08.トラウマ
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その日の夜、私は今日の出来事を父に訴えた。可愛い娘が武器を携えた見知らぬ男に急接近されたと知って、父はあの護衛二人を即座に異動させた。クビにしなかったのは、リアーナが慈悲を願い出たからである。
私は怖い目に遭うのが大嫌いだ。けれどぴったりと張り付かれるのも同じくらい嫌いで、いつも護衛や侍女は一定の距離を保って後ろに控えさせている。その命令を忠実に守っていたのに職を取り上げるのはあんまりだ、というのがリアーナの言い分だった。
一定の距離があろうがなかろうが、私を守るために随行しているのなら片時も目を離すべきではない。それが私の言い分。結局折衷案として、彼らは鉱山の警備へと回されることになった。
「怖い思いをして、辛かったわね」
父の部屋を出た後、リアーナが憐れむような目を私に向けてきた。本当に同情していたのかもしれない。それでも、その無神経な一言が私の神経を逆撫でした。
「本当に怖い思いをしたことがない人だから、そんな呑気なことが言えるのね」
とうに癒えたはずの傷痕が、ズキズキと痛む気がした。
「エステル……ごめんなさい」
「何に謝っているのかわからないわ」
「……十年前のこと、今でも気にしているのでしょう? 私――」
「っ!」
これ以上姉の話を聞くのは耐え難い。私はリアーナに背を向けると、足早に自分の部屋へと戻った。
ベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めて胸の奥に渦巻く何かを大声で吐き出したが、少しもすっきりしなかった。
傷痕が疼く。何かで気を紛らわせたいのに、リアーナのせいで頭の中は十年前のあの日の出来事でいっぱいになっていた。
十年前――私は死にかけた。父の休暇で、家族全員で王都の外れにある湖を訪れた時のことだ。
その頃はまだ仲の良い姉妹だった私とリアーナは、水辺で遊んでいた。父と母は少し離れたパラソルの下で私たちを微笑ましく眺め、セレスタンはその近くで本を読んでいたと思う。
湖の中から魔物が現れたのは、あまりに突然だった。普段は魔物など出ない場所で、大人たちは誰一人としてそんな事態は想定していなかった。最近になって知ったことだけれど、あの湖では十数年に一度、魔物の産卵があるらしい。孵化した魔物は数日かけて羽の生えた成獣となり、遠くの岩山へと移動する。私たちは運悪く、その孵化した直後に湖を訪れてしまったのだ。
人間の赤子ほどの大きさの、両生類を思わせる生き物だった。ギラギラした赤い目を、今でもよく覚えている。それらが次々に陸へ上がってきて、護衛たちの怒号と侍女たちの悲鳴が湖の畔に響き渡った。
左手首の傷は、その時の魔物につけられたものだ。彼らは猛毒を持っていて、私は三日間、生死の境を彷徨った。
けれど私の心に深い傷を負わせたのは、魔物ではない。
魔物が現れた瞬間、護衛たちは真っ先に父とセレスタンを守るために動いた。しかし父は、魔物の一番近くにいた私とリアーナのもとへ駆けてきた。そして――リアーナだけを抱き上げて、水辺を離れたのだ。
父に悪意はなかったのだと思う。おそらく、亡き前妻の忘れ形見である娘を、咄嗟に守ろうとしただけなのだろう。私に特別甘いのも、可愛いからというだけではなく、あの時の贖罪なのかもしれない。
けれどあの瞬間の光景は、いつまで経っても脳裏に焼き付いて消えないのだ。
魔物の毒の後遺症で、その後数年間は高熱を出して寝込むことがあった。そのたびに、どうして誰も私を守ってくれないのかと夢の中で涙を流し、考えた。
守ってくれないのなら、守られる自分になればいい――それが、私の出した結論だった。
守ってあげたくなるくらい可愛く、賢く、優秀になること。愛される人間になれば、私はきっと守ってもらえる。
それと同時に、愛される努力など何もしていないのに守られたリアーナが、許せなくなった。
「大丈夫……今は守ってもらえる」
声に出して、自分に言い聞かせた。
父も母も、セレスタンも。それに今後は、アルベリク様が私を守ってくれるはずだ。




