EP 10
酒と乾物と、孤独の大食い女王
朝靄が晴れ、陽の光が黄金色の畑を照らし始めた頃。
「龍魔呂さ〜ん! 米麦草の収穫、私も手伝いますよ〜っ!」
特注の安全靴に泥よけのヤッケを着込んだキャルルが、兎耳を元気いっぱいに揺らしながら畑へ駆けつけてきた。手には自分用の鎌をしっかりと握っている。
村長という立場でありながら、好きな男のそばに一秒でも長く居たいというヤンデレ気質が、今朝は素晴らしい労働意欲へと変換されていた。
「おう。助かるぜ」
龍魔呂は咥え煙草のまま短く応じ、鎌を振るってザクッ、ザクッとリズミカルに米麦草を刈り取っていく。
「ふふっ、龍魔呂さんとの共同作業……♡」
キャルルは頬を染めながら、龍魔呂の隣にピタリと張り付いて鎌を振るう。100mを5秒台で走る月兎族の圧倒的な身体能力は農作業でも健在で、瞬く間に米麦草の束が積み上がっていった。
「龍魔呂さーん! キャルルちゃーん! 頑張って下さいねー! 私、ここで全力で応援してますからー!」
少し離れた木陰から、気の抜けた声が飛んできた。
ピンク色のジャージを着た見習い女神・リリスである。彼女は切り株に腰掛け、どこから出したのか、香ばしい『醤油煎餅』をバリッ、ボリッと豪快に齧っていた。当然、農作業を手伝う気配は微塵もない。
「……おう。お前は本当にブレねぇな」
龍魔呂は額の汗を手の甲で拭いながら、呆れ半分、感心半分で呟いた。ある意味、ここまで己の欲望に忠実なのは大したメンタルである。
「お疲れ様ですわ、龍魔呂兄貴!」
そこへ、算盤を弾くパチパチという小気味良い音と共に、猫耳族のニャングルがやってきた。彼の目は、収穫された大量の米麦草を見て金貨の形に輝いている。
「兄貴、これからの算段ですけどな。この極上の『米麦草』と、あっちの畑の『太陽芋』を収穫して……ポポロ村特産の『サケスキー』と『イモッカ』をガンガン増産しまっせ。それを、ルナミス、アバロン、レオンハートの3カ国に売り捌くっちゅう算盤を弾いてますねん」
ニャングルはニヤリと笑い、算盤の珠を弾いて見せた。
「あの3カ国の駐屯地の連中、うちの酒がなきゃ夜も越せませんからな。足元見て、ガッポリ稼がせてもらいますわ!」
「そうか……」
龍魔呂は鎌の手を止め、真鍮製のライターで煙草に火を点けた。紫煙を吐き出しながら、頭の中で『東京の居酒屋』の光景と異世界の食材をリンクさせる。
「酒を売るとなると……当然、『つまみ』も必要になるな」
「つまみ、でっか?」
「あぁ。酒だけ飲んでりゃ、悪酔いするか飽きが来る。客の舌をずっと縛り付けるには、塩気と旨味が必要だ」
龍魔呂はポケットから角砂糖を出し、ボリッと噛み砕きながら続けた。
「例えば、この辺の川で獲れる獰猛な魚……『ピラダイ』だ。あいつの身は鯛以上に旨いって話だったな。あれを干物にして、スナックにする。甘いヤツ、辛いヤツ、塩辛いヤツ……味付けのバリエーションを増やして、酒と一緒に売りつけるんだ。辛い干物を食えば酒が進む。酒を飲めば、また干物が欲しくなる……無限ループの完成だ」
「…………ッ!!」
ニャングルの猫耳が、ピンッ!と限界まで逆立った。
その瞳は感動に打ち震え、算盤を持つ手がカタカタと震えている。
「さ、流石は兄貴でっせ……! ワテより商売が腹黒い!! いや、褒め言葉ですわ! 客の胃袋と財布を同時に搾り取る、悪魔のような錬金術……! さっそく、村のおばちゃんらに掛け合って、ピラダイの仕込みのラインを作ってきまっさ!」
ニャングルは「ウヒョーッ!」と奇声を上げながら、猛ダッシュで村の中心部へと駆け出していった。
龍魔呂は小さく息を吐き、木陰で煎餅を食い終わって指を舐めているピンクジャージに視線を向けた。
「おい、リリス。お前、試食係な。干物の味付けの調整をしてもらう。食っちゃ寝してるだけなら、舌ぐらい働かせろ」
「ふぇっ!? 試食係!?」
リリスの瞳がパァァッと輝いた。
「お任せ下さい! 食べるお仕事なら私の右に出る者はいませんよ! なにせ私、セレスティア(天界)で開催された『天丼大食い選手権』の優勝者ですからねっ! エッヘン!」
ふんす、と鼻息を荒くして自慢げに胸を張る駄女神。
龍魔呂は怪訝な顔をした。
「……大食いと味の感想に関係あるのか? 因みに、その選手権の参加者は何人だったんだ?」
リリスは満面のドヤ顔で、人差し指を一本ビシッと立てて言い放った。
「私だけですっ!!」
「…………」
「…………」
畑に、一瞬の静寂が落ちた。
キャルルが憐れむような目でリリスを見つめる中、龍魔呂は深く深くため息をつき、静かに鎌を構え直した。
「……キャルル。今日の収穫ノルマ、倍にするぞ」
「はいっ! 龍魔呂さん♡」
神界の孤独な大食い女王(参加者1名)を放置し、二人の農作業はさらにペースアップしていくのだった。
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