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可愛いは最強!〜合理主義悪役令嬢の生存戦略〜  作者: ままはる
《破棄から始まる婚約成立》
23/33

23.その後

⭐︎


 その後の騒ぎは、想像に難くない。私が婚約破棄を告げた現場を目撃した貴族たちの目には、『姉の婚約者を簒奪した上に、あっさりと公爵家三男に乗り換えた悪女』として映ったことだろう。この悪評はあっという間に社交界中に広がるはずだ。カミーユ嬢のように噂を覆してくれる人はいないので、私自身の手で地道に汚名を返上していくしかない。


 せめて場所とタイミングくらいは考えるべきだったと、自分でも強く後悔している。とはいえ、あの瞬間を逃していたら、もう二度と言い出せなかったのではないかとも思えた。


 ともかく今なすべきは、公の場で息子に恥をかかされたと激怒するミラーセン夫妻の怒りを鎮めることである。


 舞踏会の閉会後、私とアルベリク様、それから互いの両親は連れ立ってミラーセン侯爵の別邸へと移動し、話し合いの場が設けられた。


「私……つ、辛くて……っ! 将来支え合って生きていく方が、ちっとも私を見てくださらなくて……でも、私が悪いんです! 私が至らないせいなのに、アルベリク様のお心を望んでしまったから……! こんな浅ましい女は、ミラーセン家に相応しくありませんわ!」


 この短時間で私にできる事は、もう泣き落としだけだ。全神経を集中させて涙を呼び起こし、声を震わせながら、いかにアルベリク様が私に対して不誠実だったかを訴える。


 肝心なのは、アルベリク様を責めないこと。その上で、少しでも同情心を煽ることだ。


「エステル……本当にすまなかった。俺が未熟なばかりに、そこまで君を追い詰めていたとは……」


「エステルさん。私も同じ女として、夫に愛されたいという気持ちは理解できます。アルベリクだって、時間が経てばきっと貴女を大事に想うはずよ」


「もうずっと……食事も喉を通らないんです……身も心も、もう限界で……!」


 そう言えば、今朝食べたイチジクはとっても美味しかったな、と場違いなことを思い出す。


「お前たち、よさないか。貴族同士の婚姻に気持ちなど二の次だ。くだらんママゴト遊びで、こちらの顔に泥を塗られたのだぞ!」


「それは聞き捨てなりません、ミラーセン侯爵。そもそも初めに気持ちの問題を持ち出し、リアーナとの婚約を破棄されたのはそちらでしたよね?」


「それは……っ! き、気持ちの問題ではなく、侯爵家の家督を守っていくにはエステルのほうが相応しいと判断したまでだ!」


「なるほど。では卿は、何の落ち度も無いリアーナをも批判なさるのですね」


「批判では……!」


 さすがお父様。上手く交渉してみせるとおっしゃったのは、伊達ではない。私は泣き崩れる演技を続けながら、心の中で父に声援を送った。


 そこへ、更なる援護射撃が侯爵を撃つ。


「片方の娘では家督を守れないとおっしゃり、もう片方には気持ちを殺せとおっしゃる。ミラーセン侯爵は、我が家の娘たちを物か何かだとお思いなのでしょうか」


 母の声は静かだったが、確かな怒りが込められていた。侯爵の顔が、みるみる赤黒く染まっていく。


「パシュテール伯爵夫人……些か、言葉が過ぎるのではありませんか?」


「過ぎているのは、どちらでしょう。うちは鉱山を通じて北部騎士団への鉄の供給を担っております。このご縁が意図せぬ形で崩れれば、今後の卸値についても、改めて交渉させていただくことになりますが」


 父の冷静な言葉が、部屋の空気を一変させた。


「そ、それとこれとは、話が――」


「侯爵。私どもとしても、婚姻による縁は大切にしたいと考えております。ですが、こちらの娘が二人とも一方的に振り回された形になっているのも、また事実。誠意あるご対応をいただきたい」


