04.アルベリク・ミラーセン
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父がミラーセン侯爵に婚約の返事をすると同時に、アルベリク様が足繁く私のもとへ通うようになった。学校でも事あるごとに会いに来るし、休みの日までデートをしようと屋敷まで押しかけてきた。
正直、心底面倒くさい。休みの日は自己研鑽に充てたいのに、婚約者を門前払いすることもできないだろう。
アルベリク様のことは、表面的なことしか知らない。だから彼の為人を知り、侯爵夫人となった時にうまく立ち回れるようにするための情報収集だと思って、デートの誘いを受けることにした。
アルベリク・ミラーセン。十八歳。日に焼けた小麦色の肌に、短く切り揃えた淡い栗色の髪は清潔感があって好感が持てる。貴族学校を卒業後は王室の騎士団に入団し、行く行くは北部一帯の騎士団長として王室を守っていく立場となる人物である。
「エステル。どこか行きたい場所はあるか?」
アルベリク様は私の肩に手を乗せながら、馬車の準備が整うのを待っていた。
アルベリク様についてわかったこと、その一。スキンシップが異様に多い。私が不快を覚える頻度だ。
けれどそんなことは顔にも態度にもおくびにも出さない。未来の夫に愛されるのは、大いに結構。
「そうですね……新しい帽子が欲しいと思っていたところです。アルベリク様が良ければ、私に似合う帽子を選んでくださいませんか?」
「帽子か。いくらでも俺が買ってやろう」
「まぁ、嬉しい! ありがとうございます」
にっこりと笑いかけると、アルベリク様の凛々しい顔がだらしなく緩んだ。
アルベリク様についてわかったこと、そのニ。彼は百パーセント私の顔が好きだ。笑顔を向けたり、上目遣いで顔を覗き込むと、わかりやすく赤面してくれる。その単純さは、素直に可愛いと思う。
「アルベリク様……」
馬車の準備が整い移動を始めた頃、背後からか細い声が聞こえた。振り向かなくても誰の声かはわかったので、私はアルベリク様を横目で見てその反応を確かめた。彼は目を閉じ、何かを飲み込むような顔で振り返る。
「リアーナ。元気か?」
どこをどう見ても元気ではないし、元気を奪った張本人がかける言葉としては最低だ。
あの婚約破棄を告げられた日から、約ひと月。リアーナの姿を間近で見るのはこれが初めてだったけれど、余程ショックだったのか、少し痩せたようだった。
「……お陰様で。エステルとお出掛けですか?」
「あ、ああ。新しい帽子が欲しいと言うから、今から店まで行くところだ」
「そうですか。私とは外出されなかったので、てっきりお出掛けはお嫌いなのだと思っておりましたわ」
「いや、それは……」
お葬式のような空気が漂い、見ていられない。せめて私のいないところでやってほしい。
「どうぞ楽しんできてください。私はこれで失礼します」
「あ、あっ、リアーナ! そ、そうだ! 一緒に行こう!」
何を言い出すのだ、この男は。私が欲しいのはお茶会で被る帽子であって、お葬式用のトークハットではない。
びっくりして言葉を失っていると、リアーナはあろうことか頷いたのだった。
「それでは、お言葉に甘えてご一緒させていただこうかしら。私もちょうど、帽子が欲しいと思っていたの」
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地獄絵図だ。私は内心げんなりとしながら馬車を降り、賑やかな商店街を歩いていた。
右側に現婚約者、左側に旧婚約者を引き連れて、アルベリク様は無言で前を見据えていた。めちゃくちゃ情けない顔をして。
アルベリク様についてわかったこと、その三。優柔不断。彼の様子からして、リアーナへの罪悪感はそれなりに抱いているようだ。普通の感性を持っていることに安堵はしたが、将来騎士団を率いる器としてはどうかと考えると、大いに不安が残る。
「アルベリク様。どちらの帽子屋へ連れて行ってくださるの?」
窒息しそうな空気に耐えかねて、私が口火を切った。アルベリク様は汗ばんだ顔で前方を指差す。
「も、もう少し行けば『コローナ・フローリス』という帽子屋がある。王都の流行をいち早く取り入れる、人気の店だ」
もちろん知っている。でもアルベリク様が望んでいる反応は、それではない。
「そんな素敵なお店をご存知だなんて、さすがアルベリク様ですわ!」
「いやぁ、大したことじゃないさ」
アルベリク様は満更でもなさそうな顔で頭を掻いた。やっぱり、この手の男性は自分を立ててくれる女に弱い。
「私に似合う、ぴったりの帽子を選んでくださいね」
「もちろんだ。任せておけ」
やっといつもの笑顔が戻り、彼の右手が私の肩に触れようとした時――左側から蚊の鳴くような声が聞こえてきた。
「私にも……選んでいただけますか?」
その振り絞るような声音に、アルベリク様の表情が再び凍りついた。同時に伸びかけていた手も素早く引っ込める。
「あ、ああ……いいだろう……」
「ありがとうございます」
私は伏し目がちに微笑む姉の顔を横目で盗み見た。
一緒に出掛けると決まって慌てて準備をした彼女の唇には、これまでに見たことのない色の紅が引かれていた。亜麻色の髪と翠の瞳には似合わない色だけれど、本人は気づいていないのかしら。
それにしても、リアーナの意図が読めないのが不気味だ。私を簒奪者に仕立て上げることに失敗したから、今度は直接邪魔をするつもりなのかしら。それとも、本気でアルベリク様を取り戻そうとでも?
またしても葬送の行進のような沈んだ空気が流れ始める。それを破ったのは、今の私たちには場違いなほど明るい、弾んだ声だった。




