EP 12
クロスファイヤと、巨大なる来訪者
畑のど真ん中に置かれた大きな木箱の上には、ほかほかと湯気を立てる『太陽芋』が山盛りに並べられていた。
ふかしたての芋から立ち昇る黄金色の湯気は、暴力的なまでの甘い香りを周囲の森へと撒き散らしている。
その様子を少し離れた茂みから覗き見ながら、ニャングルが算盤を片手に下劣な笑みを浮かべた。
「ヘッヘッヘ……兄貴、あの太陽芋にキツ〜い毒でも仕込みまっか!? 奴ら、コロッと逝きまっせ!」
「やめろ」
龍魔呂の鋭い一瞥に、ニャングルの背筋が凍りつく。
ヤンキー特有の凄みというより、それは「食」を冒涜された農家の本気の怒りだった。
「鬼の龍儀、その弐。食べ物は大事にする。……一つ一つが、土と水と太陽が育てた『命』であり、宝物そのものだ。それに毒を混ぜるような真似は、俺が絶対に許さねぇ」
「え、えろうすんまへん……!」
本気の殺気にあてられ、ニャングルは慌てて土下座の勢いで頭を下げた。
「分かりゃ良いんだ」
龍魔呂は短く許しを与え、視線を森へと戻す。
「じゃあ、私たちの『宝物』を奪いに来た悪い奴は……?」
キャルルが龍魔呂の背中にピタリと寄り添い、甘ったるい、しかしどこか冷たい声で尋ねた。
「あぁ。鬼の住処の宝物に手を出した奴は……きっちり『ヤキ』を入れなきゃな」
「うふふっ、任せて下さい♡ 私の安全靴で、みーんな挽肉にしてあげますから♡」
キャルルのヤンデレ&戦闘狂スイッチがカチリと音を立てて入る。
龍魔呂は冷静に周囲の地形を確認し、二人の非戦闘員(?)に指示を出した。
「ニャングルとリリス。お前らはあっちの茂みと、こっちの木陰に分かれてL字型に陣を取れ。『クロスファイヤ』さ」
「く、くろすふぁいや……? 専門用語ですぅ!」
リリスが目を白黒させて抗議する。
「ただの十字砲火だ。多方向から石を投げつけて、敵の逃げ場と視線を散らすんだよ。……一般教養だろ。小学校で習うもんだ」
「いや、絶対に違うと思いまっせ!?」
ニャングルがすかさずツッコミを入れたが、龍魔呂の「行け」という顎の合図に逆らえず、二人は渋々L字の配置へと散っていった。
静寂が降りた直後。
ガサ、ガサガサッ。
森の暗がりから、醜悪な緑色の肌をした魔物たちが姿を現した。
人間の子供ほどの背丈だが、筋肉質で腕が長く、手には粗末な棍棒や錆びた刃物を握っている。ゴブリンの上位種『ホブゴブリン』の群れだ。
「ギャギャッ! メシ! メシ!」
「ウマソウ! クウ!!」
太陽芋の甘い匂いに完全に理性を奪われたホブゴブリンたちは、周囲を警戒することもなく、よだれを垂らしながら木箱へと群がっていく。
奴らが太陽芋に汚い手を伸ばそうとした、その瞬間――。
「今だッ!!」
龍魔呂の号令が畑に響き渡った。
「そりゃあっ! ワテの石礫や!」
「えいっ! デパ地下のケーキの恨みですぅ!」
ニャングルとリリスが、L字方向に陣取った茂みから一斉に石を投げつけた。
前方と側面の二方向から同時に飛んでくる無数の石礫。致命傷にはならないが、ホブゴブリンたちはどちらに敵がいるのか分からず大パニックに陥った。
「ギャッ!? イタイ! イタイ!」
「ギャウウッ! ドコダ!?」
混乱し、完全に足が止まった群れの前方と後方に、龍魔呂とキャルルが立ち塞がった。
「おっと。逃げられねぇぜ」
龍魔呂が手首をスナップさせると、黒光りする特殊警棒がシャキッと音を立てて伸びる。
「悪党退治ですぅ♡」
キャルルは兎耳を揺らし、両手にダブルトンファーを構えて微笑んだ。
「ギャギャッ!?」
一番手前にいたホブゴブリンが棍棒を振り上げたが、遅い。
「遅ぇよ」
龍魔呂の特殊警棒が空気を裂き、ホブゴブリンの頭蓋骨にクリーンヒットする。
ゴッ!! と鈍い音が響き、緑色の魔物が白目を剥いて地面に崩れ落ちた。
「月影流……」
背後へ逃げようとした群れには、キャルルがマッハの踏み込みで肉薄していた。
彼女の持つダブルトンファーに、圧倒的な密度の『銀色の闘気』が纏わりつく。
「『破衝撃』!!」
ドゴォォォォンッ!!
トンファーがホブゴブリンの胸板に叩き込まれた瞬間、空気が爆発したような衝撃波が畑を吹き抜けた。魔物の強靭な肉体と粗末な鎧が、闘気の圧力によって文字通り粉砕され、後方の仲間ごと数メートルも吹き飛ばされる。
「ギャアアアアアッ!?」
残ったホブゴブリンたちも、前門のヤンキー、後門のヤンデレ月兎という地獄の挟み撃ちに遭い、次々とボコボコにされて地面に這いつくばっていった。
「……終わったか」
龍魔呂が警棒の血糊を払い、短く収納した時だった。
ズシンッ……ズシンッ……!!
突然、大地が不気味に揺れた。
森の奥の木々がバキバキとなぎ倒され、巨大な影が畑へと歩み出てくる。
「ギャルルルォォォォォッ!!」
現れたのは、先程までの群れとは比較にならない巨体。
体長は優に3メートルを超え、丸太のような太い腕には、岩塊をくり抜いて作ったような巨大な棍棒が握られている。ホブゴブリンの頭だ。
「で、デカい……!」
キャルルがトンファーを構え直し、息を呑む。
ニャングルとリリスは茂みの中で抱き合い、「ひいいいっ」と悲鳴を上げてガタガタと震え始めた。
だが、龍魔呂は全く動じなかった。
巨体を見上げる彼の顔には、恐怖ではなく、狂暴な喧嘩屋としての笑みが浮かんでいる。
「上等だ……」
龍魔呂は首の骨をゴキリと鳴らし、巨漢の魔物に向かってゆっくりと歩み出た。
「かかってきな。そのデケェ図体、肥料にしてやる」




