27.お義姉様たち②
まだ警戒が解けないまま様子を窺っていると、セシール様が身を乗り出して私に顔を寄せてきた。
「今日エステルちゃんに来て貰ったのはね、ナディアちゃんが会いたがったっていうのもあるんだけど、貴女に訊きたいことがあったからなのよ」
「はい、何でしょうか」
いよいよ本題だ。自然と、私の背筋は伸びた。
「出たかしら? ナマニク」
「………………はい?」
ナマニク? 何かの名称だろうか?
「ナマニクよ、ナマニク! もしかして、出てないの? 私とナディアちゃんは、どちらも主人が不在の、初めての夕食の時だったんだけど」
ナマニク……生、肉? 生肉!
「あ、出ました! 生焼けのチキンですよね?」
『やっぱりー!』
セシール様とナディア様は、揃って声を上げた。
「ケーストリデン家に嫁ぐ女の伝統行事なのよ、あれ!」
「ねぇ、どう対処した? それが聞きたかったのよ! ちなみにあたしは、無言で床に投げ捨ててやったわ」
見た目、冷徹そうなナディア様が床に投げ捨てる様子を想像して、思わずその場の侍女の気持ちになってぞっとした。
「セシール様も、生肉を出されたんですか?」
「ええ。私はお料理が下手な人が焼いたんだなぁって思って、それを持ってキッチンに入っていって、焼き方を教えてあげたの。エステルちゃんは?」
「私は……」
本当のことを話すべきか、一瞬迷った。でも、きっとこの人たちには、嘘を言っても見抜かれてしまう気がした。
「配膳した侍女と料理人をテーブルに座らせて、一緒に食べようと誘いました……」
「っっっ!!」
「あっはっはっはっ! 食べさせたの!? やっぱりあんた、悪女だわ!」
「泣いて土下座をしたので、食べさせてはいません!」
セシール様もナディア様も、涙を流して爆笑している。私はどう反応するのが正解なのかわからず、半ば呆然と笑い転げるお二人を眺めていた。
「ケーストリデン公爵の口癖なのよ」
ひとしきり笑った後、息を整えながらセシール様が言った。
「『ケーストリデン家の女は、強くあらねばならない』って。女が強くあって長生きすれば、男も強くいられるそうよ。ちょっとした嫌がらせで泣いて落ち込むような弱い女では、家を守ることはできないからって」
「でも、公爵夫人は……」
「ご病気だったそうよ。エリアスが言うには、奥様が亡くなられてから公爵はみるみる元気を失くしていったらしいわ」
ケーストリデン公爵は、現在エリアス様とクロード様が二人がかりで行なっていることを、一人でこなしてきた傑物であると聞いている。私の父も前妻を病で亡くしているので、その悲しみの深さは少し理解できるような気がした。
「奥様を、深く愛しておられたんですね……」
もしかしたら、息子たちには同じ思いをして欲しくないから、公爵様は強い嫁を求めたのだろうか。
しんみりと呟いた私の言葉を、しかしナディア様は鼻で笑った。
「この話だけ聞くといい男っぽいけど、実際はただのエロジジイよ。病床についてるって聞いてると思うけど、毎日妾を連れ込んで遊んでるだけだからね」
「ふふっ。まだまだ長生きしそうね、お義父様は」
「そ、そうなんですね……」
やはり癖が強いのは、ケーストリデン家そのものであるらしい。
「それにしても、あのリュカが本当に結婚する気になるなんてね。義兄さんやクロードが紹介する女は、悉く断ってきたのに」
「やっぱり、私の目に狂いはなかったってことね」
私の目を見て、セシール様はやんわりと微笑んだ。
「セシール様がリュカに、私を勧めてくださったと聞きました」
「ええ。デビュタントでエステルちゃんを見て、ビビビッてきたのよ」
確かにあの時、セシール様にもご挨拶をした記憶はある。しかし、特に印象深いエピソードはないと思うのだが。
「エステルちゃんてば、すっごく可愛いじゃない? 他の令嬢たちの中でも、群を抜いて可愛かったの」
「いえ、そんな……」
私が可愛いのは当然だが、一応謙遜しておく。
「事前に情報収集も完璧で、絶対に一歩下がったところから話題を振って、相手を気持ち良くさせてくれるの。あの時のエステルちゃんの評判、とっても良かったのよ」
「ありがとうございます」
「これは褒め言葉だから気を悪くしないでほしいのだけど、この子すっごく強い子だなって思ったの。天使の皮を被った女豹だな、って」
天使の皮を被った……め、女豹?
「可愛いお顔でにこにこしながら、頭の中では相手の表情を観察して、計算して、ものすごい速さで答えを導き出しているの。相手の心を仕留めるハンターの目をしていたわ」
「あぁ、ちょっとわかるかも。あたしが悪女って言った時、そんな感じだったよね」
ナディア様にも同意され、私はただ苦笑いを浮かべるしかできなかった。
セシール様は相変わらず柔らかい笑みを浮かべながら、両手で私の手を取った。
「それで、二人の出会いはいつ? プロポーズの言葉はなぁに? リュカ君のどこが好きなの?」
キラキラした目で、顔をずずいと寄せてくる。
「出会いは、一年くらい前ですわ。プロポーズと言えるのかはわかりませんが、『俺と結婚する気はあるか?』と言われました。それから……」
どこが……好き?
「えっと……」
あれ? 私、リュカのこと好きだったっけ?
「好きな、ところ……?」
そもそも私、誰かに好かれることはあっても、誰かを好きになったこと、あったかしら?
結婚は家を存続させていく為のもので、そこに恋愛感情なんて必要ないと思ってきた。だから別にアルベリク様がリアーナのことを想っていても、生活に支障が出なければいいと考えていたのだ。
……うん、そう。リュカはアルベリク様に比べて家柄も遜色ないし、不誠実な男よりかは私のために駆けつけるリュカの方が遥かにマシだと思ったからだ。
「誠実なところ、ですね」
「……ふーん。なんか、普通ね」
ナディア様は、私の回答はあまりお気に召さなかったようだ。
セシール様は小さく微笑む。
「リュカ君のこと、よろしくお願いね。あの子は、エステルちゃんが思っているほど強くはないから」
「は……はい」
私が頷くのを見ながら、ナディア様はお菓子を口に放り込む。
「ケーストリデン家の嫁同士、いつでも愚痴くらいは聞いてあげるわ。だから次の試練も、頑張って乗り越えなさい」
「次の試練?」
試練は、侍女たちからの嫌がらせだけではないのか。
セシール様とナディア様は顔を見合わせ、そして同時に言った。
『クソババアよ』
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