EP 9
FX奴隷戦士と、米麦草の匙加減
窓から差し込むうっすらとした朝陽が、村長宅の寝室を照らし出していた。
小鳥のさえずりが遠くから聞こえる、のどかで平和な異世界の朝。
「……ん、朝か……」
龍魔呂は重い瞼をゆっくりと開けた。
鍛え上げられた190cmの巨躯を起こそうとしたが、両腕と腹部にかかる異様な「重み」に気づいて動きを止める。
「ぐぅぐぅ……すぅ……♡」
右腕には、銀髪の兎耳をぴこぴこと動かしながら、幸せそうに微笑むキャルルがぴったりと張り付いていた。そのホールド力は、もはや拘束衣レベルである。寝ていてもなお、対象を逃がさないというヤンデレの執念が感じられた。
そして、龍魔呂の腹部には――
「ふへへへ……FX奴隷戦士ルチアナ先輩ですぅ……。パンプ! パンプぅ! ああっ、ロストカットですぅ……。さぁ、ルチアナ先輩……借金返済のために、マグローザ漁船に乗って下さ〜い……ガーガー……」
ピンク色のジャージ姿の見習い女神、リリスが涎を垂らしながら爆睡していた。
「……何故、俺のベッドで寝てるんだ、コイツら……」
龍魔呂は低く重いため息をついた。
昨夜、村長宅の空き部屋をあてがわれたはずだが、どうやら夜這い(物理)をかけられたらしい。
それにしても、リリスの寝言は聞き捨てならない。マグローザ漁船といえば、この世界における多重債務者が行き着く地獄の蟹工船・巨大魚漁船のことだ。
(なんつー夢を見てやがんだ、この駄女神は。日頃のクレカ不正利用の恨みを夢の中で晴らしてんのか? それとも、先輩女神をトラックにでも撥ねさせて、異世界の蟹工船に転生させる気かよ……まったく)
呆れ果てながらも、龍魔呂は乱暴に二人を振り払うような真似はしなかった。
「女には手を出さない」。それが彼の『鬼の龍儀』である。
「……風邪引くぞ」
龍魔呂は太く大きな手で、ベッドの端に丸まっていた毛布を引き寄せると、キャルルとリリスの肩までそっと優しくかけてやった。
190cmのヤンキーが見せる、不器用で繊細な気遣い。
キャルルが「えへへ、龍魔呂さぁん……♡」と寝言でさらに強く腕を締め付けてきたが、彼は器用に腕を引き抜き、静かに寝室を後にした。
玄関の扉を開けると、ポポロ村のひんやりとした朝の空気が肺を満たした。
龍魔呂は学生服のポケットから『マルボロ赤』を一本取り出し、真鍮製のオイルライターで火を点ける。
カチッ……
澄んだ金属音と共に、紫煙が朝霧の中に溶けていく。
彼が向かったのは、村長宅の裏手に広がる広大な畑だった。昨日、キャルルと手合わせをした際に目をつけていた場所だ。
そこには、青々と、そしてどこか黄金色を帯びた葉を揺らす不思議な作物が一面に植えられていた。
「これが『米麦草』か……」
龍魔呂は煙草を咥えたまましゃがみ込み、その作物の葉をそっと指先で撫でた。
収穫後の加工次第で、米にもなり、小麦粉やパンにもなるという、アナステシア世界が誇る万能主食。さらには発酵させれば『サケスキー』という極上の酒にも化ける。
「地球の農家からすれば、喉から手が出るほど欲しい、夢みたいな作物だな。……しかし」
龍魔呂は作物の根元の土に指を突き入れ、その感触、温度、湿り気を確かめた。
彼の表情から「喧嘩屋」の殺気が消え、プロの「農業高校生」としての真剣な眼差しに変わる。
「……米を育てるには、本来なら水を張った田んぼか、大量の水分が必要だ。だが、麦はそこまで水を必要としねぇ。むしろ、根腐れを嫌うから水はけが命になる」
龍魔呂は土の塊を指でポロポロと崩しながら、土壌のバランスを頭の中で計算し始めた。
「米と麦、二つの相反する性質を持つ『米麦草』なら、この土の水分量……『匙加減』が何より重要になるはずだ。水をやりすぎれば麦の性質が死に、乾燥させすぎれば米の旨味が育たねぇ……」
ただ植えておけば育つ魔法の植物、というわけではない。
この世界の農民たちは、長年の勘でそのバランスをとっているのだろう。だが、現代農業の知識と土壌学を叩き込まれた龍魔呂には、これをさらに進化させる「最適解」が見えていた。
「畝の切り方と、水路の配置を変えれば……もっと劇的に収穫量と味を引き上げられる。極上のサケスキーと、腹いっぱい食える米麦草……」
ボリッ。
龍魔呂はポケットから取り出した角砂糖を直接かじり、脳にブドウ糖を叩き込んだ。
「面白ぇ。ヤンキーの意地にかけて、この異世界の畑を……俺の理想の『てっぺん』に作り変えてやる」
静かな朝の畑で、最強の農業ヤンキーが、異世界の土壌改革という名の『喧嘩』の準備を静かに整え始めていた。
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