06.髪を編む
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――夕刻。パシュテール邸に戻った私を待っていたのは、あの物乞いの少女だった。
言いつけた通り湯浴みをして汚れを落とし、伸び放題だった髪も切り揃えられて小綺麗な姿となっていた。真新しい麻の服に袖を通した彼女は、未だ怯えながら私を見上げている。
「私の部屋へ来なさい」
その一言で、真っ先に警護の男が動いた。
「強靭な男に睨まれて萎縮させたくないの。あなたは部屋の外で待機して。私とこの娘だけでいいわ」
警護や侍女たち、それにリアーナは不安そうに私を見たが、その視線を振り切って部屋へと向かった。
部屋に入るなり、私は髪に差していた装飾品を取り払っていく。
「今からあなたがすることは一つだけよ。私の髪を編みなさい」
「え……?」
少女は戸惑うように手をもじもじとさせた。
「その腕輪、自分で編んだと言ったわよね。すごく複雑で美しい編み込みだわ」
少女の腕輪は、色褪せて汚れてはいたが、何本もの糸が均一に編み込まれて不思議な模様を描いていた。様々な工芸品を見てきたけれど、そこに混ざっていても何ら遜色がない。
「で、でもあたし……人の髪を編んだことは、あ、ありません……」
「だからやってみなさいと言っているのよ」
鏡台に腰掛け、小瓶をいくつか手前に並べた。
「必要なら使って」
少女はまだその場に立ち尽くしたままだった。
「やりたくないならいいわ。牢屋に送り届けてもらいましょう」
「や、や、やります!」
慌てて駆けてくると、少女は震える手にブラシを握った。
「し……失礼します……」
彼女の震えが、髪の毛越しに伝わってくる。私は鏡を見据えたまま、彼女の手の動きだけを見ていた。
まずは髪の毛質を確かめるように、何度か手で掬ったり指先に通したりしていた。そこからゆっくりと、毛先の方からブラシで梳かしていく。強すぎず弱すぎず、心地良い力加減だ。
全体を梳かし終えたあたりで、彼女の爪が長く伸びていることに気がついた。不潔に感じて、私は顔を歪めた。
「……爪が長いわね」
「あっ……あ、ごめんなさい……で、でも、この爪があると糸を……髪を、掬いやすいんです……」
「なるほど、理由があるならいいわ。いつも清潔にして、私の肌を傷つけないように気をつけなさい」
「は、はい……」
ほっとした様子で、少女は作業に戻った。
いよいよ編み込みに入るのか、毛束を掬い取ったものの、眉間に皺を寄せて何やら考え込んでしまった。小瓶を摘んで蓋を開け、中を覗き込んでは首を傾げている。
「何か問題でも?」
「す、すみません……お嬢様の髪は、その……さらさら過ぎて、このまま編んでもすぐに崩れてしまいます。髪に何か塗ったほうがいいのですが……」
あぁ、そうか。物乞いとして生きてきた少女は、蜜蝋や香油を知らないのだ。
「これが蜜蝋。これを髪に塗れば扱いやすくなるわ。こっちは色んな香りの香油よ」
「はあ……」
少女は蜜蝋の瓶を手に取り、匂いを嗅いだ。それから香油も一つずつ香りを確かめていく。
「お嬢様は、どの匂いがお好きですか?」
「バラの香りが好きで、よく使うわ」
「バラ……」
「あなたには、どれがバラの香りかわからないでしょう? ひとまず好きに使いなさい」
少女は何度か香りを確認した後、ネロリの香油を手前に置いた。それから蜜蝋を少しだけ手に取り、そこに香油を数滴垂らす。両掌でそれを混ぜ合わせ、髪全体に馴染ませた。
「本当に人の髪を触るのは初めて?」
「はい……あっ……! つ、使い方間違っていましたか!?」
「合ってるわ。だから訊いたの」
蜜蝋も香油も、つける量を間違えると髪がベタベタになってしまうものだ。
「く、組紐を編む時……ほんの少しだけ、油を使います。その時と同じようにやりました……」
「いいわ。続けて」
そこからの少女の手の動きは、これまでの侍女とも自分自身とも全く違っていた。器用に爪の先で少量の毛束を均等に掬い取りながら、流れるような動きで均一に編んでいく。左右のこめかみから真横に編み込み、後頭部で一つに結ぶまで、あっという間の出来事だった。
「あの……出来ました」
「そこの一番上の引き出しに、装飾品があるわ。飾りつけてちょうだい」
「え……」
引き出しを開いた少女は、これまで触れたことなどないであろう高価なものを目にして、目を白黒させた。ガタガタと震えながら、一度私の方を振り返る。
「ほ、本当にあたしなんかが触れていいものですか……?」
「今だけよ」
少女はしばらく装飾品たちと睨めっこをして、やがてピンクサファイアをあしらった白いシルクのリボンを選んだ。
「どうしてそれを選んだの?」
「お嬢様が今着ていらっしゃるお召し物が、華やかで可愛らしいピンクなので、このリボンが合うかと……こ、香油も……そのイメージで選びました……」
私は椅子から立ち上がり、姿見で仕上がりを確認した。予想通り――いや、それ以上の出来栄えだ。
「名前は?」
「は……?」
「あなたの名前よ。あと、年は?」
「ロミ……です。年は十三です……」
「ロミね。あなた、私の侍女になりなさい」
「はい………………え? は? え、えぇ!?」
「私にこき使われるか、牢屋でカビたパンを食べて鞭に打たれるか。好きな方を選びなさい」




