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可愛いは最強!〜合理主義悪役令嬢の生存戦略〜  作者: ままはる
《破棄から始まる婚約成立》
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05.物乞いの少女

「リアーナ様にエステル様! それにアルベリク様まで! 仲睦まじいご様子で何よりでございます」


 道の脇にある、小さな商店の入り口に立った女性だ。身なりからすると、その店の店主だろう。


 店主はニコニコと人受けする笑顔で、私たちの前へと進み出た。


「よろしければこちら、召し上がってください。当店の看板商品です」


 女の手には、焼き菓子が乗せられていた。それをそっと差し出してくる。


 この街には鉱山夫が多い。彼らは一様に陽気で人懐こく、そんな彼らが暮らす街の人々も自然とそのような気質になるのだろう。


 アルベリク様は不躾な女性の態度に顔を顰めたが、リアーナは違った。


「ありがとうございます。とても美味しそうだわ」


 いつもの控え目な笑顔ではなく、聖女のように暖かな眼差しで焼き菓子を受け取った。そして私とアルベリク様に一つずつ手渡していく。


 アルベリク様は戸惑うような表情を浮かべた後、少し離れた後方に控えていた自身の家の護衛を目線で呼び、焼き菓子を毒味させた。この店主が毒を盛っているとは思わないけれど、立場上、アルベリク様の振る舞いは正しい。


 護衛が小さく頷いたのを見ると、私も菓子を口に含んだ。ほどよい甘さが口いっぱいに広がり、バターの深い香りが鼻腔を抜けていった。


 あら、本当に美味しいわ。


 続いてリアーナが口に運ぼうとした時、彼女の体が何かに強く押されたようにぐらついた。


「きゃぁっ!」


 咄嗟にアルベリク様がリアーナを支える。その脇に控えていた毒味をした護衛が、素早く動いた。


「痛いっ!」


 護衛の腕の中から、少女の声がした。


「何なの……?」


 遠巻きに覗き込んでみると、黒い髪の少女が護衛に取り押さえられていた。ボサボサの髪に汚れた肌、破れた衣服――一目で浮浪者か物乞いだとわかる。


「こいつ、リアーナ様のバッグをひったくろうとしたようです。いかがなさいますか?」


「連れて行け。法に則り処罰しろ」


 少女の方を見ようともせず、アルベリク様は言い放つ。それからリアーナの体に触れたままだった手を、慌てて放した。


「ご、ごめんなさい! もう二日も何も食べていなくて……二度といたしませんから、今回だけはお許しください!」


 少女は嗚咽混じりに懇願するが、アルベリク様や護衛は聞き入れない。少女を引き摺るように立たせると、乱暴に手首を掴んで連れて行こうと歩き出した。


 馬鹿な子。貴族相手にひったくりなんて、絶対に護衛に捕まるに決まっているじゃない。


 冷ややかな目で見送っていると、リアーナが少女に向かって駆け出した。


「待って! せめてこれを食べなさい」


 あろうことかリアーナは、先ほど店主に貰った焼き菓子を少女に差し出したのだ。


 ……あぁ、本当の馬鹿は姉の方かもしれない。


 私は踵を鳴らしてリアーナの側まで行くと、その菓子を奪い取った。


「エステル!? 何を――」


 驚いて目を丸くしているリアーナを横目に、私は菓子を自分の口に放り込む。


「本当に美味しいわ、このお菓子。また改めて買いに来るわね」


「あ……ありがとうございます」


 にこりと店主に向かって微笑むと、彼女は呆然としたような、それでも安堵したような顔で頭を下げた。


「エステル! こんなに幼い子がお腹を空かせているのに、あんまりだわ!」


「牢屋に入れば、餓死しない程度に食事は出るでしょう。まぁ、鞭打ちもついてくるでしょうけど」


「それにしたって……!」


「一人に施しを与えれば、明日からは同じような者たちが屋敷の周りを取り囲むでしょうね。それに、こちらの店主が私たちに無償でお菓子をくださった理由を、少しは考えてはいかがですか?」


 店主は物乞いに施すつもりではなく、貴族に献上したのだ。そこには店主なりの下心があるはず。顔や店を覚えてもらうため、味を知ってもらうため。気に入ってもらえたら今後贔屓にしてもらえるかもしれないし、伯爵令嬢が食べたという宣伝にもなるかもしれない。私はそれが悪いことだとは思わない。商人としての知恵だし、それで経済が回れば、ひいてはこの街のためになる。


 けれどお姉様と私の考えは、根本的に合わないらしい。何か言いたそうな顔で、私を睨みつけている。


「そんなにも恵まれない子供が放っておけないなら、孤児院でもお作りになったらどう?」


「エステル……」


 諦めた様子で、リアーナは少女に背を向けた。続いてアルベリク様のもとへ戻ろうとした私の視界の端に、少女の細い腕が映った。いや、正確には腕に巻かれた紐を編んだ腕輪だ。


「……あなた、その腕輪はどうしたの」


「あ……こ、これは……あたしが自分で編んだものです……」


 震えた声で答えた少女は、すっかり怯えていた。


「家族か身寄りは」


「い、いません……物心ついた時からずっと、物乞いをして――」


 何やら身の上話を始めようとしたが、聞き流して後方の私の侍女を呼びつける。


「この子を屋敷に連れて行って、頭の天辺から足の先まで綺麗にしてちょうだい」


「……は?」


 侍女はぽかんと口を開けて立ち尽くした。少女を引き立てようとした護衛も、アルベリク様もリアーナも、一様に同じ顔で私を見ている。


「私はそんなに難しいことを言ったかしら?」


「い、いえ……しかし、何故……」


 侍女は途中で口を閉ざした。私の意思にくだらない意見をしてはいけないという教育を思い出したらしい。


「……この者をパシュテール邸へ」


 護衛に向かって短く告げると、彼らは戸惑いながらも屋敷の方へと向かい始めた。


「エステル……一体何を考えているんだ。あんな薄汚い娘を、貴族の敷地に迎え入れるなんて」


「迎え入れたわけではありませんわ。私の見込み違いであれば、すぐに牢屋へ送ります」


 それでもアルベリク様は渋い顔を崩さない。これは恐らく、あの少女の処遇に不満があると言うよりも、その前にリアーナと言い争ったことを引きずっているのだろう。彼の前ではまだ、強気なところを見せたことがなかったから。


 ……仕方ないなぁ。


「お姉様。私ったら、少し熱くなりすぎてしまいました……ごめんなさい。誰にでも分け隔てなく接せられるお姉様を、本当は尊敬しているの」


 秘技・悪いとはこれっぽっちも思っていないけれど、相手の良心の呵責に訴えかけて全て水に流す、憂いた瞳!


 リアーナにはあまり効果がないかもしれないが、アルベリク様は別だ。


「リアーナ。エステルも反省しているみたいだし、気を取り直して帽子屋へ行こう」


 ほら。効果は絶大。アルベリク様に背中を押され、私たちは予定通り買い物を楽しんだ。

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