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可愛いは最強!〜合理主義悪役令嬢の生存戦略〜  作者: ままはる
《ケーストリデン家の女たち》
24/34

24.いざ、王都へ

⭐︎


 今、私の目の前には、二人の女性がいる。


 ケーストリデン家長男の妻、セシール・ケーストリデン。そして真っ直ぐ伸びた艶やかな髪と切れ長な目が印象的な、次男の妻ナディア・ケーストリデンだ。


 色とりどりの花が咲き誇る美しい庭園で私を待ち受けていた二人は、社交用の仮面を被った私を品定めするような目で見ていた。


 やがてナディア様が、纏う雰囲気そのままの、どこか冷たい声で言った。


「ケーストリデン家へようこそ。悪女さん」


⭐︎


 ことの発端は一週間前――いや、正確にはもっと前。私とリュカ様の正式な婚約が結ばれた頃に遡る。


 私は当初、貴族学校を卒業する一年後に、リュカ様の邸宅へと移るつもりだった。しかしリュカ様は、そんなに待てないと言い張った。


 貴族学校を卒業したところで、今後何かの役に立つわけではない。特に優秀だった私には、もう学校で得られるものは何もなく、必要があれば家庭教師を雇えばいいと押し切られてしまった。


 結果、いつものようにリュカ様の強引なペースで話は進み、リアーナとクルーラー侯爵の結婚式が終わったと同時に、私もバタバタとパシュテール邸を出る羽目となったのだった。


「ほほう。ここがリュカ様のお屋敷……エステル様の新しいお家ですか」


 王都にある、リュカ様に与えられた邸宅の前に立ち、ロミが呟いた。


 パシュテール邸から持ち出したものは、私の持ち物一式とロミである。礼儀作法と教養にまだまだ不安は山積みではあるが、私の侍女として同行させた。


 意外なことに、出発の日の朝、ロミは涙を流して別れを惜しむ使用人たちに囲まれた。彼女は凄惨ないじめを耐え抜いたどころか、元来の明るさと優しさで着実に仲間を増やし、すっかり打ち解けていたのだ。


 ――と、そんなことはどうでもいい。馬車を降りた私は前庭を見渡し、それから屋敷に目を移した。


「パシュテール邸とは随分と雰囲気が違いますね」


 ロミが呑気な感想を口にした時、玄関から大きく手を振りながらリュカ様がやって来た。


「やっと来たか。お、やっぱりロミも連れて来たんだな。少し背が伸びたんじゃないのか?」


「はい! 近頃はとんでもないご馳走を毎日いただけるようになって、ぐんぐんと成長しました!」


 カビたパンと家主たちの残飯だった食事が、ただ普通の食事になっただけなのだが、ロミにとっては夢のようなご馳走であったらしい。


「遠路遥々、疲れただろう。ひとまずゆっくりと休むといい。部屋は……多分、どこか使えるのがあると思う」


「多分、ですか。リュカ様――」


「婚約したんだし、別に呼び捨てで構わない」


 ニコニコと毒気のない顔で見つめられて、私は一瞬言葉に詰まった。咳払いを一つして、再び口を開く。


「では、リュカ。貴方がここに移り住んだのは、いつなの?」


「一ヶ月くらい前……か? それまでは騎士団の官舎にいたからな」


 ……やっぱり。


 この屋敷には、人が住んでいる気配がまるでしない。前庭の手入れはされているものの、必要最低限の刈り込みだけで、来訪者を楽しませる花や工夫は一つもない。屋敷の壁は、つい最近慌てて塗り直したというような色艶をしていて、この調子では屋敷の中も押して知るべしだろう。


「俺は家のことに詳しくないし、こだわりもない。家も使用人も、お前の好きなようにしてくれ」


「お心遣い、ありがとうございます」


 私はにこりと笑った。


 ここがパシュテール邸であれば、私は今すぐ内装屋を呼んで総入れ替えを行い、このセンスのかけらもない庭師は解雇して新しい庭師を雇い入れる。ここにいる使用人たちがどれほどの仕事ぶりなのかはまだ分からないが、無能な者は容赦なく切り捨てていくだろう。


 だが、そんな私の姿は見せてはいけないのだ。アルベリク様の時のようにリュカにまで冷たい女だと思われ、この縁談まで破談してしまっては目も当てられない。せめて正式に結婚するまでは、慎ましく過ごすつもりである。


 ――が。事は、そんなに上手く運ばなかった。


「お食事の用意ができました」


 そうして私の前に運ばれてきたのは、冷えきったスープと硬いパン、中まで火が通っているかも怪しい肉だった。


 私は淑女の顔で、静かに侍女を見つめる。彼女は無表情のまま、明後日の方向に視線を逸らしていた。


 食事の席にリュカはいない。一ヶ月前にここへ移り住んだと言っていたが、実質ほとんど帰ってきていないらしい。


 現在リュカは、王国騎士団の中でも精鋭と謳われる第一騎士団の副隊長を務めている。近く隊長へ昇格する為、パシュテール邸に私を迎えに来る時間さえ取れないほど忙しいのだそうだ。


 つまりこの家の使用人たちは、主人の不在を狙って、『姉の婚約者を簒奪した上に、あっさりと公爵家三男に乗り換えた悪女』をいじめ、あわよくば追い出そうという魂胆らしい。


 まさか使用人全員が敵だとは、想定外だった。おまけにここには、私を守ってくれる両親や兄はいない。不名誉なレッテルに負けない実績も、まだ何一つない。


 さて、どうしたものだろうか。さすがに全員解雇するわけにもいかないし……


 考えを巡らせながら目を動かしていると、部屋の隅であわあわと落ち着かない様子のロミの姿が目に入った。


 そうだ。ロミはパシュテール邸で、まさにこのような状況に置かれていたのだ。ならば私も、彼女の処世術にあやかってみることにしよう。


 私はにっこりと笑顔を浮かべ、生焼けのチキンをフォークとナイフで切り分けた。


「まぁ、なんて美味しそうなチキンなのかしら。こんなに美味しそうなもの、独り占めしたらバチが当たるわ。貴女も一緒にいかが?」


「……は……?」


 食事を運んできた侍女は表情を強張らせ、立ちすくんだ。


「どうぞ、そちらにお掛けになってね。このお料理を作ってくださった料理人の方も、呼んできてくださる?」


「いえ……それは……」


 食べたら間違いなくお腹を壊しそうな真っ赤な肉を皿に取り分け、天使の微笑みを浮かべながら侍女に差し出す。彼女の顔からは、みるみる血の気が失せていった。


「じ、侍女が奥様と同じテーブルで食事を摂るなんて……」


「正式な結婚はまだなのだから、奥様だなんて呼ばなくていいのよ。だから、貴女たちと一緒に食事を摂ることも気にしないでね」


「あの……でも……」


「みんなで一緒に食べると、美味しいもの。さぁどうぞ、召し上がって?」


 ――泣きながら侍女と料理人が土下座をした後からは、まともな食事が出てくるようになった。しかしこの一件のせいで、返上するはずだった『悪女』の汚名は、皮肉にも実績を伴って使用人たちを怯えさせることになってしまったのだった。

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