12.馬車の中
「……少し早く来すぎたか?」
ばたばたと忙しなく廊下を駆けて来た私たちに、リュカ様は若干呆れたように眉を上げた。
サロンでお茶を嗜みながら優雅にお出迎えをするはずだったのに、リアーナのせいで台無しである。
「お待たせしてしまって申し訳ございません。さぁ、参りましょう」
私は弾む息を整えてから、リュカ様と、その後ろに立っているアルベリク様に向かって微笑みかけた。だがアルベリク様は、ぽかんと口を半開きにしたままで、何の反応も見せない。彼の視線を辿っていくと、予想はしていたがリアーナの姿があった。
「リアーナ……今日はより一層、その……別人みたいだな……」
「あの……エステルが手伝ってくれて……変ではありませんか?」
「全然! 変などと、とんでもない!」
結局、衣装の最終決定は私が下した。髪型やアクセサリー、小物やメイクで使う色の指定も私がやる羽目になり、途中から何故私がこんなことをしているのかと我に返ったが、もう遅い。少し前までみたいに地味でダサくもなく、昨日のようにとんちんかんでもない。落ち着いた色合いとデザインで統一された、上品でエレガントなリアーナが完成されたのだった。
素材は元々悪くはなかったし、出来栄えには自信があった。アルベリク様の鼻の下が伸びた表情が、何よりもそれを物語っている。
「大人数でぞろぞろ歩くのは好きじゃない。お前たちの護衛は俺たちが務めるから、人を減らせ。いいだろ?」
私たちの後ろに控えた護衛や侍女たちを見て、リュカ様が顔を顰めた。見送りに立ち会った父とセレスタンの同意を得て、護衛は最低限に減らし、連れて行く侍女も、私とリアーナで一人ずつに絞る。
「物乞いは連れて行かないのか?」
「彼女はまだ下女です。作法も知らない身ですから」
「いいから呼んで来い。昨日の様子だと、下手な護衛よりお前を守ってくれそうだ」
ロミの何がそんなにも気に入ったのか、リュカ様は彼女も連れて行くと言い張った。一応忠告はしたものの、公爵家、侯爵家の前にロミを立たせるのは危険だ。なるべく目立たない端っこに置いておくことにしよう――と、思っていたのだが。
「あああのぉ……あた、あたしがここにいるのは、場違い過ぎやしませんかね……?」
「ほう。場違いだという自覚はあるのか」
ガタガタと真っ青な顔で震えるロミを眺め、リュカ様は面白そうに口角を上げた。
揺れる馬車の中。リュカ様、アルベリク様、リアーナ、そして私という面々が揃う中に、ぽつんとロミの姿があった。私たちの侍女やアルベリク様の侍従たちは後ろの馬車に乗っているので、ロミがここにいるのは明らかに異質だ。しかしこの場違いな席に彼女を押し込んだのは、他ならぬリュカ様である。
「ロミ。粗相のないようにね」
「そうだぞ。俺はともかく、侯爵家嫡男に無礼のないよう振る舞えよ」
「俺……いえ、私よりもリュカ様の方が……」
「これはこれは。アルベリク殿まで、物乞いに対して寛容とはな。北部騎士団は、器の大きな指導者を手に入れたなぁ」
リュカ様は愉快そうに笑った。そう言われてしまうと、多少ロミが粗相したところで咎めることはできなくなるだろう。ロミに対する配慮だと思うが、そんなことをしてまで何故彼女を連れて行きたいのかがわからない。
「顔に煤がついているな。掃除の途中だったか?」
「はい。煙突の中を磨いていました」
慌てて服の袖で顔を拭うロミに、私は深い溜め息を吐いた。
煙突の掃除ですって? 氷の精霊がやってくる季節はまだまだ先だし、年に二回の煙突掃除は専門の業者を雇っている。本来下女が掃除をする必要はない場所だ。
「ロミ……あなた、他の使用人たちから辛く当たられているの?」
「へ?」
眉間に皺を寄せたリアーナに、ロミは首を傾げる。
「いいえ? 皆さん、熱心に仕事を教えてくださいます」
しかしリアーナには、それが健気に庇っているように見えたらしい。
「食事はちゃんと与えられている? 痛い思いはしていない? 私から下女たちに、ロミを不当に扱わないよう話をしましょうか」
私は誰にも気付かれないよう、小さく鼻を鳴らした。リアーナのこういうところは、どうしたって私とは意見が合わない。
「こいつを拾ったのはエステルだろう。拾い主が世話をするのが道理だと思うが?」
リュカ様が言った。またあの、人を値踏みするような目が私を映している。
これがアルベリク様相手だけなら、適当に返事をして流すところだが、何故だかリュカ様の目はそれを許してくれないような気がした。
「私は口を出すつもりはありませんわ」
「へぇ? 案外冷たいんだな」
「そう思われてしまうと悲しいのですが……」
ここで一応しおらしい表情を作り、リュカ様を上目遣いに見上げた。
「物乞いを使用人に召し上げた事が、既に異例の待遇です。更に私が彼女を守るような言動をすれば、他の使用人たちの不満は募る一方かと……私もロミのことは心配ですが、この子は強いのできっと乗り越えられると信じていますわ」
実際、あの図太さと鈍感さがなければ、とうに音を上げてこの屋敷を出て行っているはずだ。
「あのぉ……あたしなら、本当に大丈夫です。本当は秘密なんですけど、侍女のリリィさんはこっそりお菓子をくれたりしますし、下女の中には掃除を手伝ってくれる子もいます」
リリィと言えば、この間ロミを連れてお菓子を買いに行った時に連れていた侍女だ。あの時のロミの行動に、何か思うところでもあったのかもしれない。
「なるほど、エステルは本当にいい人材を拾ったらしいな。どうだ、パシュテール家を辞めて俺の下で働かないか?」
無遠慮なリュカ様の言葉に、私の鉄壁の笑顔に僅かな亀裂が走る。
心証を悪くせずにどう躱そうかと頭を捻ったその瞬間、ロミが口を開いた。
「何言ってんですか、嫌ですよ。あたしはエステル様に拾っていただいたんですから、エステル様の為に働くんです。それにあなたはエステル様に怖い思いをさせた人なので、信用できませんし」
「ロ、ロミ! なんて事を言うの!?」
慌ててロミの口を手で押さえたが、失言は取り消せない。恐る恐る顔を上げると、リュカ様はまん丸な目でロミを見ていた。そして次の瞬間――お腹を抱えて笑い出した。
「お前、本当に面白いな! 公爵家が信用できないとは、俺もまだまだ頑張らないとだな」
唖然とする私たちを置いて、リュカ様はひとしきり笑った後、ふと気付いたように隣のアルベリク様へと目を向けた。
「どうした、アルベリク。さっきから随分と静かだな。まさか馬に酔ったか?」
「あ……いえ、すみません。少々ぼんやりしておりました」
確かにいつものアルベリク様らしくない。リュカ様の前だから緊張しているというわけではなさそうだが、さっきから全然私と目を合わせようとしない。
「本当に大丈夫ですか? お加減が優れないのでしたら……」
「だ、だ、大丈夫だ! 問題ない!」
顔を覗き込んだリアーナに対して、この反応。この優柔不断男……あまりにもわかりやすい。
読めないリュカ様に、心がぐらぐらに揺れているアルベリク様。誤解は少し解けたけれど相変わらず頼りないリアーナと、何を言い出すかわからないロミ――この面子に一抹の不安を覚えながら、馬車は一路鉱山を目指して直走った。




