21.舞踏会
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――そんなこんなで、あっという間に二ヶ月が過ぎた。
こんなはずではなかった。この二ヶ月の間にアルベリク様の口づけを受け入れて、舞踏会は心穏やかに過ごすはずだった。覚悟だけは決めたつもりだったのに、いざ誘われると本能的に拒んでしまっていたのだ。
お互いにどこか気まずさを残しつつも、私たちは王都へと移動した。
「……やはり君は、美しいな」
舞踏会場の前。そこで落ち合ったアルベリク様は、着飾った私を前に頬を染めていた。ミラーセン侯爵と夫人も、満足げに頷いている。
今日の私も完璧である。髪もロミが丁寧に編み上げてくれたおかげで満足のいく仕上がりになっているし、ドレスも細部まで拘って仕上げてもらった。すれ違う貴族たちのみならず、会場を守る兵士や給仕たちさえも、仕事を忘れて振り返り私を見ている。
そうだ。アルベリク様の口づけを受け入れて彼に惚れ直す演技などしなくとも、彼のほうを私に惚れ直させれば良かったのだ。
私は瞳を潤ませ、控えめな笑顔で彼を見上げた。
「アルベリク様に気に入っていただけるよう、精一杯着飾って参りました」
「エステル……」
夢見心地のような顔で、アルベリク様はそっと私の手を取った。彼のエスコートを受け、私たちは会場の中へと足を踏み入れる。
王室主催の社交界はデビュタント以来だが、やはり会場は豪華絢爛で華々しい。目に入る顔触れも、この国の主要人物たちばかりである。
『姉の婚約者を簒奪した悪役令嬢』の噂は、学校ではすっかり消え去っていたけれど、社交界には根強く残っているようだった。こちらへちらちらと視線を送っては、醜い顔で囁き合う姿が所々に見られた。
今回の舞踏会の目的は、有益な人脈を広げることと、この無益な噂の根絶だ。
私はとびきりの笑顔を作り上げ、各所への挨拶に回った。事前に調べた情報を引っ提げて、相手が一番喜ぶであろう賛辞を送る。それだけで私の印象はがらりと変わるのだ。
「あれは誰だったかな?」
「王宮魔法士長のエイブラハム卿ですわ。あの方よりも、あちらへの挨拶を優先いたしましょう」
「あっちは?」
「ベルトナール公爵家の次男のご夫人、アレクサンドラ様です。彼女の弟君が、西部騎士団長ですわ」
アルベリク様に小声で耳打ちしながら会場内を渡り歩いていると、一際目を引く男女の姿が目に留まった。
長い黒髪を項で束ねた知的な顔立ちの男と、煌びやかでありながらどこかふわりとした柔らかさを纏った、亜麻色の髪の女性である。
エリアス・ケーストリデンと、その夫人セシール・ケーストリデン――リュカ様の上の兄夫妻だ。
エリアス様を見て、アルベリク様も私と同じ人物の顔を思い浮かべたようだった。
「……リュカ様とは、あれからどうなんだ?」
「特に、何も」
カレイド鉱山の工房へ剣を受け取りに行った件は、話す必要はないと判断して伝えなかった。
「リュカ様は社交界には参加されない方だから、今夜はお会いすることはなさそうだな」
どういう感情でアルベリク様がそう言ったのかは分からない。安堵しているような、残念がっているような、どちらとも取れる声音だった。
ともかく、ケーストリデン夫妻にも挨拶に行こうとアルベリク様の腕に手を添えたが、彼の足は動かなかった。顔を見上げると、彼の目は忙しなく辺りを巡っていた。
「お姉様なら、ちゃんと会場にいらしてますよ」
「え? あ、いや……うん……そ、そうか。俺は別に……」
分かりやすく動揺している。
リアーナは、王都にある別荘で舞踏会の支度を済ませた後、私と両親とは別の馬車で会場に向かった。ちなみに社交界があまり好きではないセレスタンは、仕事を理由に欠席だ。
――王族たちが入場し、いよいよ一曲目のダンスが始まった。通例、一曲目に踊る相手は結婚相手か婚約者である。
アルベリク様の手に引かれて中央で踊り始めると、周囲でわぁと小さく声が上がった。デビュタントでセレスタンと踊った時もそうだった。優雅な音楽に合わせて揺れる私は、まるで天からの使いか妖精のようだと囁く声が聞こえてくる。
誇らしいでしょう、アルベリク様。誰もが羨むこの私を妻として迎えられるのだから。
曲が終わり、絶え間ない拍手が響き渡る中、私は静かにアルベリク様を見上げた。
だが、彼は私を見ていなかった。ダンスの途中から、彼の意識が私には向けられていないことに、私は気づいていた。目を見開き、魂を抜かれたような顔で私の後方を凝視している。
見つけたのか、と思った。
今日のリアーナを飾ったのは、この私だ。ドレスを仕立てるところから爪の色に至るまで、全部私がコーディネートした。だから今日のリアーナは、これまでで一番美しく輝いているはずだ。
どうして手を貸したのか、実は自分でもよく分からない。リアーナへの贖罪だったのかもしれないし、不器用ながらも変わろうと努力している彼女への激励だったのかもしれない。或いはアルベリク様に、逃した魚の大きさを見せつけたかったのかもしれない。
アルベリク様の視線は、リアーナに釘付けとなっていた。私がじっと彼の表情を観察していることにも気づかないほどに。
これまで幾度となく私を映していたアルベリク様の目。果たしてその目は、これほどの熱を帯びていただろうか。恋焦がれ、今にも泣き出しそうな、叫び出しそうな、狂おしい色を宿していただろうか。
アルベリク・ミラーセン――愚かな人。本当に愛していた女を自ら手放して、貴方を一生愛することのない女を養う羽目になるなんて。
「アルベリク様、二曲目が始まりますわ」
「あ……ああ、すまない。少し、ぼんやりしていた……」
私は微笑み、ダンスのステップを踏む。
私が欲しいのは、アルベリク様の心ではない。侯爵夫人という、私を守る盾が欲しいのだ。その為なら私は――




