16.可愛くない
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「妹は幼い頃、魔物に襲われて死線を彷徨ったことがありまして……以来、恐怖を感じるとパニックに陥り、感情的になってしまうのです。数々の無礼な発言、どうかご容赦願えないでしょうか」
私の隣に並んだリアーナが、アルベリク様たちに深く頭を下げた。
鉱山夫たちの休憩所の一室。ロミが体を清めるのを待っている間、私とリアーナは謝罪を繰り返していた。
「リアーナが謝ることじゃないだろう」
「いいえ。妹の失言は、姉である私も同罪です。私もエステルと共にお叱りを受けますので、どうか……!」
「生意気なことを申し上げました……心よりお詫びいたします……」
リアーナと共に、私も頭を下げる。
とんでもない大失態だ。怒りに我を忘れ、可愛くて聡い伯爵令嬢の仮面をかなぐり捨ててしまうとは。
私は床に視線を落とし、これでもかと反省した顔をしながら、挽回する方法を巡らせた。
多少プライドが傷つくが、トラウマを持ち出して泣き落としてみようか。アルベリク様ならきっと、女の涙に弱いはずだ。リュカ様には最悪、ロミを差し出して――いや、それはダメ。あの子は絶対に手放したくない。
「二人とも、もういい。きちんと説明しなかった俺も悪かったのだから」
「アルベリク様……」
瞳を潤ませて見上げると、彼は咳払いをして小さく頷いた。
よし、やはりこの男はチョロい。問題はあっちだ。
私は同じ表情で、リュカ様に目を向ける。
「リュカ様も、本当に申し訳――」
「お前、本当に可愛くない女だな」
「……は?」
「しおらしい顔をしているが、腹の中では何も反省しちゃいないだろ? どうやってこのピンチを乗り切るか、それだけを考えてる目をしてる」
「そ、そんなことありませんわ! 私は心から反省しております!」
「反省ねぇ……」
リュカ様はソファに腰を下ろし、口元に笑みを浮かべた。
「何を反省しているんだ? 俺はお前が鉱山に入るのを嫌がっているのを知っていて連れて入ったし、守ると言っておいてお前の側を離れた。お前の怒りは、実に的を射ている」
「はい……?」
「ついでに言うと、ロミをぞんざいに扱うとお前が嫌がるのもわかっていた」
リュカ様が何を言いたいのか、さっぱりわからない。私は返答に困り、ただその場に立ち尽くした。
「つまり、謝るのは俺の方だ。不快な思いをさせて悪かったな」
私の頭の中が、疑問符で埋め尽くされていく。
「えぇと……? わかるように説明をしていただけますか……?」
「結論だけ先に言う。エステル、俺と結婚する気はあるか?」
……
……
……は? ついさっき、可愛くないと言ったその口で、何を言っているの?
「もう一度申し上げます。わかるようにご説明ください……」
「話せば長くなるんだが――手短に言おう」
リュカ様は面倒くさそうにそう前置きして、話し始めた。
「俺は兄貴どもに早く嫁を貰えとせっつかれていてな。何人か会わされたが、揃いも揃って面白味のない女ばかりだった。どうせパシュテール伯爵の娘も同じだろうと思っていたところに、お前がロミを拾った現場に出くわしたんだ」
リュカ様は、ニコニコとなんだか楽しそうに話す。
「視野の広い女だと思った。しかもその時はゴミを見るような目でロミを見ていたくせに、次に見かけた時にはそいつを連れて歩いていた。何があったのか、俄然興味が湧くだろ?」
「興味を持っていただいたのは嬉しいのですが……」
片手を挙げて私の言葉を遮り、リュカ様は続けた。
「ロミに関することだけでも、お前が合理的な物の考えをする女だとわかった。恐らくこの鉱山や、あの怪我をした職人たちについても、何か思うことがあっただろう」
鋭い。それだけ私を観察していたということだろうか。そしてリュカ様も、あの時私と同じことを考えたということだ。
「他の女たちとは違う打算的な目をしながらも、誰よりも淑女らしく振る舞う――そんな面白い女の素顔を見てみたくなって、強引に仮面を剥ぎ取ろうとしたんだ。悪かった」
「いえ……ですがリュカ様……」
「アルベリクや俺にブチ切れる豪胆さも、気に入った。だからお前や伯爵さえ良ければ――」
「横から口を挟んで申し訳ございませんが、エステルはアルベリク様と婚約しておりますわ」
耐え切れず口を開いたリアーナの言葉に、リュカ様の動きが止まった。
「……ん?」
「ですから、エステルとアルベリク様は婚約者同士なのです」
リュカ様はゆっくりと、私とアルベリク様、そしてリアーナを見比べる。
「アルベリクは長女の方と婚約を結んでいたんじゃなかったか? それでエステルのデビュタントの評判を聞いた兄嫁が、俺にエステルを勧めてきたんだが……?」
「えぇと……はい……」
アルベリク様は気まずそうである。そりゃそうだ。自業自得なので、ご自身の口から説明してもらおう。
「そのデビュタントで、その……両親が大層エステルを気に入ってしまいまして……私も、あのぉ……」
ちらちらとリアーナを横目で見ながら、徐々に声が小さくなっていく。
「まさか妹に乗り換えたのか? お前……最低だな……」
「返す言葉もございません……」
「だからエステルを鉱山に誘ったら、お前も付いてきたのか。俺はお前の婚約者だからと思ってリアーナも誘ったのに……お前たち、こんな地獄絵図の中でよく平気でいられたな」
まぁ、地獄絵図は二回目だからね。
リュカ様は乱暴に頭を掻くと、大きな溜め息をついた。
「人の女を無理矢理横取りする趣味はない。……が」
リュカ様の深い翠色の眼が――胸の内を読むような瞳が、真っ直ぐに私の目を捉える。
「気が変わったら連絡しろ。二年くらいは待ってやる」
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その日の夜。パシュテール邸へ戻った私とリアーナは、リュカ様から求婚されたことを両親と兄に報告した。案の定、全員が目を丸くして驚いてはいたが、特に大きく状況が変わることはなかった。
次期王国騎士団総長の妻という立場は、この上なく魅力的だ。パシュテール家にとっては、ここで生産された石や武器を中央の軍需関係者へ売り込む足掛かりともなるだろう。しかし、北部一帯の騎士を束ねるミラーセン侯爵家の夫人という立場も、我が家にとって決して小さな価値ではない。
だが父は、私の意思を尊重すると言った。
初めにリアーナとの婚約を反故にしたのは、ミラーセン侯爵のほうだ。こちらだけが義理を立てて、公爵家からの申し出を断る理由はない。かといって、既に纏まりかけている侯爵家との縁談を一方的に覆してまで公爵家を選ぶ必要もない。私がどちらを選んだとしても、上手く交渉してみせる――そう言って、父は笑った。
私が選んでいいのなら、答えは既に決まっている。このままアルベリク様との婚約を継続する。ミラーセン侯爵家が担う役割も、親族一同の顔と名前も既に覚えたし、結婚後の立ち振る舞いについての見通しも立てた。アルベリク様の為人には大いに不安が残るが、リュカ様に比べればわかりやすく、御しやすい。
いや……それ以前の問題だ。
自室の鏡台の前に立ち、自分の顔を鏡に映す。自覚していた以上に険しい顔をしていたので、軽く頬を叩いて得意の笑顔を浮かべた。
「ちゃんと見なさいよ。私は可愛いんだから」
今どこで何をしているとも知れない男に向かって呟いた。
リュカ・ケーストリデン――よりにもよって私を可愛くないと言い放った男と、誰が結婚なんかするものか。