 侯爵は苦々しい顔で押し黙り、しばらく誰も口を開かなかった。


 沈黙を破ったのは、アルベリク様だった。


「エステルとリアーナを傷つけたのは、紛れもなく私の落ち度です。ですから――どうか、パシュテール家との取引に影響が及ぶようなことだけは、避けていただきたいのです」


 深々と頭を下げるアルベリク様を見て、侯爵は落胆したような大きな息を吐いた。


「……分かった。では、エステルとの縁談は白紙に戻す。本来の約束通り、リアーナとの縁談を進めていくとしよう」


 これで、全てが元通りになる。本当にただ振り回されただけだったのだと思うと、どっと疲れが押し寄せてきた。


 深夜まで及んだ話し合いは、これで一旦の決着を見せた――かに思われたのだが。


「いえ、それは了承しかねます。リアーナにはもう、新しい縁談がございますので」


「は?」


 涼しい顔で言い放った父の言葉に、私の口から間の抜けた声が漏れた。アルベリク様も、大きく目を見開いている。


「お父様……? お姉様の新しいご縁のお相手というのは……」


「クルーラー侯爵だ」


 聞き覚えのある名前だった。それもそのはず、孤児院を建てるにあたって助力を願ってはどうかと、私自身がリアーナに勧めた相手なのだから。


「新しい事業に携わり、交流を重ねるうちに、向こうが大層気に入ってくださってね。リアーナも喜んでお受けしたいとのことで、現在話を進めているところだ」


⭐︎


「ええ、そうなの。とてもお優しくて素敵な方なのよ」


 翌朝、リアーナの支度が終わるのを見計らって部屋を訪ねた私に、彼女は清々しいほど緩み切った笑顔で頷いた。


「ディラン様はご結婚されてすぐに奥様を事故で亡くされて……以来五年間、ずっと塞ぎ込んでいらしたそうなの。でも少しずつ私と言葉を交わしているうちに、お元気を取り戻されていったようで……」


 もじもじと肩を揺らすリアーナの顔は、カミーユ嬢のお茶会でのローラと同じくらい、嬉しそうだった。


「えっと……アルベリク様のことは、もういいの?」


「アルベリク様?」


 小首を傾げた後、リアーナは微笑む。


「気持ち悪くて、もう無理よ」


「き、気持ち……悪い?」


「初めの頃は、お心を取り戻したいと思って、あなたたちのデートに付いて行ったりしたわ。でも私が装いに気を配り出した頃から、明らかに私を意識し始めて……結局見た目が肝心なのだと思ったら、急に気持ちが冷めていったの」


 私は言葉が出なかった。リアーナの気持ちも、まだアルベリク様にあるものだと思い込んでいたから。


「それに、妹に対して不誠実なところも本当に無理。正直なところ、昨日の婚約破棄の出来事は、見ていて胸がすっとしたわ」


 くすくすと、リアーナは楽しそうに笑う。


「ねぇ、エステル。ディラン様との結婚式では、また私のコーディネートをしてくれる? ディラン様は、私の見た目なんて気にされないお方なんだけど、昨日の舞踏会では、その……ふふ……」


 余程甘い雰囲気にでもなったのだろうか。余韻に浸るリアーナは心底幸せそうで、この表情はきっと、アルベリク様には引き出せなかったものなのだろうと思えた。


 今頃アルベリク様は、どんな顔をしているのだろうか。少し可哀想な気もしたが、ざまあみろという思いの方が大きくて、私も思わず笑ってしまった。


「それじゃあ、お姉様。おめでとう、でいいのよね?」


「ええ、ありがとう。エステルも、おめでとう。あなたたち、お似合いだと思うわよ」


「……あ……」


「え?」


 ミラーセン一家との話し合いと、リアーナの縁談に気を取られ、すっかり忘れていた。


「私……本当にリュカ様と結婚するの……?」

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