29.ブランシュ・ケーストリデン
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この家で私が最優先でやるべきことは、この古臭い屋敷をどうにかすることである。
今後、来客も増えるだろう。その時に、こんなにも趣味の悪い家具や調度品でお出迎えをしては、リュカの威厳も損なわれてしまうというものだ。そもそも、私自身が耐えられない。
ひとまず壁紙の張り替えの手配は完了した。次はカーテンを一新して、客間のテーブルとソファを入れ替えたい。殺風景な庭も早急にどうにかしなければならないので、今日は庭師を数人呼び寄せた。
「そこの植木は、もっと丸く刈ってちょうだい。そう、左右対称になるようにね。あの噴水はまだ使えそう? 綺麗に磨いて、装飾を加えたいわ。ここと、あそこの花壇には季節の花を植えて、中庭には色とりどりのバラをお願いね」
庭師たちにあれこれと指示を出しながら、他にも手を加えるべき場所を見繕っていく。
ガゼボも塗り直しが必要だな、と思った時、門の前に一台の馬車が停車するのが見えた。
来客の予定は聞いていない。見覚えのない馬車を訝しげに見ていると、その車体にケーストリデン家の紋章が掲げられているのを見つけて、私は急いで門へと駆け寄った。
「あ、エステル様……こちらは、その……」
突然の来客に驚いたのか、しどろもどろに門番が私を振り返った時、馬車の扉が開いた。見知らぬ男が車椅子を抱えて降りて来て、次に侍女らしき女に支えられながら、ゆっくりと老婆が降りて来る。
骨ばった手が覗く渋い色のワンピースに、きつく縛った真っ白な髪のお団子。老婆は車椅子に腰を下ろすと、鋭い目付きで私を見上げた。
「何をぼさっと突っ立っているんだい? お客様を通すどころか、挨拶もなしとは……随分と良い教育を受けてきたんだね」
痛烈な先制攻撃だ。
先にそちらが名乗るべきだろうと思いつつも、私は笑顔を貼り付けた。
「失礼いたしました。私はエステル・パシュテール。リュカ・ケーストリデンの――」
「はいはい、知ってるよ。婚約者だろう? そんなことも知らずにここまで来たと思ってるのかい」
「……行き違いがあったのなら、大変申し訳ございませんが……本日、来客の予定は伺っておりませんでしたので。失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
老婆は深い皺の刻まれた顔を更に顰めて、あからさまな溜め息を吐いた。
「ブランシュ・ケーストリデンだよ。一目で分からないものかねぇ?」
ブランシュ・ケーストリデン。聞いたことがない。
門番に視線を向けると、彼は青ざめた顔で私に耳打ちした。
「旦那様のお祖母様――現公爵様の、お母上でございます」
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「ああ、なんて酷い屋敷だろうねぇ。古臭い壁紙に、古臭いテーブル。リュカの嫁になる娘は、余程アンティークに目がないようだね。それに窓から見える庭の、なんてみすぼらしいこと! 可哀想に……騎士の嫁ってのは、花を育てる暇もないほど忙しいんだね」
出会って五分、私は理解した。このブランシュ様こそが、セシール様とナディア様が言っていた『クソババア』であると。
彼女は玄関の扉を潜るなり、古臭い、カビ臭い、掃除が行き届いていない――目につくもの全てに文句を並べ立てた。
「申し訳ございません。私がこちらに来てから、まだ半月ほどでして。まさに今、修繕の手配をしているところなんです」
「婚約が決まったのは、半年ほど前だと聞いたよ。嫁入り道具を吟味する時間はあっても、新居を気にする時間はなかったってことだろう?」
嫁入り道具を吟味する時間もなくこちらへ来たのだが、ここは大人しく頭を下げておく。
「お祖母様のおっしゃる通りですわ。考えが至らず、申し訳ございません」
「まだ正式に籍を入れてないんだ。あんたに『お祖母様』なんて呼ばれたくないね」
「……申し訳ございません」
「それで、リュカはいつ帰ってくるんだい? 私が来たことを知らせに、使いは出したんだろう?」
「まだ使いを出して、半刻も経っておりませんので……お茶をお召し上がりになりながら、ゆっくりとお待ちくださいませ」
ブランシュ様はテーブルに用意したコーヒーを一瞥し、鼻を鳴らした。
「私はコーヒーよりも紅茶派なんだよ。まぁ、いい。そんなことよりも、私の部屋はどこだい?」
「……え?」
一瞬、思考が停止する。それを再始動させたのは、玄関から何かを運び入れる物音だった。
「わざわざ遠路遥々来てやったんだ。しばらく滞在させてもらうよ」
聞いてない。そんな話、聞いてない!
数日ならまだしも、運び入れられている荷物を見る限り、長期滞在の量である。
「ひ……陽当たりの良い客室がございます。ご案内いたしますわ」
立ち上がり、ブランシュ様の車椅子を押そうとハンドルに手を掛ける。その瞬間、ブランシュ様はナイフのように鋭く尖った声を上げた。
「これに触らないでちょうだい!」
「っ!? し、失礼しました……!」
ブランシュ様は不機嫌な顔で自身の侍女を目線で呼びつけ、車椅子を押させた。
何故怒鳴る必要があったのか分からないまま、私は先頭に立って彼女を客室へと案内する。
「本当に古臭いねぇ……全部新しいものに入れ替えるのかい?」
「そうですね。まだ使えるものもございますが、統一感を出すためにも、ほとんど処分しようと考えています」
「ふんっ。最近の若い者は、すぐになんでもかんでも捨てるんだから、嫌になるよ」
一体どうしろと言うのだ。




