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可愛いは最強!〜合理主義悪役令嬢の生存戦略〜  作者: ままはる
《破棄から始まる婚約成立》
18/35

18.再び鉱山へ

「エステル。元気そうだな」


 黒馬の上から聞こえた声は、聞き覚えのある声だった。


「リュカ様……?」


「時間があまり無いんだ。すぐに馬車を降りろ」


「は?」


 突然目の前に現れたリュカ様は、挨拶なんてものはそっちのけで馬を降り、馬車の扉を開けた。ニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべて、馬車を降りる私を見ている。


「お前、馬には乗れるか?」


「小さい馬なら、なんとか……」


「なら問題ないな。ここに乗れ」


 リュカ様がポンポンと手で示したのは、この大きな黒馬の背中だった。


「リュカ様……私は小さい馬ならと申し上げ――きゃあ!?」


 突然体がふわりと浮いて、私は悲鳴を上げた。リュカ様が私を抱えて、黒馬の上に乗せたのである。


「カレンはお前と同じじゃじゃ馬だから、きっと気が合うはずだ」


「な、な、何をおっしゃって……!?」


 私が落ちないように手を添えながら、リュカ様は私の後ろに跨った。


「伯爵の許可は取ってあるから、少し俺に付き合ってくれ」


「は!? どこに――っっ!」


 リュカ様が足でカレンの横腹を蹴ると、彼女は風を切って駆け出した。


 おおお落ちる! 怖い、怖い、怖い!


「どうした、馬には乗れるんだろ? そんなガチガチに固まっていたら、カレイド鉱山まで持たないぞ」


「ば……っ! 馬鹿なんじゃないの!? なんでそんな所に行かないといけないのよ!?」


 恐怖のあまり礼儀がどこかへ飛んで行ってしまったが、もう知らない。お望み通り、仮面を脱いであげるわ。


「仕事の合間を抜け出して来たから、夜までにはコクソル平原に戻らなきゃいけないんだ」


「コクソル平原て……私の家から馬で三時間は掛かるわよ!?」


「魔物が大量発生して、応援に来ている」


 中央からわざわざ? 北部騎士団だけで対応しきれないほど、深刻な状況なのだろうか――私の不安を見透かしたように、リュカ様の明るい声が頭の上から降ってくる。


「心配はいらない。本来なら北部騎士団だけで対応できるが、俺が半ば強引に応援の形を取っただけだから。……ほら、もっと腰を伸ばせ。背中は俺に預けていいから、力を抜け」


 カレンはあっという間に街を抜け出し、田畑の広がる街道を駆けていく。


「な……なんで、そんなことをしてまでこちらへ……?」


 リュカ様の表情は見えないが、笑ったような気がした。


「剣が完成したという報せが来たんだ。持ってこさせることも出来るが、一刻も早くこの手に握りたくて取りに行くことにした」


「……剣?」


「あの後、オレアスが出たあそこで、デカい魔鉱石が採れたんだ。それを買い取って、剣に加工して貰った。腕のいい職人に細かく指示を出したから、きっといい剣が出来ていると思う」


 ……なんだ、剣か。曲がりなりにも求婚したのだから、少しは私に会いたくなったのかと、ちょっとだけ考えてしまったではないか。


 自嘲の息を吐くと、突然リュカ様の手が頬に触れた。そのまま私の顔を真上に向けて、その目をリュカ様が覗き込んで来る。


「ちょっと、首が痛――」


「俺の新しい相棒を、一番にお前に見せたかったんだ」


 目が合ったのは一瞬で、リュカ様はすぐに顔から手を放した。


「まぁ、あの時の一番の功労者はロミだけどな。オレアスの置き土産を全身に食らった女の話は、中央騎士団でも伝説になった」


「あ……あの臭い、三日は取れなくて苦労したのよ」


「それはいい後日談だな」


 そう言って笑ったリュカ様は、いつもの調子だった。


 ――カレンはその立派な体の通り脚も速く、カレイド鉱山まで馬車で三時間の距離を、たったの一時間で走り抜けた。


「大丈夫か?」


「……」


 疲れ果てて声も出ない。向かい風のせいで折角綺麗にセットしていた髪はボサボサだし、ずっと変に力を込めていたせいで、膝がガクガクして力が入らない。カレンを預けた厩舎から、まともに歩くこともできそうになかった。


「生まれたての子鹿みたいだな」


「……私のことは、どうぞ捨て置いてください」


「仕方ないなぁ……」


 リュカ様は諦めたようにため息をついた。


 そうそう。さっさと一人で剣を受け取ってくればいい。それをちらっと見てから、帰りの馬車を用意させるとしよう。


 せめて座って待っていようかと首を回した私の体が、またしても宙に浮いた。


「……はぁ!? 何をしているの!?」


「歩けないんだろ? 抱っこしてやるよ」


「嫌よ! 降ろして、みっともないわ!」


「工房まではすぐだから、我慢しろ」


 ジタバタと手足を動かして抵抗してみたが、リュカ様は涼しい顔でびくともしない。屈辱に耐える私を見下ろし、彼はニヤニヤと笑った。


「俺に抱えられてそんな顔をする女は初めてだ。本っ当にお前は可愛くないな」


「な……っ!?」


 また言った!


