31.攻防戦は続く
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ブランシュ様が屋敷に来てから二週間が過ぎた。
闘志を燃やしてブランシュ様に挑んではみたものの、状況は何一つ好転していない。
細かく気を配ってみたり、おだててみても勿論のこと、何気ない言動にも逐一、嫌味という名の鏃が飛んでくる。まともに刺さることはなくとも、躱すだけで精一杯で、依然として膠着状態が続いていた。
更にタチが悪いのが――
「このイチゴ、とっても甘くて美味しいわぁ! 旬の時期でもないのに、よく手に入ったわね」
「はい。西の名のある商人とのルートがございまして、特別に売っていただいたものでございます」
瑞々しいイチゴを嬉しそうに頬張るブランシュ様に、うちの侍女は恭しく頭を下げながら、どこか得意気に説明する。
そのイチゴは、私が美容の為にパシュテールからのツテを使い、苦労して仕入れたものだ。私はまだ一粒も食べていないし、それをブランシュ様にお出しするような指示も出していない。
「アンナ。私にもイチゴを出してちょうだい」
「申し訳ございません、エステル様。イチゴは大奥様にお出ししたもので全てでございます」
こいつ……!
そう。私を快く思っていない使用人たちは、こぞってブランシュ様の側に着いたのだ。ブランシュ様もブランシュ様で、その状況を満面の笑顔で受け入れている。
「大奥様。お食事の後のお飲み物はいかがいたしましょう? 今朝、上質な茶葉が届きましたので、アッサムにいたしましょうか」
「ええ、それでお願い。ふふふっ、リュカの使用人たちは本当に有能な子たちばかりね。やっぱりあの子は、人を見る目があるわ。それなのに……」
真っ赤なイチゴを惜しげもなく口の中に放り込み、ブランシュ様は心底残念そうな目で私を見た。
「なんだってこんな、若さしか取り柄のない娘と……しかも、実の姉の婚約者に色目を使って奪い取ったんだろう? その上その男に、公衆の面前で婚約破棄を言い渡したそうじゃないか。なんて恥知らずな娘だろうね」
侍女はブランシュ様の言葉に深く頷いている。
「旦那様は騙されているのかもしれません」
「ええ、そうだろうとも。剣の道しか知らない男だから、女の色香につい絆されてしまったんだろうね。あぁ、嫌だ嫌だ! 汚らわしいったらないね!」
このセリフは、毎日色んなタイミングで聞かされているせいで、もう慣れっこだ。
権力を持つ男性には確かに愛想を振り撒いてきたので、全否定はしない。しかし、リュカにだけは色目を使ったことなど一度もないのだが。
「正式に籍を入れる前に、目を覚ましてくれるといいんだけどねぇ……」
「是非ブランシュ様から直接リュカに、進言差し上げてください。私もリュカに見限られたのなら、大人しくここを出て行くしかありませんから」
にっこりと微笑みながら私が言うと、ブランシュ様の目つきが鋭く変わった。
リュカは私を守ると約束した。ならば、今はその言葉を信じるしかない。
「本当に可愛くない娘だね! 明日の任命式では、私の隣には立たないでちょうだいよ!」
「ブランシュ様がそう望まれるのでしたら」
小さく頭を下げて、私は席を立った。
明日はリュカの第一騎士隊長の任命式だ。国王陛下も参列される、格式のある式典だ。婚約者である私も当然のこと、エリアス様ご夫妻やブランシュ様も公爵家として参列される。
任命式が終われば、ひとまずリュカの多忙は落ち着くはずだ。そこからは、私たちの結婚式の準備が始まる。
ブランシュ様や使用人たちのことは無理矢理頭の隅に追いやり、そのことだけを考えようと努めながら、私は自室へと入った。
ほどなくして、ロミがお茶を運んで来た。
「あのおばあちゃん、なかなかの強敵ですねぇ」
カップにお茶を注ぎながら、ロミは他人事のような口調で言う。そしてお茶と一緒に、小皿に乗せたイチゴをそっと置いた。
「こっそり隠しておきました」
「ロミ……!」
なんて優秀な子だろう。リュカが不在で孤立無援の中、ロミの存在がどれだけ救いになっていることか。
