17.お花畑の令嬢たち
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鉱山での一件から、三ヶ月が過ぎた。あれからリュカ様からの音沙汰はなく、まるで何事も無かったかのような穏やかな日が続いていた。
今日私はアルコント子爵邸で、カミーユ嬢が主催するお茶会に参加している。
ダリアの花が咲き誇る庭園でテーブルを囲み、カミーユ嬢を始めとする子爵令嬢、男爵令嬢たちの賑やかな声が飛び交っていた。
「あと少しで上級生たちも卒業ですわね。確かローラ様は、オレール様のご卒業に合わせて、西部に移られるとか?」
「ええ。早く家に慣れて欲しいからとおっしゃられまして……」
カミーユ嬢の言葉に答えたローラは、白い頬をほんのりピンク色に染めた。
「……と、言うのは建前でして。ご卒業と同時に退寮されるので、そうするとなかなか会えなくなってしまいますし、寂しいからとおっしゃってくださいました」
キャーと、令嬢たちの黄色い声が上がる。
「オレール様は、ローラ様を本当に大切に想われているのですね!」
「私もそんな事を言われてみたいですー!」
「聞いているだけで胸がキュンキュンいたしますわね、エステル様!」
「ええ、そうですわね」
私はニコリと笑顔を浮かべて、紅茶を口へと運んだ。
……アホくさい。オレール・アルノーは領地の小さな子爵家の嫡男だ。わざわざローラが一年早く学校を辞めてまで、家のことを学ばなければならない立場でもない。ただ一緒にいたいという理由で退学するなど、私には理解できなかった。
「エステル様は、アルベリク様のご卒業後はどうされるのですか? アルベリク様も退寮されて、ミラーセン侯爵領に戻られるのですよね?」
カミーユ嬢が、好奇心そのものの目を向けた。他の令嬢たちも、何かを期待するような顔で私を見ている。
「今まで通りですわ。私はあと一年学校で学び、卒業してからアルベリク様の家に入ります。アルベリク様は北部騎士団で職務に就かれてお忙しくなられるでしょうから、今よりもお会いする機会は減るでしょうね」
実のところ、今でも婚約した当初に比べると、顔を合わせる頻度は激減した。特に鉱山での一件以来、避けられているようにすら感じている。理由に心当たりがないわけではないが、確かめるつもりもなかった。
「寂しくはありませんか?」
「いいえ、私には私のやるべき事がありますので」
これは本音だ。頻繁に会いに来られるのも、無闇に肌に触れられるのも煩わしいと思っていたので、今くらいの距離感の方が過ごしやすい。
「会いたい時に会えずとも、星空を見上げてお互いを想い合うのですね……! なんてロマンチック!」
「情熱的なアルベリク様のことだから、エステル様を想うあまり一晩かけて馬を走らせて会いに来られるかもしれませんわね!」
「エステル様は、アルベリク様のどこに魅力をお感じになられていますの? やはり、お顔ですか? お優しいところ?」
侯爵家嫡男という身分に決まっているではないか。けれどそれを言ったら空気が凍りつくことは想像できるので、当たり障りのない言葉を探す。
「剣術の鍛錬を怠らない向上心でしょうか」
「と?」
「と……? えぇと……あっ。私の失敗も受け流してくださる、鷹揚なお心も素敵だと思います」
「完璧なエステル様でも失敗されることがあるのですか!? それを受け止められるアルベリク様……なんてお似合いのお二人なんでしょう!」
同世代の令嬢たちと会話をしていると、彼女たちの頭の中には花畑でもあるんじゃないかと覗いてみたくなる。
彼女たちにとってアルベリク様は、家同士の約束よりも愛を選んだ、情熱的な紳士であるらしい。実際は、一時の俗物的な感情で一人の女を深く傷つけ、今はそれを後悔している情けない男なのに。
親交のあるカミーユ嬢のお茶会だからと参加したものの、この無意味な会話には疲れるだけだ。早く終わらないだろうかと考えていると、ふと思い出したようにクレアが口を開いた。
「そう言えば、エステル様はケーストリデン公爵家ともご親交があられるのですか? 以前兄が、リュカ・ケーストリデン様とご一緒におられるエステル様をお見かけしたそうなのですが」
リュカ――久しぶりにその名を聞いて、脳裏にあの言葉が瞬時に蘇った。あの時と同じ熱を持って、お腹の奥底が熱くなる。
「親交があるというほどのものではありませんわ。偶然お会いする機会があっただけで、出来る事ならもう二度とお会いしたくありません」
思わず不快を露わにしてしまい、令嬢たちは驚いた顔で固まってしまった。私は慌てて笑顔を取り繕う。
「父が所有する鉱山をご案内しただけですわ」
「そうなのですね。リュカ様と言えば素顔が謎に包まれたお方ですが、実際はどのような方なのですか?」
「どのような……?」
「私は戦闘狂だとか、野獣のような方だとか聞きましたわ」
ローラの放った『野獣』に堪らず吹き出しそうになり、咳払いをして誤魔化した。
「あら、私は見目麗しい貴公子だと聞き及んでおりますわよ。爽やかなミントを思わせるような方だと」
いや、それも違う。整った顔立ちをした方ではあるが、人を試すようなあの目からは、爽やかさなんてカケラも感じなかった。
「噂では結婚相手を探していらっしゃるとか。エステル様がアルベリク様とご婚約されていなかったら、きっと選ばれていたに違いありませんわね」
「おほほほ……」
乾いた笑いで場を流す。もうこれ以上リュカ様の話はしたくないのに、彼女たちのとりとめのない噂話はまだまだ続くのだった。
――ようやくお開きとなって笑顔で馬車に乗り込んだと同時に、疲れが波のように押し寄せてきた。
まさかこれほどまでに会話の主題が、異性や恋愛のことばかりだとは思っていなかった。
座席の背もたれに背中を預け、馬車の揺れに身を任せて目を閉じる。
あの令嬢たちは、どうしてあそこまでの熱量を持って他人の色恋話が出来るのだろうか。自分の立場が左右されるような話ならば身を乗り出して聞けるのだが、どこそこの令息がカッコイイだとか、意中の男性がいるが実らぬ恋であるだとか、どうでもいい話ばかりである。
今後は参加者をよく吟味してから、出席の意思を伝えるようにしよう――そう考えた時、前方で馬の嘶く声がして、馬車がゆっくりと止まった。
「何かあったの?」
馬車の窓から頭を出して、前方を覗き見る。その私の目の前に、黒い大きな馬が現れた。




