37.まずは私の部屋へ参りましょう
――さすがに言いすぎたかしら。
リュカの反応が気になってちらりと視線を向けると、彼は笑って小さく頷いた。
『大丈夫だ』と言いたかったのかもしれない。けれど今の私には、『もっとやれ』と言っているようにしか見えなかった。
「ブランシュ様」
無言で車椅子を動かし、部屋に戻ろうとしたブランシュ様を呼び止める。
「……なんだい」
「今日は、リュカと過ごすのは諦めますわ」
「そうかい。だったら――」
「私とブランシュ様で、出掛けましょう」
「はぁ? なんだってあんたと……そもそも、どこに行くつもりだい」
「まずは私の部屋へ参ります。ロミ、来なさい!」
私はブランシュ様の車椅子のハンドルを握った。
「これに触るんじゃないと――」
「お嫌でしたら、歩く訓練をなさってはいかがですか? 聞けば怪我でもご病気でもないそうですし、ブランシュ様なら、また歩けるようになるそうですよ」
前のように怒鳴られる前に、畳み掛ける。ブランシュ様は鬼のような形相で睨んでくるけれど、構わなかった。
「あ……あれ? 俺はどうしたら……?」
食堂にリュカをぽつんと取り残したまま、私はブランシュ様を自室へと運んだ。
「この部屋で何をするつもりだい。言っておくけれど、年老いても私は現公爵の母親だよ。下手なことをすれば、この屋敷から叩き出すだけじゃ済まないからね!」
「綺麗になりましょう、ブランシュ様」
「……は?」
化粧台の前に車椅子を停めると、私は有無を言わさず、ブランシュ様の髪を纏めた紐を解いた。
雪のように白く長い髪を、ブラシでゆっくりと梳いていく。
「ロミ。髪は貴女に任せるわ。派手すぎず、地味すぎず……そうね、イメージは芍薬よ」
「はい。やってみます!」
「ちょっと! 何を勝手なことを……!」
「ブランシュ様。私を信じて欲しいとは申しません。悪女の毒牙にかけられたとでも思って、一度だけ辛抱してください」
「……っ!」
ブランシュ様は強く拳を握りしめたが、それ以上の抵抗はしなかった。
私は化粧台に並んだ瓶を手に取り、化粧水やクリームをブランシュ様の肌へと重ねていく。
「この化粧台、鏡がとても見やすいんです。引き出しの位置も数も、すごく使いやすくて。年季は入っているけれど、少しも古臭くない。むしろそれが魅力的で、私は気に入っているんですよ」
「……ふん」
ブランシュ様は目を閉じたまま、小さく鼻を鳴らした。
私は彼女の肌に、丁寧に化粧を施していく。
「ブランシュ様はお肌がとても白いので、爪と同じようなピンクがよく映えると思います。深いワイン色もお似合いになりますが、今回はローズピンクを目元に入れますね」
その上に控えめで上品なラメを乗せて、アイラインを引く。更にマスカラで睫毛にボリュームを出し、眉の形を整え、頬にはチークで血色感を足した。ハイライトとシェーディングを加えて、最後に明るい紅を引く。
「髪型、完成しました」
ロミは、私の頭の中のイメージそのままに仕上げてくれていた。品のある編み込みの、低めのアップヘアだ。
「メイクも終わりました。ブランシュ様、目を開けて鏡をご覧になってください」
ずっと目を閉じていたブランシュ様が、ゆっくりと瞼を開く。そして鏡に映ったご自身の姿を、じっと見つめた。
「いかがですか? お気に召しませんか?」
「……」
ブランシュ様からの返事はない。ただ無言で、鏡に見入っている。
この反応だけでは、是なのか非なのか判断がつかない。
「差し支えなければ、今日のお姿に似合うドレスを買いに参りたいと思っています。お付き合い願えますか?」
「……私は悪女の毒牙にかけられたんだろう。好きにおし」




