39.エステル・ケーストリデン
⭐︎
「ねぇ。いつまでそうやって拗ねているつもりなの?」
ブランシュ様と屋敷に戻った私を出迎えたのは、一人置いてけぼりを食らったリュカだった。
「別に拗ねてないし……」
「だったら、その子供みたいに尖った口は何なのよ」
呆れた目でリュカを見ながら、私は化粧台の引き出しを、片っ端から引き出していた。
「さっきから、何をやっているんだ?」
「この化粧台、やっぱりブランシュ様が使っていらしたものなんですって。結婚した時に、嫁入り道具として持ち込まれたそうなの」
「へえ。それで?」
「この引き出しのどこかに、隠しがあるらしいのよ。昔、そこに何かを入れた記憶があるって、ブランシュ様がおっしゃっていて……」
一番下の引き出しには何もなかったので、次の引き出しを引っ張り出す。
「今朝はあれだけ喧嘩していたのに、帰ってきたら婆さんはすっかり別人みたいになってるし……どういうわけか、仲良くなったみたいだな」
「別に仲良くなんてなっていないわよ。ブランシュ様は相変わらず嫌味をおっしゃるもの。でもまぁ、ようやく名前で呼んでいただけるようにはなったわ」
「大した進歩だ。本当にお疲れさん」
リュカの大きな手が、私の頭をぽんぽんと撫でる。
「やっぱり、俺が見込んだ女だけのことはあるな」
「何よ、それ……あっ、あったわ!」
一番上の引き出しの裏に、小さな隠し引き出しが付いていた。慎重に開ける私の隣で、リュカも興味深そうに覗き込む。
「……何だコレ。写真か?」
それは、一枚の古びた写真だった。今のような色鮮やかなものではなくて、セピア色の一枚。そこに映っていたのは、こちらへ花が咲いたような笑顔を向ける、私と同じくらいの年頃の女性だった。
「ブランシュ様だわ……」
すぐに分かった。カフェで見た、あの笑顔とそっくりだったから。
「あの婆さん、若い頃は本当に美人だったんだな」
「そうね……」
「? どうかしたか?」
力なく呟いた私に、リュカが首を傾げる。
「ブランシュ様には偉そうなことを申し上げたけれど……私も歳を重ねたら、若い人に嫉妬したり、老いていく自分に耐えられなくなったりするのかしら」
「どうしてそう思うんだ?」
「だって私の取り柄って、可愛いことでしょう? 今は可愛いから、何でもできると思っているの」
可愛いから愛されるし、強くもいられる。
「でも……それがなくなったら、私には何が残るのかなって。あの湖で、私は私の無力を思い知ったわ」
「お前……賢いようでいて、実は阿呆なのか?」
「な……っ! なんなのよ! ブランシュ様といいリュカといい、どうして揃って馬鹿にするの!?」
リュカを睨みつけて背を向けると、彼は後ろからそっと私を抱き寄せた。
「あのなぁ……お前の強みは、見てくれじゃないだろ。それを手に入れる為に努力できる、その根性だ。それに、社交界で立ち回る為に、前もって情報を集める行動力と分析力、そして社交力。利になるものを見分ける観察力にも長けているし、目上を前にしても怯まない胆力もある」
「それは……」
「もしかしたらお前は、誰かに守られる為に綺麗で在ろうとしているのかもしれないけどな……もう、自分で自分を守れるだけの力を、とっくにつけていると俺は思う。この間みたいな実質的な暴力からお前を守るのは、俺の役目だ」
リュカはゆっくりと、私を振り向かせた。両肩に手を置き、真っ直ぐに私の目を覗き込む。
「俺は、そんなお前だから好きになったんだ。だから改めて――俺と、結婚して欲しい」
な……何? 何で急に、そんな改まった事を……!?
