32.任命式
任命式は滞りなく、そして厳かに執り行われた。
第一騎士隊長の座にはリュカが就き、これまで隊長を務めていたエリック・バルトナーは副団長へと昇進。国王陛下から賜った真新しい階級章が、二人の胸元でそれぞれ誇らしげに輝いていた。
式典では隣に立つなと言っていたブランシュ様だったが、可愛い孫のエリアス様が現れた途端、毒牙はあっさりと抜け落ちた。私やセシール様にもニコニコと笑顔を振り撒き、本当に滞りなく式典は幕を下ろしたのだった。
「まさか結婚前にいらっしゃるとは思わなかったわぁ。エステルちゃん、大丈夫?」
「胸を張って大丈夫だとは言い難いですけれど……なんとか。ちなみにセシール様は、どのように応戦されたのですか?」
式典の後、私とセシール様はこっそりと囁き合っていた。
「耄碌した可哀想なおばあちゃんだと思い込むことして、手取り足取りお世話をしたわ。ナディアちゃんは、空気だと思って一切合切無視をしたって言ってたけれど……どちらにしても、とっても大変だったわよぉ」
過去の記憶が蘇ったのか、セシール様の顔からすうっと血の気が失せていく。
「ブランシュ様に絡まれる前に、私とエリアスは失礼するわね。どうしても辛くなったら、いつでもうちに逃げてらっしゃい」
「ありがとうございます」
エリアス様ご夫妻と別れ、私はリュカの元へと足を向けた。式典自体は終わったものの、この後は関係者への挨拶が控えている。
一瞬だけブランシュ様に視線をやったが、彼女は顔馴染みを見つけてお喋りに花を咲かせている様子だったので、そのままそっとしておくことにした。
「リュカ。改めて、おめでとう」
「エステル!」
大勢の人に取り囲まれていたリュカは、私を見つけるなり眩しいほどの笑顔を浮かべ、大きく手を挙げた。
「どうだった? めちゃくちゃ緊張したんだけど、変じゃなかったか?」
「貴方でも緊張することあるの?」
「そりゃあ、これだけの人間に注目されたら緊張するさ。ほら、まだ手が震えてる」
式典は終わったとはいえ、まだ大勢の人目がある中で、リュカはすっかりいつもの調子に戻っていた。
「副隊……あ、違った。隊長! もしかしてこちらの方が、隊長の婚約者でいらっしゃいますか?」
リュカを取り囲んでいた男たちの一人が声を上げ、私は彼らへと視線を向けた。
身なりからして、恐らくリュカの部下たちなのだろう。彼らは一様に、惚けたような顔で私を見つめている。
私はいつもの天使の笑顔を浮かべると、丁寧に一礼した。
「お初にお目にかかります。エステル・パシュテールと申します。いつもリュカがお世話になっております」
ついでにあざとく小首を傾げてみせると、騎士たちは一斉に声を上げて沸き立った。
「嘘だろ!? めっっちゃくちゃ美人じゃねぇか!」
「おい、誰だよ! 隊長は女狐みたいな女に騙されてるって言った奴!」
「隊長! あんた、どこでこんな天使を捕まえてきたんですか!?」
近頃は私の愛嬌が通じない相手ばかりだったから、こうも素直に反応してもらえると、たまらなく気持ちがいい。
「そりゃあこんなにも可愛い婚約者がいたら、昇進を急ぎたくもなりますよねぇ」
「お前ら、うるさい! いいから黙ってもう帰れ! おい、そこ! エステルに触るな!」
囃し立てられたリュカは顔を真っ赤にして、彼らを次々と追い払っていく。
「……何をニヤニヤ笑ってるんだよ」
「別に? 随分と部下から慕われているんだなと思っただけよ」
「あいつらは、俺のことを上司だなんて思ってないんだ。騎士ってのは、礼儀より先に拳が出る脳筋だらけだからな」
「それで――可愛い婚約者の為に昇進を急いだというのは、本当なのかしら?」
「……早目に北部騎士団長より上になってないと、格好がつかないだろ……」
北部騎士団長。それは、ゆくゆくはアルベリク様が就くであろう立場だ。何も気にしていない顔をして、本当は縁談を壊したことを気にしているのだろうか。
緊張するリュカ。私を見て安堵したように笑うリュカ。照れるリュカ。そんな彼を、少しだけ可愛いと思ってしまう自分に驚いた。
「馬鹿ね」
「あ? 何が――」
「仲睦まじい様子で何よりですね」
不意に、横手から声が掛かった。リュカがすっと姿勢を正したことに気付き、私もそれに倣う。