「椅子に座って、貴女もお茶を飲みなさい。イチゴも一つあげるわ」
「では遠慮なく」
ロミはぱっと嬉しそうに笑って、美味しそうにイチゴを口に含んだ。
「媚びてもダメ、強く出てもダメ、無視をしてもダメ。どうしたものかしらねぇ……」
「あのおばあちゃんには、血が通っていないのかもしれないですね」
本当にそうかもしれないと思うほど、鋼のような神経をした方である。
「でもこの二週間で、一つだけ分かったことがあるわ。ブランシュ様が嫌いなのは――若い女よ」
「若い女、ですか」
「そう。私を虐める為に結託する時以外は、他の侍女も寄せ付けようとはしないもの。ご自身の身の回りの世話をさせているのも、年配ばかりだわ」
ロミは小首を傾げながらも、私の見解に頷いた。
「確かに、私のことは生ゴミを見るような目で睨んで来ますが、執事さんや下男、庭師のおじさんなんかとは楽しそうにお喋りしてますね」
「でしょう? あの刺々しさは、若さへの嫉妬に違いないわ」
「そんなの、どうしようもなくないですか?」
「そうねぇ……」
お茶を啜りながら、何か良い案はないかと頭を捻る。結局私は、結婚式のことよりもこっちのことを考えてしまうのだ。
このままブランシュ様が帰るまで持ち堪えることはできなくもないが、やはりそれでは面白くない。せめて一度くらい、ぎゃふんと言わせてやりたいところだ。
「こういう時のエステル様って、本当にいいお顔をされますよねぇ」
いつの間にかロミがじっと私を見つめていて、しみじみと呟いた。
「私、そんな顔してる?」
「はい。何かを閃いたり、ご自身の思い通りにしてやろうって考えたりしている時のエステル様は、キラキラしてます」
ロミの腕輪を見て才能に気づいた時、舞踏会に備えて参加者たちの情報を事前に集めていた時、侍女たちの嫌がらせと戦っていた時――そんな時、いつも私の顔は輝いているのだと、ロミは言う。
「私は、パシュテールの旦那様やセレスタン様と話しているエステル様より、こっちのギラギラしているエステル様の方が好きですよ」
リアーナと同じようなことを……
呆れて口を閉ざしていると、部屋のノックもそこそこに扉が開かれた。
「カステラさん。明日の任命式で着けるアクセサリーを貸していただけるかしら?」
「エステルですわ、ブランシュ様」
ブランシュ様は、我が物顔で私の部屋の中へと入って来る。それから周りをざっと見渡して、いつものように意地悪な顔を浮かべた。
「自分の部屋だけは、さっさと綺麗にしたんだねぇ」
「パシュテールから運び入れたものがほとんどで、壁紙とカーテンはまだ変えていませんけれど」
「リュカが稼いだお金なんだから、無駄遣いはするんじゃ――」
ブランシュ様の言葉が、一点を見つめたまま途中で途絶えた。訝しく思って視線の先を辿ると、そこには化粧台があった。
「どうかされましたか?」
「……あの化粧台だけ、随分と古臭いね」
確かに、ベッドや衣装棚などに比べると、化粧台だけは周りから浮くほど年季が入っている。これは、私がパシュテールから持ち込んだものではない。
「この部屋に元々あったものですわ。古いけれど、意匠がとても気に入ったのでそのまま使っているんです」
「……ふん」
ブランシュ様は車椅子の車輪を回して化粧台の近くまで寄ると、そこにある物をまじまじと見つめた。
「化粧道具がやけに多いね。こんなにも塗りたくっているのかい?」
「その日の肌のコンディションによって使い分けています。後は、最新のものは取り敢えず試していますわ」
「これだけ使ったとて、出来栄えはその程度かい」
「はい。私は綺麗でいられるよう最大限の努力をしていますので、その結果には満足しています」
ブランシュ様の言葉で、一番私に響かないのは容姿に関することである。
ブランシュ様は小さく舌打ちすると、出口に向かって動き出した。
「ブランシュ様、アクセサリーは……?」
「小娘のアクセサリーなんかいらないよ!」
そのまま乱暴に扉を閉めて行ってしまったブランシュ様に、私はロミと顔を見合わせ、揃って首を傾げたのだった。




