃなくて友達の家に泊まったのね」
「うん。同級生のところ」
正直、子ども一人で宿屋というのも心配だったのだ。
優しい同級生がいてくれて良かった。
「あとでお礼に行かないと」
「……うん」
サジャに微妙な顔をされてしまった。しかも変な間がある。
もしや、私みたいのが母だなんて言いたくない……!?
目に見えて狼狽したらしい私に、サジャまで慌てた。
「お礼がダメってわけじゃなくてね!? ただ、同級生に会わせたくないというか……」
「お友達に知られたくない保護者……」
「だから違うって!」
どう違うというのか。
サジャは言いづらそうに口ごもり、私をたいへん怯えさせた後、ようやく小さな声で言った。
「……チャニさん、きれいだし、街の子とか絶対に騒ぐから、あんまり会ってほしくない……」
本日、二度目のきゅんきましたーー。
この子は私を殺す気であろうか。女たらしの片鱗を感じて戦慄する。
そして、ちょっと気を遣わせたかも、とも思った。
家族のことで友達にからかわれるのは恥ずかしいよね。
ただでさえ、独身の酒場の女主人というとんでもない立場の保護者だ。目立たないにこしたことはない。
結局、最初の予定通り、同級生の家には簡単にお礼をするということで一段落ついた。
しかし、サジャがぼそっと「マリとか絶対にうるさい……」と呟いたのを、私は見逃さなかった。
初めて聞く女の子の名前だったので、とても、とても、気になったのだが、流石に腹減りが限界を迎えてきたので、あとで根堀り葉堀り聞くことを決めた。
……嫁候補きたかな。わくわく。
小さな恋のメロディの予感に気分が乗ってきたので、朝ご飯を奮発してあげよう、とポケットを探ると衝撃の事実に気付いた。
「あーーーー!!」
「わ、びっくりした。どうしたのチャニさん」
「財布忘れてきた……」
ポケットにあるまばらな小銭は、馬車で帰る運賃しかない。
本格的にふがいない保護者に、サジャは呆れる様子もなく、あっさりと言った。
「大丈夫だよ。僕がおごるから」
「おごる!?」
サジャが健気に貯金している今までのお小遣いから切り崩すのは、言語道断だ。
「先生のお使いとか、町の酒場の手伝いで少しもらってるんだ。だから、気にしないで」
にこにこと手を引いて、ぐいぐい歩いて行く。
バイトをしていたなんて初耳なのだが。
マリちゃんといい、バイトといい、街でのサジャに一抹の寂しさを覚えつつ、追及しようとしたけど、サジャが「チャニさんと街にきたのはじめてだから嬉しいな」なんてかわいいこと言うもんで、流されてしまった。
たいへんお待たせしました!
読んでくださってる方、本当にありがとうございます。
街編、まったく話が進みません。
申し訳ないですが、こんなスローテンポで良ければ、読んでいってください。
チャニさんが街に寄りつかないのは、腐れ縁の一人となるべく会いたくないからです。