EP 11
見えない殺意と、黄金の撒き餌
ザクッ、ザクッ。
心地よいリズムで米麦草を刈り取っていた龍魔呂の手が、ふとピタリと止まった。
口に咥えていた煙草の煙が、風もないのに微かに揺らいだ気がした。
「……待て。見られてるな」
低く、押し殺したような声。
隣で嬉々として鎌を振るっていたキャルルが、ピクッと兎耳を動かした。
「龍魔呂さん?」
振り返ろうとしたキャルルを、龍魔呂が鋭い声で制止する。
「こっちを向くな。そのまま、普通のフリをして作業を続けろ」
「え……? ど、どうしたんですか?」
キャルルは言われた通りに前を向いたまま、声だけで問いかけた。その顔からは笑顔が消え、近衛騎士としての警戒心が静かに立ち上がっている。
「殺意を持った奴らが、遠くの森からこっちを見ている」
龍魔呂は鎌を振るうフリをしながら、視線の端だけで森の暗がりをなぞった。
「人間じゃ……無いな。魔物ってやつか。だが、野生の獣じゃねぇ。明らかに統率が取れてる……知能も有るな」
少し離れた木陰で煎餅をかじっていたリリスが、ポロリと欠片をこぼして目を見開いた。
「な、何でそこまで分かるんですかぁ!? 私のエンジェル・レーダーにも何も映ってないのに!」
「さぁな。東京の街で毎日毎日、不良や半グレ共に不意打ちで喧嘩を仕掛けられ続けてりゃ、嫌でも身につく勘さ。殺気ってのは、隠そうとすればするほど、不自然な匂いを発するもんだ」
東京の裏社会を生き抜いた『鬼龍爆速愚連隊』総長の危機察知能力は、異世界の魔物のステルスすらも凌駕していた。
「凄い……!」
キャルルが感嘆の吐息を漏らす。同時に、彼女の瞳に好戦的な光が宿った。
「知能が有る魔物……ホブゴブリンの群れかな? それともオーク? 龍魔呂さん、私! 今すぐに森に突っ込んで、あいつら全員ボコボコにして来ます!」
キャルルの安全靴が、パチパチと紫電を帯び始める。
だが、龍魔呂は「待て」と短く言った。
「今行ったら、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。森の奥に逃げ込まれたら追いきれねぇ。意味がない」
「それなら、どうするんでっか!?」
村の中心部へ向かっていたはずのニャングルが、いつの間にか戻ってきて、木陰に身を潜めながら小声で尋ねた。村の資産(畑)が狙われているとあって、彼の顔も真剣そのものだ。
龍魔呂はポケットから真鍮製のライターを取り出し、カチン、と音を立ててフタを開閉した。
威嚇の音ではない。思考を研ぎ澄ますためのルーティンだ。
「奴らは今、俺たちが警戒して畑に居るから手を出してこない。言わば『偵察』だ。あいつらの目的は……あっちの畑の『太陽芋』って所だろ」
龍魔呂は、豊かに実った太陽芋の畑を顎でしゃくった。
甘くてホクホクとした極上の栄養源である太陽芋は、人間や獣人だけでなく、魔物にとっても喉から手が出るほどのご馳走だ。
「だから……太陽芋をふかして、匂いを立たせる」
「なるほど!」
ニャングルがポンと手を打った。
「罠を張って『釣る』んでんな!? 奴ら、太陽芋の甘い匂いに釣られて、必ず尻尾を出しまっせ!」
龍魔呂はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「あぁ。腹を空かせたゴロツキの考えそうなこった。逃げ回るネズミを追いかけるより、極上の餌で誘い出して、一網打尽にして迎えてやろうぜ」
「賛成です! 龍魔呂さんのふかしたお芋、私も食べたいですぅ!」
リリスが空気を読まずにヨダレを拭う。
「よし、決まりだ。キャルル、ニャングル。少し『仕掛け』を手伝え」
「はいっ! 龍魔呂さんのためなら、私、魔物でも何でもミンチにします♡」
「算段は任せておきなはれ! 太陽芋の損害分は、魔物のドロップアイテムでキッチリ回収させてもらいまっさ!」
のどかなポポロ村の畑が、一転して「狩り場」へと変貌を遂げようとしていた。
最強の農業ヤンキーが仕掛ける、異世界の『喧嘩』の幕が上がる。