足の爪先から頭の天辺まで、一瞬で熱が駆け抜けていく。目を見開いたまま見つめ返す私の前で、リュカも赤くなった顔で頭をぐしゃぐしゃと掻いた。
「本当は、景色の綺麗な場所で改めてプロポーズするつもりだったんだけどな……ちゃんと、言葉にしてなかったから」
「……どうして男の人って、女性を口説く時に綺麗な場所へ行きたがるのかしら」
「え?」
「ううん、なんでもない」
軽く頭を振って、頭の中からジェラルドとアルベリク様の姿を追い出す。
「私、可愛くないと愛されないと思って生きてきたの。自我を出して嫌われないように、耳当たりの良い言葉ばかり選んで」
実の両親にも、兄にさえも。
「実際、自分の意見を見せたら、アルベリク様には冷たい女だと思われたわ。それでどんどん気持ちも離れていって……正直、少しショックだった」
自分を守る為に気にしていないふりをしていたけれど、舞踏会であの方が私を見ていなかったことには、やはり傷ついていたのだと思う。
「でも貴方は、私が一生懸命に隠そうとしていたところこそが好きだと言ってくれた。仮面を外した私を、真っ直ぐに見てくれたわ」
リュカの手に、そっと自分の手を重ねる。
「私も、貴方が好きよ。これからは、私が貴方を守ってあげる。だから貴方も、私を守ってね」
「エステル……」
再び、お互いの視線が絡み合う。その次の瞬間――
「エステルさん。あのロミとかいう侍女をしばらく貸しておくれ。うちの侍女にも、髪を結うコツを教えてほしくてね」
ノックもそこそこに、ブランシュ様が乱入してきた。
慌てて距離を取った私たちを、ブランシュ様は訝しげに見る。その後、ニヤリと口角を上げた。
「部屋の鍵は掛けておくべきだね」
「婆さん!」
「ブランシュ様!」
揃って赤面する私たちに、声を上げて笑うブランシュ様は、まるでイタズラが成功した少女のようだった。
⭐︎
――それから半年後。
私とリュカの結婚式は、王都の大聖堂で執り行われた。
極彩色のステンドグラスを通した陽の光が、色とりどりの光を祭壇の前に散りばめている。その光の中に、純白のドレスに身を包んだ私が立っていた。
隣では、リュカが緊張でガチガチに固まっている。
「やめてよ……こっちまで緊張が移るじゃない」
「こういうのは苦手なんだって、前に言っただろ……」
参列者に気づかれないよう、小声で言葉を交わす。
参列席には、こちらを温かい目で見守る私の両親と、セレスタン。
大きなお腹を抱えて幸せそうに微笑むリアーナと、優しくその肩を支えるクルーラー侯爵の姿もあった。
ケーストリデン家の席には、エリアス様とクロード様。そして頼りになる義姉たち――セシール様とナディア様が、こちらを見ながら何やら楽しそうに囁き合っている。
そして最前列には、鮮やかなロイヤルブルーのドレスを纏ったブランシュ様が、柔らかな表情で私たちを見守っていた。
そう言えば、ブランシュ様の態度が多少軟化した頃、うちの侍女たちからの嫌がらせもぴたりと止んだ。ようやく私は、彼女たちの主人として認められたのだろうか。
聖書を手にした神父を前に、私たちはそれぞれ誓いを交わす。
「神の御前において、ここに二人を夫婦と認めます。リュカ・ケーストリデン――」
私は、私を映す翠の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「エステル・ケーストリデン」
初めてその名前で呼ばれた瞬間、胸の奥がじわりと温かくなって、思わず小さな笑みが零れる。
名前が変わっても、私はこれからも『可愛いエステル』で居続けるだろう。毎朝の手入れは欠かさないし、美しくあり続ける為の努力もきっと怠らない。
けれどもう、それは誰かに愛される為ではない。
私が、私自身を愛し続ける為に――これからも、続けていくのだ。
貴重なお時間をいただき、最後まで読んでくださってありがとうございました。
少しでも面白かったと思っていただけましたら、今後の大きな励みになりますので、評価をポチッといただけると嬉しいです。