 一気に頭に血が昇る。


「私のどこが可愛くないのよ!? 大体、可愛くないと思うのなら放っておけばいいじゃない!」


「本当にな。まさかあの日から、こんなに可愛くない女のことばかり考えるようになるとは思わなかった」


「は……?」


 さらりと言ってのけたリュカ様の顔色は、ひとつも変わらない。両手に私を抱えたまま、奇妙なものを見るような鉱山夫たちの視線もものともせずに歩き続ける。


 今の一言の意味を考えるのは、後回しだ。今は考えたくない。


「アルベリクにバレたら、気を悪くさせるかな。どう思う?」


「いや、え……? アルベリク様は……どうでしょう……」


 もしかしたら、ほっとするかもしれないとは言わなかった。私がリュカ様を選べば、リアーナと元の鞘に戻れるかもしれないと期待しているかもしれない。


「ふぅん……? ま、俺はアルベリクの前で宣言したわけだし、後ろめたく思う必要はないか」


「そういう問題ではないと思いますけど……」


 工房の前に着いて、リュカ様はようやく私を地面に降ろした。膝はまだ笑っていたけれど、彼に気取られまいと力を込めて扉を潜る。


「こ、これは……リュカ様、エステル様!?」


「事前に連絡もせずに悪いが、剣を受け取りに来た」


 ざわつく工房内を見渡して、リュカ様は目当ての職人を見つけて近づいて行った。男はリュカ様に深々と頭を下げ、それから後ろにいた私にもこれでもかと低く腰を曲げる。


「エステル様。先日は深いご配慮を賜りまして、誠に感謝いたします。おかげさまで治療に専念することができ、後遺症もなく仕事に復帰することが叶いました」


 あぁ、この男……あの時、工房で起きた事故で怪我を負っていた職人か。


「私は何もしていないわ。何か采配があったのなら、責任者であるカイエンと兄のセレスタンに感謝をして、これからも職務に励みなさい」


「はい! ありがとうございます! ――あ、リュカ様。すぐに剣をお持ちいたしますので、少々お待ちください」


 男が駆け足で工房の奥へと引っ込んで行くと、リュカ様はニヤニヤとした笑みを顔に貼り付けながら私を振り返った。


「へぇ。自分の手柄にはしないんだな」


「何のことですか」


「いや、なんでもない」


 そう言いつつも、笑顔は浮かべたままだ。なんとなく気まずくて、早く職人が戻ってくるように工房の奥を睨むように見つめた。


「お待たせいたしました。ご確認ください」


 やがて大きな木箱を抱えた男が戻ってきた。男が恭しくリュカ様に差し出すと、彼はプレゼントの開封を待ちきれない子供のような目で蓋を開けた。


 まず目に飛び込んできたのは、美しい黒皮の鞘だ。ケーストリデン家のグリフォンをモチーフにした家紋が、繊細な銀細工と青く透き通った宝石とで縁取られている。実用性の為に装飾は最小限だが、重厚で上品なデザインである。


 リュカ様は、握り心地を確かめるように、深い青色の絹糸が巻かれた柄を握った。それからゆっくりと鞘から刀身を抜いていく。


「……綺麗……」


 思わず唇の間から言葉が漏れた。


 魔法剣だからだろう。光を受けた銀の刀身は仄かに青みを帯びていて、きめ細かな刻印も美麗だ。切先にいくほど研ぎ澄まされた刃は、背筋がぞっとするほど恐ろしく、何よりも息を呑むほどだった。


「剣て……こんなに見事なものなの……?」


「軽いな。魔鉱石の力か?」


「この魔鉱石は、オリハルコン由来のものでした。元来の魔法剣よりも丈夫で軽い仕上がりとなっています」


 リュカ様は色々な角度で剣を握り、手馴染みを入念に確認する。それから両手で正面に構え、念じるように力を込めた。その瞬間、彼の手の中から蒼い炎が生まれ、刀身を包み込んだ。


 なんて幻想的な炎だろうか。色も、揺らめきも。それを手中にしたリュカ様も――


「……っ!?」


 今、私は何を考えた? ダメダメダメ! きっと剣の魔力のせいだわ。なんて恐ろしいのかしら!


 リュカ様は上機嫌な笑顔で私を振り返る。


「どうだ、エステル。その顔だと、予想以上に気に入ったみたいだな」


「え……ええ! とても美しい剣ですわね! ええ、そう! 剣が!」


 頭を振って邪念を振り払った。


「リュカ様はいかがですか? 随分と拘りがあるみたいですが、お気に召しましたか?」


「ああ、期待以上だ。腕がいいとは聞いていたが、ここまでとは。本当に、怪我の影響が残らなくて良かった。俺もカイエンとセレスタン殿に感謝しなくてはな」


 そう言って無邪気に笑った顔が、なぜだかやけに印象に残った。


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